01 仕官
「なにしてくれはりますのん。」
あれから8年。俺も18歳となり、この時代においてはもう大人である。
経を読み、礼法を学び、説教を食らい、なんとか寺の僧侶として、そろそろ独り立ちかな~。なんて思っていたのだが。
その展望は、急遽消滅した。
隣では、ニコニコ顔の光琳和尚。
目の前では、「お前誰だよ」と思うほど、落ち着いた笑みを浮かべる前田利家。
「つまり、お前を部下として登用したい。」
転生初期に潰えた夢が、予想外の敗者復活である。
いやいや、カンベンしてくれよ。なんというか、メインヒロイン落とそうと頑張ったけど、だめだったので、サブヒロイン攻略して、もうあと少しでハッピーエンドってところで、メインヒロインからアプローチ食らったような。うむ。わけがわからん。
まあ前田様の話を要約するとこうだ。
俺の説教で、己の未熟さを知った前田様は、心機一転。武士の本懐に帰るため、武芸を磨き、禅を学んで精神修行を果たし、武勲を上げて、見事織田家に復帰したそうである。
もしかして、あれはマインドコントロールだったんじゃないんだろうか?と自分でも疑問視してしまうんだが、そこまで精神矯正ができたのか…
とまあ、そんなわけで復帰して織田家に仕えていたのだが、この度、織田信長の命を受け、前田家の家督を継ぐこととなったらしい。
よかったね。
で、すめば俺がここで人生の修正をする必要はなかった。
現在、前田利家の実兄である前田利久が前田家の家督を継いでいたらしい(どうも先代の父親死亡時にはまだ、復帰を許されていなかったそうだ)。で、どうも利久が病弱であり、それを知った信長が、利家に家督を継ぐよう命じたらしい。
問題は、この前田利家という武士は、自他ともに認める武辺者で、領地経営?何それ美味しいの?状態。
そりゃそうだ。前田利家の役職は、織田信長の親衛隊「母衣衆」である。ボディーガードにお役所書類仕事の能力を求める事がおかしいのだ。しかも、まわりや友好関係も基本的に体育会系オンリー。そりゃ、好きな人と付き合いしかしてないんだから、そうなるわな。
で、苦難に明け暮れた挙句。
「そうだ、頭のよさそうな奴が一人いたぞ。」
と、俺のことを思い出したとの事だ。
「いやいや、私も領地経営など経験はございませんよ。」
と、言い訳もどきをしてみたが、問題はそう簡単にはいかなかったらしい。
前田家は城を持つ。
「荒子城」とよばれる小さな平城だ。城がある以上、それを守る兵を備え、それを指揮する将達、つまり家臣がいる。今回利家が家督を継ぐに当たり、当主である前田利久の家臣が異を唱えたのだ。
そりゃそうだ。父親死亡で継承という一番忙しい時期をようやく乗り越えたと思ったら、放蕩三昧で放逐された厄介者がひょっこり帰ってきて、そいつが家督を継ぐって言われたら、誰だって異を唱える。
最終的には、織田信長の命で城をあけ渡し、家督相続はなったのだが、当然人間関係はギスギス。領地経営とかそういったこと言ってられる場合じゃねぇって事らしい。
そこで、オレ投入。
なんで俺はそんな蠱毒の壺の中に放り込まれにゃならんのよ!?
もう、ほとんどイジメじゃん。俺の胃袋逃げ出すよ。というか俺が逃げ出したい。
助けて、光琳和尚~。
「豊念。前田様にここまで望まれるというのは、名誉な事だぞ。」
あ、この和尚。オレ登用賛成派か。ブルータスお前もか。
「豊念。お前が行く事で、荒子城のいさかいが減るというのであれば、これは僥倖。行うは善行というものだ。」
俺一人が不幸になるのはいいのか?
「おぬしの望む道ではないか。」
子供の頃の「将来の夢」を取り出して、俺の進む道を決められるという、理不尽さと、やるせなさと、タイムマシンを求める気持ちでいっぱいです。
いや、ほら、私は坊主として出家し、仏の道に進むと誓ってしまいましたので。
「還俗というのは、ないわけではないのだ。」
あ、退路断たれたわ。