31 大和問題
筒井順慶
大和の大名である。特筆すべきところは、松永ブッ殺したいマン。なんでも、二歳の頃に家督を譲られ、その直後松永に攻め落とされる。その際、後見人の叔父さん死亡。領土を失い流浪の身に。その後、何とか返り咲き旧領を取り戻したものの、松永にブチ切れているそうだ。
そこまではいい。
筒井家って、織田家に臣従していますよね?
それなんとかって、なによ?
「ふむ…」
蒲生君の館に戻って相談すると、蒲生賦秀君もしばし考え込む。
「何か心当たりでも?」
「そうですね。大殿は、筒井家がまだ完全に服従していないと見ているのでしょう。」
「松永ですか。」
「ですな。」
さて、筒井の殺したい人間の歴代王座を防衛し続けている松永久秀だが、現在織田家を裏切って敵対している。
まあ、近畿には本願寺があるし、浅井朝倉があるから、反乱したからといって即討伐できるほどの力はない。まあ、比叡山と長島が落ちたので、余裕は出来たともいえるが、どれほどか不明だ。
では、織田家に臣従している筒井はどうか。裏切ったらこれ幸いと松永をぶっ殺せばいいのだが、そう簡単にはいかないらしい。
「つまり、大殿が松永討伐を止めたと?」
「はい。昨年、筒井は松永の居城多聞山城を攻撃しました。しかし、織田の仲介で休戦条約を結んでおります。あの戦いで松永は大きな被害を受けました。ここで援軍があれば、多聞山とて落とせる公算は高いでしょう。」
「筒井のみでは無理ですか?」
「その戦いで筒井も大きな被害を受けたと聞きます。それを回復させる時間は、そのまま松永の回復する時間になりましょう。」
「松永との休戦を整えた以上、織田が手を貸すわけはない。となると考えつくのは…そうか。」
俺の言葉に、思案顔だった蒲生君の視線が向く。
「つまるところ、大殿は織田をなめるなって言いたいのか。」
「三直様はもういかれましたか?」
館の玄関まで来た冬姫は、そこで外を見送る夫に声をかけた。
「ん?ああ、何か用でもあったか?」
「いえ、なんぞお土産でもと思いまして。」
「なに、また来るのだ。その時でよかろう。」
と、涼やかに笑う。ここ数日、夫の機嫌が良い事を冬姫は我が事のように喜んでいた。
「お前様は、三直殿が気に入られたようですね。」
「うん?ああ、悪い人ではないだろう。楽しい人ではあるな。だがそれだけではない。」
家に入ると、冬姫が立つのを待って一緒に館の奥へと歩く。
「楽しみなのだ。」
「お前様?」
冬姫の疑問に、賦秀は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「大殿がな…」
「父上が?」
「彼を鳳雛と評した。」
「ほうすう?」
「唐の国にいた昔の知恵者よ。それも天下を得られると言われた程のな。」
「まあ。」
「そのような人が、今回の騒動をどうするか。楽しみで仕方ない。」
「あら、まあ。」
武名高き夫が少年のようにはしゃぐ姿を冬姫は大好きであった。
「父上に手紙を書かなくてはな。どのような事をするのか、余さず知らねば。」
「あらあら、手紙に三直様の事ばかり書かれては、お義父様がへそを曲げてしまいますよ。」