15 信長謁見
岐阜城の謁見室。板張りで結構寒い。
平伏していると、上座から声がかかった。
「面を上げよ。」
「はっ。」
顔を上げて織田信長を見る。
日本史の超重要人物。覇王とか魔王とか、ラスボス的要素の事欠かないリアル&フィクションの大御所である。
…普通の人だな。
「三直 豊利と申します。」
寺で学んだ礼儀作法をそのままに、お行儀よく礼をする。
第一印象は地味顔だけどハデ。なんか、彫りの深い顔に、鷹のような鋭い目で、こうオーラバリバリ出すような人…ではない。某有名ゲームの印象が強いけど、ある意味正反対の人間だ。ちゃんとチョンマゲも結っているし、顔もなんというか地味顔だ。でも着ている衣装は派手。紫とか青とか色が派手なんだけど、おかげで顔の地味さが目立つというか…
「大義である。」
「ははっ」
オレの感想をよそに声をかけてもらう。
「時に、三直。」
「はっ。」
「お前は天台の寺にいたそうだな。」
「はい。」
「比叡山を焼き討ちしたワシをどう思う?」
質問の意図を読みかねて頭を上げると、当の大殿は面白そうににやにや笑いながらこちらを見ている。
なにか試されているのだろうか。とりあえず、正直に話しておくか。
「私のいた寺では聖観音を奉じ、朝夕に経を上げておりました。その仏を恣意いたす罰当たり者には必ずや仏罰が下るものと信じております。」
同席していた利家の顔から血の気が引く。
「比叡山は天台の総本山。それは正しゅうございます。しかし、総本山は仏ではございませぬ。寺を焼いて困るのはそれを生業とする坊主であって仏ではございません。」
オレを抑えようとしていた殿の手が止まる。
「大殿が仏を焼き、菩薩に刃を向けるなら、お止めするのが僧籍に身を置いたものの勤めにございます。しかし、城を焼き、村を焼き、田畑を焼く武士が、寺社を焼いてならぬ理由はありません。」
見れば大殿のにやにや笑いが消えていた。ただじっとこちらを見ている。
漫画とかなら、恐ろしいプレッシャーとか感じるのだろうが、俺って鈍いのかもしれない。前世でも時々KYとか言われたけど、
「先の一向宗の村より米を送ったのはなぜじゃ?」
「人は腹が減っては何もできませぬ。つまり、なにをするにも腹を満たす必要がございます。荒子城なら奪えるやもしれませぬが、岐阜や清州から奪う事はできません。ないと知れば、襲いませぬ。」
「岐阜へはその逆か。」
「御意。」
「伊勢長島。」
「は?」
「お前ならどう落とす?」
知らんがな。
そもそも、あれを普通に落とすのが無理だろう。長島は一向宗の特権階級地域で、元々寺社の力が強い。しかも、近隣の住民の多くが一向宗だ。それを集結させた以上、その兵数はシャレにならない。
伊勢方面は独立勢力である甲賀の忍びや、そもそも伊勢を治めていた北畠(織田が事実上滅ぼした)の残党など、反織田への手勢に事欠くことはない。
「…」
しばらく沈黙が落ちる。
「年明けまでに考えよ。」
低い声でそう命じると(オレ的にはどう見ても脅しである)、席を立って部屋から出ていく。
なんという無茶ぶり。泣き叫びたくなるわ。
殿と一緒に城から退室し、城下にある前田家の屋敷に世話になる。前田利家の恋女房おまつ様にも歓待され、謁見以外は素晴らしく楽しい時を過ごせた。
と現実逃避しても逃げ切れない状況なんですが。
どうしよう…
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(面白い)
廊下を歩きながら、さっきまでの謁見の相手を思い出す。
犬が賢しき小僧を雇ったと聞いて、色小姓かと呼び寄せてみれば、至極面白い。
一向宗を倒すのに、武力の話をしない。武力での争いの他の判断をしている。
猿以外でその発想に行きつくところが面白い。
化ければ使える。
猿には孔明が付いた。では、あれは犬の士元になれるか。