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132 前田利家の瑞鳥

前田利家はしばし呆けた後、上を向いて三直豊利から視線を外した。

まるで自分に浸るように評定の間の天井を見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「…オレは、生まれた時から厄介者のやんちゃ坊主だった。兄貴達もいたし。いてもいなくてもいい。そんなガキだったよ」


独白するように、言葉を続ける。


「暴れまわって無茶もした。そして、信長様に拾われた。だが、オレは相変わらずのやんちゃ坊主だったのさ」


そう言うと、前田利家は天井を見るのをやめて視線を戻す。


「トシよ。放逐されたオレは、お前と会って変わった。織田家に戻れた。でもな、実はなんにも変わっちゃいないのさ。ただ、うわべを整える事を覚えただけだ。オレは、何にも変わっちゃいなかった」


そういうと、評定に並んでいる奥村と甥の慶次郎に顔を向ける。


「荒子城の時もそうだ。すました顔の兄貴を困らせたかっただけだった。だが、慶次郎と奥村が城の明け渡しを断った時、バカなオレは気付いちまった。やっちゃいけない事をしたのだと。オレはもうやんちゃ坊主では済まされない人間なんだって気が付いちまった。お前たちには迷惑をかけた本当にすまん」


そういって二人に頭を下げる。そして、再び正面を向くと、そこにいる部下に再度頭を下げた。


「トシ。お前にも迷惑をかけた。お前を登用したのも、荒子城にいたくなかったからだ。自分がそんな地位にいると認めたくなかった。オレは大殿と一緒に暴れているだけでよかった。加賀様なんて呼ばれているが。オレはその程度でよかった男なんだ。尾張荒子のバサラ者。やんちゃ坊主の暴れん坊。織田信長の前田利家でよかった。大殿の又左でよかった。吉法師の犬千代でよかった」


前田利家は、頭を下げたまま震えた。膝に置かれた手が、袴を握りしめる。


あるじの犬でよかった…」


そして、初めて前田利家の目から涙が流れ落ちた。


「…オレは犬だ。主と一緒に五条川の土手をブラブラ散歩する。それで犬は満足なんだ。オレが求めるのは主との時間であって、主の地位ではない」


流れた涙を袖でぬぐうと、まっすぐ前を見て前田利家は口を開く。


「オレは天下人にはならない」


その言葉に、鳳雛と呼ばれる男は、満足げな笑みを浮かべると深く頭を下げた。




瑞鳥が天を舞う理由は一つだ。

地上の誰かに幸運を授けるためではない。鳥が飛びたいと思ったから飛ぶのだ。誰かに勝手に与えられる幸運など、空を飛ぶ鳥には関係のない話だ。


オレは最初から決めていた。信長に仕え、秀吉に近づき、徳川に付くと決めていた。だが、織田信長の代わりに室町幕府を滅ぼし、豊臣秀吉のかわりに天下を統一し、徳川家康に成り代に幕府を開くつもりはなかった。そんなものを、望んではいなかった。


故にオレは鳳雛なのだ。

故にお前が主なのだ。鳳雛を手に入れ天下を握らなかった二人目の人よ。


『伏竜鳳雛そのいずれかを手に入れた者が天下を握る』


知略をもって天下を握れると言うのなら、なぜ他人の下につかねばならない。

伏竜と鳳雛が、自分の手で天下を握らない時点でわかるだろう。

天下なんて望んでいないのだ。

だから、乱世の梟雄ではなく、出自の怪しい男に仕えた。

天下なんて望んでいない主人に仕えた。

ただ桃の園で、気の合う仲間と共に生きようと誓っただけの男に仕えた。


ただ土手を、気の合う仲間と歩くだけで満足できる男に仕えたのだ。


故に、舞う事をやめよう。

そう、決めたのだから。




奥村永福が、するすると三直の隣まで進むと頭を下げる。


「されば、前田加賀守利家様。ご下知を願います」

「オレは犬だ。主なき後に、犬が望む事は唯一つ。主と見た景色の行く末を見たい。大殿の天下布武が成った世界をこの眼に焼き付ける」


前田利家はすくと立つと、覇気のこもった声で命じる。


「三直。策を言え!」

「ハッ。羽柴様に支持の手紙を書きます。正室まつ様、嫡男利長様、それがし三直が質となって姫路へ向かいます。留守は奥村様に任せ、柴田様と争いになった際は先陣を賜りますよう願い出てください」

「許す。準備をせよ。奥村!兵の用意は?」

「加賀越中は冬になれば雪となります。越前へ兵の配置を変える必要がございます」

「村井。木村。早急に取り掛かれ。北陸の動きは?」

「能登の佐々様はおそらく柴田様につくかと思われます。が、能登に越前はありません。それがしが末森城に入り能登を牽制いたします。後は北陸の雪が能登を閉ざすでしょう」

「よし、周辺すべてに羽柴家を支援すると表明せよ」

「「ハハッ」」


前田家家臣一同が。主君の命に頭を下げた。




許せ、豊臣秀吉。お前を天下の生贄にさせてもらう。

もしかしたら、お前も天下なんて求めていなかったのかもしれない。土手を散歩する主と犬と猿だったのかもしれない。お前も正しく伏竜の主なのかもしれない。

だが、それが許されない今。誰かが天下布武をなさねばならない。

お前が織田信長の後を継ぐがいい。望まなかろうと、オレがお前に押し付ける。それを遮る者はお前の側にはもういない。

オレの為に。オレの仕える主の為に、望まぬ名前を歴史に刻め。


その代償は、オレの残りの人生だ。

伏竜を失った秀吉が鳳雛のオレを手放すわけがない。人質として姫路へ行ったが最後、自分になびかぬオレは飼い殺しだ。死ぬまで手を離すまい。

そして、オレはそこまでだ。オレの行動が、そのまま前田家への危険視につながる。オレが何かする事で前田家が危険視される事は避けねばならない。

いかなる事が起ころうとも、オレはその才を用いる事は絶対にできない。


これが、オレの最後の策だ。


己の才を封じ、主君に仕えて生きるオレ。

己の才をふるい、主君に仕えて死んだお前。

どちらの勝ちだと思う?

半兵衛。


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― 新着の感想 ―
臥龍鳳雛とはなにか、その想いとは何か。 これほど得心した作品を初めて読んだ 素晴らしい
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