38 筒井順慶~その2
「上野城を手放すことは確実でしょう。」
上野城は、落城こそしていないが織田が本気で攻めれば持ちこたえる事は不可能であった。
「それが分かっているから、攻めなかったのでしょうな。」
筒井家家臣 島左近がうなる。孫子にも、城を攻めるのは悪しき一手と書かれている。
攻めずとも手に入る確証があればこそ、城を囲むだけで終わらせたのだ。最後まで、冷静に対処している。前田利家は恐るべき敵である。
「上野城をとられてなお、松永を攻める事はできるか?」
「…」
当主、筒井順慶の言葉に、家臣一同が沈黙する。難しい状況であった。
織田に臣従する松永を討つ事は、織田と戦う事を意味している。そこで、筒井は本願寺に協力を取り付ける事に成功した。
松永を討てば、大和の国が手に入る。大和の筒井、雑賀、根来、そして本願寺の連合、十分織田と渡り合える。
その時間を稼ぐために日野城を攻めた。日野城を落とし、近江に楔を打ち込めば、織田はそれを取り返さねばならなくなる。その時間差で大和を取りこみ、万全の態勢を整える。
しかし、その策はまさかの第一手目で致命的な失敗をしていた。
そもそも、伊賀上野城は筒井の城ではない。本願寺のバックアップの元で、橋頭保として確保したに過ぎない。
それを差し出す以上、本願寺と伊賀に対し、筒井は大きく信用を失ったことを意味する。
「上野城から大和郡山城までの砦を織田に差し出しましょう。」
島の言葉に、筒井以下家臣は目をむく。
「バカな!?砦を織田に渡せば、この郡山城の喉元に槍を突き付けられたも同然ではないか!」
「策にござる!」
「島?」
「居城でもある大和郡山城までの砦を織田に差し出すという事は、大和東部が織田の支配下にはいるという事。つまり、織田は大和東部を守るために、兵を配置する必要がございます。不安定な伊賀をはじめ、こちらに親しい寺社勢力のある大和東部。それを警戒しなければならない織田への負担は増えまする。」
島は言葉を続ける。
「時至り、松永討伐の際は大和を取り返し上野城を落とした後、取って帰り松永を攻めるのです。」
「…可能か?」
「大和東部の興福寺の勢力があれば、大和東部を取り返すのは容易。伊賀にしても、独立独歩の伊賀が、そうやすやすと織田に組みするとは思えませぬ。大和を取り返した勢いで、伊賀の支援を受け、伊賀上野城を落とす。」
「織田がそれを黙っているとは思えん。」
「それが出来る時は必ず来ます。織田が即座に援軍を送れぬ時。すなわち、本願寺、三好、毛利あるいは武田、上杉。天下布武を目指す織田がこれらとの戦いにおいて、全軍をもって対峙する時が来ます。そうなれば、大和と伊賀の兵すら必要となります。その時まで…」
「臥薪嘗胆か…」
筒井 順慶は、そう呟くと目を閉じた。
そこに伝令が来る。
「殿。織田家より使者がやってまいりました。日野前田家家臣 三直豊利と名乗っています。」
「…うむ。通せ。」
1か月後、休戦締結後の織田の動きに、島は己の策が根本より瓦解したことを知る。
織田によって伊賀上野城が解体されているのだ。
その意味を島は明確に察知した。
織田家の目的は、筒井家の反織田勢力からの信用を失墜させる事にあったのだ。
伊賀上野城の譲渡。そもそも、伊賀上野城は筒井の城ではない。
本願寺が伊賀より内々に受け取り、それを密約で筒井に使用させたもの。しかし、そのすべてが公にされないものでもあった。伊賀が中立の立場であったがゆえに、これらは内密の話であった。
結果、事実として残るのは筒井がこの城に入っていたという事だけだ。つまり、これは伊賀から筒井が手に入れた城であるという現実だけだ。
所有権は公式には筒井のものであり、織田は当然それを要求する。本来の持ち主からは文句は出せない。名目上中立の立場である伊賀が、反織田に組したとは言えないのだ。
そして、その城を奪われる。これは、本願寺や伊賀にすれば筒井の失態だ。
しかし、それは取り返すことはできた。伊賀上野城を奪還する事で、その失態は挽回できた。島はその為に、不安定な地を差し出すことで、織田に負担を強いて、取り返すべき大和と伊賀で織田の弱体化を狙った。
そして、その策は崩れ去る。
そもそも織田は、不安定な土地を統治するつもりがなかったのだ。伊賀上野城を破壊したことで、取り返す目標を筒井は失った。信用を回復させる手段を失った。
伊賀上野城に兵を入れない以上、伊賀はこれまでどおり中立の立場を続けるだろう。
大和東の織田兵にしてもそうだ。それを奪ってどうするか?どうにもならない、筒井が旧領を回復させても、本願寺や伊賀は何の評価もしない。そして、彼らの協力がなければ、松永を討つことはできないのだ。
ギッ。
床がきしみ、筒井家当主筒井順慶が現れる。
島はその場で平伏した。
「殿。申し訳ありません。この責任は…」
「よい。」
島の声に、覇気のない声で主君が答えた。
「よいのだ。島よ。元々此度の件は、わしのわがまま。止めるお前たちを無視しての戦であった。」
そもそも、今回の奇襲において島は反対の意見を上げていた。
隙が出来たとはいえ、織田の力は強大だ。離反して松永を攻めるなら短期決戦である事が必須である。本願寺の援軍があったとしても、短期で松永を落とせる保証はなかった。
その為、島は織田が全軍を必要とするときまで待つべきだと提言した。
その意見を退けて決行したのは筒井順慶なのだ。
「思えば、お前の言う通りであった。時を待つべきだった。」
「いえ…」
それを退けた理由は、ひとえに筒井の欲にある。
松永をこの手で討ちたいという欲だ。
すでに、松永久秀は60を超える高齢だ。いつ死んでもおかしくない。一刻も早く、松永の首をこの手で取る。その焦りが、今回の筒井の行動を生んでいた。
「もう良いのだ。織田に人質を出し降伏する。」
「殿。」
もはや、筒井に反織田へ与する意味がない。与した所で、筒井の影響力は弱いだろう。松永を討つとしても、反織田勢力が筒井に配慮する必要はなく、ただ単に反織田勢力が松永を討つという形になるだろう。
筒井が松永を討つなら、再び松永が織田を裏切り、それを討伐する時だ。せめて、その時一翼を担う。降伏する最後の願いとして、求めるしかない。
「これからも、苦労を掛ける。」
穏やかに笑う主君に対して、涙ながらに島は頭を下げた。
分かりづらいかもしれないので、筒井の状況を簡潔にまとめる。
伊賀「ウチは中立で、反織田じゃない。上野城は筒井に取られたんだ。(内心:貸しただけなのに、なんで城取られてんだよ!)」
本願寺「レンタル料払ったのオレなのに、何してくれんだこらぁ!」
筒井「まって、取り返すから。上野城すぐ取り返すからそれでチャラにして。」
織田「だがオレのターン。上野城を墓場に捨てて、廃城。更地になる。」
筒井、本願寺 、伊賀「あっ…」
筒井君。反織田勢力からハブ決定!
織田でおとなしくしていろ なっ ←いまココ
こんな感じ(ネタが古…




