20 長島暗躍~その3
「…」
「…」
おー。視線が怖い怖い。とはいえ、もう終わっているんだけどな。
「すでに長島の状況は、ご自身で報告した通りです。まもなく、織田からの侵攻がございます。」
「謀られたことは認めよう。だが、それがどうした。」
「証拠はこちらが握っているのですがね。」
「はん、それを長島に渡すか?石山本願寺か?それがどうした。わしは知らぬ存ぜぬを通させてもらう。敵である織田家の言葉と、長年の縁である甲賀の言葉。どちらを信用するか目に見えておるわ。」
はい、語るに落ちました。
「…渡すのは伊賀にござる。」
「!!」
「織田の言葉では耳を傾けぬでしょうな。しかし他ならばいかがか?伊賀、根来いやいや、相手は天下の甲賀。どこに回すか迷いどころですな。あとは彼らがやってくれるでしょう。」
「き、貴様!」
この時代、忍者は時代劇に出るような、命を捨てて主に仕える者ではない。あくまで、特殊技能を持つ勢力が、金で雇われて動く傭兵集団だ。
そして、雇用の関係がある以上、評判というのは重要になる。
特殊な技能であるわけだから、莫大な費用が掛かる。その費用の基準が評判だ。どれだけ優秀な能力を持っていても信用がなければ誰も買いはしない。
ライバル会社のスキャンダル。この情報は他組織にとっては垂涎の的だ。
むろん、ここで示された証拠はすべてではない、その数倍の量の証拠をオレは握っている。オレをどうこうしても何も変わらない。
「返事は二日待ちましょう。他の家とも相談してください。当家にとどまりますので、いかようにでも…」
とはいえ、甲賀の決定など決まっている。
残念な事に、オレの掴んだ証拠は甲賀の致命的なスキャンダルではない。最大限効果を発してもある程度の不利益と、せいぜい頭領の首を(物理的に)切る程度だ。
頭領からすれば、たまったものではないが、状況はそんな単純なレベルではない。
甲賀五十三家。
なんてたいそうな名前がついているが、要は五十三個の集落だ。これが多数決で決定する合議制を取っている。
当然、その多数決の弱点を利用する。
五十三家のすべてを篭絡させる必要はない。多数決だからと言って半数を篭絡させる必要も実はない。
織田に下る大義名分を与える。
甲賀忍者だって、長島が派閥争いでグダグダなのは、承知している。この状態で織田に勝てると思ってはいない。
所詮は雇用関係の傭兵集団。長島一向宗と運命を共にする忠誠とは無縁である。
だが、負けそうだから降参します。で、許してくれる織田とは思えない。
このまま、長島が落ちれば次は甲賀だ。勝ち目はない。降伏するか皆殺しだ。
だが、こう考えられる。有力な里のいくつかが織田の策略にはまって調略された。調略された以上従う必要がある。
織田が調略してきたのだ。従うのだから、これ以上敵対することはない。
調略なら、降伏と違いまだ有利な条件を引き出すことができる。
オレの仕事は、この合議の場に、織田に従わなければならない理由を提示させるだけだ。
それを持っていく美濃部家だって、証拠が提出分だけとは思っていない。それ以外の家だって、同じような証拠を握られているのだ。「オレだけじゃない」と、言い訳ができる。
提示されていない家も、「俺は調略されていないが仕方ない」というスタンスが取れる。
調略されていなくても、「有力里は調略されたのだ。従っても仕方ない」という選択肢が出てくる。
こうして、合議制の参加者すべてに、落ち目の長島を見限る理由が出来上がる。
内紛でグダグダになった長島一向一揆からすれば、甲賀の突然の掌返しは青天の霹靂と言っていいだろう。評価を上げていただけに、その効果はさらに上がる。
そして、責任問題や内通の疑いで長島一向宗はさらなる混乱に陥る。
問題があるとすれば、甲賀すべてにオレが諸悪の根源というレッテルを貼られるわけだ。
2日の休暇は針のムシロでしたがとても楽しかったです。(白目)
これにて、暗躍は終了となります。
次回から、後始末です。