25 伊勢長島
元亀三年十月。第二次長島侵攻。
前田利家出陣。それに付き従い、三直豊利も参陣することとなる。
これが何を意味するのか。
そう、年貢の徴収後の在庫確認が完了していないのに出陣である。帰ったら修羅場がオレを待っている。
そりゃあさ、常備兵はいいよ。繁農期とか関係なく1年中戦える兵隊だよ。最先端で画期的な兵隊だよ。
でも、租税はいまだに年貢なんだよ。年貢って事は当然収穫を中心に考える事になるんだよ。給料日や決済日に銀行窓口が混むのと同じ理由なんだよ。みんながカードで売買するから銀行いかないよね?って、銀行は金銭のやり取り変わってないから、あいかわらず繁忙作業なんだよ!
常備兵だから1年中フルボッコスタイルいいよね?って、いいわけあるかーーー!!!
勝蔵君。頼む。涙目で見送ってくれたけど、マジで頼む。
お詫びはするから。
で、伊勢長島に出陣。
総大将が織田信長以下、佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、蜂屋頼隆、前田利家。そうそうたるメンバーである。ちなみに、木下藤吉郎は近江で浅井相手に頑張っているらしい。
すでに、九鬼水軍による海路の封鎖。伊勢方面は、支配する北畠具豊(織田信長の次男。養子になった北畠当主)が封鎖し、地理に詳しい甲賀忍者がそれをサポートする。
長島内部にしても、内部抗争が激化してグダグダ状態で、それを補給路封鎖で致命傷にさらに毒を塗り込んだような状況だ。
内部情報も甲賀忍者からもたらされており、あっちは、派閥争いに嫌気がさした人達の離散が激しいらしい。
負ける要素が見当たらない。フラグを立ててみよう。圧倒的ではないか我が軍は!
「体がなまる。前に出ていいか?」
「ダメです。」
後詰めの陣で、暇そうにしている殿の愚痴を右から左に聞き流して、手元の書類のミスを探す
まあ、ぶっちゃけ、食料とかその辺の配分のミスがないか見ているだけだけどね。というか、それしかする事がない。さらに言うと、それをするべき理由が大きくある。
いや、ザル過ぎるんだよ。荒子城の平時の管理はうまくいくようになったけど、戦場での物資配分は手つかずで、無駄・手間・邪魔の三連続コンボ状態です。
ちなみに、木村様や村井様といった前田勢は、元気よく前線で戦っている。ここに残っているのは、殿とオレと義理の兄(予定)の奥村永福様だ。
ちなみに、奥村様は軍略のプロ(?)で、頭の回転も速い。できればそれを荒子城の管理にも回してほしかった。とはいえ、軍略家らしく、戦術(『ナントカの陣』って奴)や地図作成など、オレにはわからない事をよく知っている。ちなみに、婚約者の加奈さんに槍でボコられるついでに、兵法書の写本を持っていったら、抱きついて喜ばれた。いや、そんな趣味ないっすよ。
今じゃ、「弟」よばわりです。
いや、間違っていないんだけどね。
「つまり、伏兵に対する備えとして、二隊一組となって行動します。片方が攻められたら防御に徹し、もう片方が攻撃。これで、不意打ちに対抗します。」
「兵糧に関しては?」
「それは、弟の手腕で補給隊を三つに分けています。それぞれの警戒を密にしていますので、一つが攻められても応戦できます。最悪、他の二つが残れば問題ありません。」
「うむ。なるほどな。」
理路整然とした奥村様の言葉に、納得する我が主君 前田利家。
現在、殿は実地で戦について学んでいる最中だ。それまで、大殿の母衣衆として戦ってきた利家の功績はすべて直接戦闘の槍働き。小集団ならともかく、軍を率いる経験はほとんどない。
再就職を果たした奥村様が手配をしつつ殿に教育。おれは、補給物資の管理と分配を受け持っている。
え?他の家臣(脳筋)は?前線で頑張って戦っているよ。
「大殿の命令とはいえ、オレが一軍を備える事になろうとはな…」
「そりゃあ、この戦が終われば、もう終わったも同然ですが、殿は晴れて城持ち大名ですからね。」
「え?なにそれ?」
…この主君。もしかしてわかってないのか?
「ほらこの前、大殿からの褒美を辞退したでしょう。」
「おう。」
「あの褒美が、今回の出陣の褒美って事で殿に与えられます。」
「なんでさ?」
それが御恩と奉公の関係だからだよ。
「信賞必罰は、主君の義務ですよ。陪臣の私が直接大領をもらうと、面倒なことになるので、殿におまけをつけて渡して、殿経由でオレに褒美を与える。そうすれば、どこからも文句は出ないでしょ?」
「…そうなのか?」
「大殿が、母衣衆としてではなく一軍の将としてこの戦に参加させているのが理由です。母衣衆から城主はおかしいですが、武将としてなら可能でしょう。」
「荒子城は?」
「大殿の直轄領になるでしょうね。」
中央集権を目指す信長にとって、尾張美濃は支配基盤ともいえる場所だ。
天下布武の視点から、この地は、敵対した美濃の武将や、これまでの戦で、手柄を上げ肥大化してきた部下には任せられない場所となってきている。
「ああ、そうか。」
だから、オレに新しい家名を持たせたのか。
この時代、武家とは土地を持つ事を前提としている。織田家であっても、前田家と荒子城のように、地元に根付いた勢力は多い。
それを切り離す意味を持っているのだ。
おれのように地元密着でない武士をつけて、身を軽くする。新しい任務地で領地を再分配させる。地元に残りたい奴は残って農民になればいいだろうし、そうでない奴は新任地へ。
しかし、そうなると新しい領土ってどこだ?まさか長島?それはない。尾張に近いし、伊勢は北畠(織田の次男)の領土だ。近江は浅井や朝倉を駆逐するにはもう少し時間がかかる。あとは、山城?大和?京都付近に、前田利家の出番はないぞ?
まあ、オレが悩む必要はないか。
「ま、殿が軍略なり内政を学ぶ時間はたっぷりありますな。」
「お前の槍もだ。弟よ。」
oh…