21 藤吉郎と今孔明
長島の作戦が終わり、大殿に報告するために岐阜城に登城した。
いくら大殿のマブダチである前田利家であっても、ノーアポ即面会という訳にもいかず、緊急という事で、オレとの面会をねじ込こもうとしている。
当然陪臣でしかないオレは、岐阜城の織田配下に何かできる権限もなく、殿が頑張って交渉しているのだ。
がんばれ。殿。
とはいえ、暇なので、この後の長島について考える。
まず、オレの目的は、長島の内部抗争と厭戦気分の演出である。
それで、長島一揆は終わりだ。長島一向一揆のブームは内部抗争というスキャンダルで鎮火される。残ったのは狂信的な信者と、白けた農民だけだ。
そして…
と、思案に暮れるオレに声がかかる。
「御免。」
はっきり言うが、おれは外様の一般市民Aだ。この城での身分は低い。茶坊主と同等なレベルだ。そんな人間に、形式上でも声をかけるような知り合いを俺は知らなかった。
「どうぞ。」
オレの返事に、するりと障子が開く。
そこに現れたのは、一人の武者と小男だ。
「はじめてお目にかかる。前田殿の配下の三直殿でよろしいか。」
小男が明るい声で聴いてくる。
「はい。そちらは?」
「ワシは木下。木下 藤吉郎だ。」
あ、やっぱり。
「おお、あの金ヶ崎の武勇で有名な木下様ですか。お初にお目にかかります。」
と、深々と頭を下げる。ニコニコと、近づき座ると、ペラペラと話し始める。
「いやいや。又左が、知恵者を部下に持ったと小耳にはさんでの。半兵衛と一緒に、少しでもその知恵を借りられればと、いてもたってもいられずに来てしもうた。」
と、ケラケラ笑い出す。
おいお前、今なんて言った?
「え~と、そちらは?」
「お初にお目にかかる。竹中半兵衛重治と申す。」
「は、初めまして。三直豊利と申します。」
おお、今孔明。戦国時代の軍師筆頭。なんというか、雰囲気がヤバイ。ニコニコ笑っている藤吉郎に比べて、こっちは静かに笑っているんだけど、目が笑ってないよ。
「木下様と竹中様に、お貸しするほどの知恵など持ち合わせておりませぬ。こちらが、知恵をお借りしたいくらいですよ。」
ぶっちゃけ「尉繚子」くらいしか読み解けてない。「孫子」学び始めました。ってそんな感じなんだよ!?
オレの内心を無視して、今孔明の戦国兵法問答が開始される。
ヤバイ。この人何言っているの?言っている事がちんぷんかんぷんです。すいません、もうちょっと簡単になりません?ああ、そういう事なんですね。なるほど。
向こうの質問にはほとんど答えられず、逆にこちらからの質問に的確に答えてもらうような、苦痛の時を過ごす。
「トシまたせたな!ん?藤吉郎。なにをしているんだ?」
おお、来てくれた我が救世主。ちなみに、「トシ」は殿がオレを呼ぶ時の略称だ。まあ、かわいがられているのだろう。
「おお、又左。なに、ちと知恵者同士の、やり取りというのを見てみたくてな。」
どう見ても完敗しています。勘弁してください。
「あんまり、ウチの家臣をイジメんでくれよ。トシ。大殿がお呼びだ。」
「ハッ。」
それを聞いて、藤吉郎も席を立つ。
「うむ。三直殿。邪魔をしたな。今日は楽しかった。また、次の機会にでもゆっくり話をしよう。では、半兵衛。わしらも行くか。」
「ハッ。」
部屋の前で別れて、オレは殿と一緒に大殿の待つ部屋へと向かう。
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「どう見る?」
「賢き相手。しかし、勝てと言われれば勝ちます。」
「そうか、そうか。」
半兵衛の言葉に、秀吉はヒヒヒと笑う。前田利家は親友であり、頼もしい味方ではあるが、織田家の中では競争相手でもある、敵に負けてもらっては困るが、強すぎるのは好ましくない。
「…しかし、」
半兵衛の言葉が続いたことにいぶかしむ。
「彼は逆らわぬでしょう。かなわぬ事がわかる故に。」
名軍師の表情に陰りがある事を読み取った藤吉郎は、しかし、笑ってその肩をたたいた。
「なになに、心配する事はないじゃろう。逆らわぬなら、味方って事じゃ。逆らった時に、勝てりゃそれでええ。」
主人のその言葉に半兵衛は、軽く頭を下げるながら、口には出さない言葉を心の中で続けた。
「(それ故に、彼と戦う事になるのは最後になるでしょう。最後の最後に…)」
それが、勝てぬ敵に勝つ唯一の方法だと理解していた。