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128 舞台裏の台本

天正九年一月


加賀に帰還してから、オレは頻繁に越後上杉家との手紙のやり取りをしている。

もちろん、内通ではないし、反乱の手紙でもない。殿から許可をもらっているし、他の家臣達も知っている。

つまり、石動山で投降した上杉兵の捕虜返還の話だ。

オレが加賀に戻った理由の第一はそれだ。


公式にはね。


もちろん、すでに石動山の捕虜の扱いに関しての協議は終わっている。身代金を払って越後上杉家が捕虜を一括で買い戻す。

ちなみに、その身代金の出どころは織田家である。米を送るのと同じように、金銭を送り、上杉家がそれを身代金として前田家に送る。身代金はそのまま織田家に返還される。

こうする事で、上杉家は捕虜となった上杉兵とその一族に恩が売れる。上杉景勝の発言力が増え、織田家への降伏がスムーズに進むわけだ。


その為、上杉家も心得ているようだ。上杉家側の担当者が樋口兼続となっている。

オレは上杉家との交渉(あえて何のとは明記しない))をおおっぴらに出来るようになったわけだ。


当たり前だが、一国の趨勢が決まる交渉である。公式文書のような保証を求める越後上杉家と、降伏を土壇場で覆さない保証がほしい織田家とのやりとりは、非公式な密約で済ませられるはずもないわけだ。


ついでに、降伏までの道筋も決めておく必要がある。もちろんこっちは密約である。




「あなた様」


声をかけられて、思案をやめる。手に持ったままの筆を置いて振り返ると、加奈さんが竹を連れて来ていた。

ちなみに、銀千代は加奈さんとの協議の通り、7歳になったので、加奈さんの師匠筋で、越前豪族の富田という人に武芸の訓練を受けている。

正直、訓練当初のケガだらけに心配になったが、そういうモノらしい。

加奈さん的には「痛くないと覚えません」との事だ。わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい。じゃダメなんですかね?

父親の心配事をよそに、銀千代自身はその訓練が大好きで嬉々として飛び出している。

話がそれたが、部屋に入ってきた加奈さんは一通の手紙を差し出す。


「越中の兄上から手紙が来ていますよ」


差し出された手紙を開いて読む。


越後上杉軍が魚津城に籠り防備を固めているとのことだ。

奥村様と協議したいくつかの候補の一つ。その中でも最も退いた形での防衛ラインだ。

さすが上杉家である、選択できる中で最良の選択をしたといえるだろう。

まあ、それゆえに一番可能性が高いと踏んでいたんだけどね。

距離的な問題から魚津城を強化する時間を稼ぎつつ、前田家に越中を差し出して最大限譲歩した形にもっていき、さらに、甲斐信濃の柴田家へ即座に対応できる距離。越後南に位置する上杉家居城春日山城にも近い。


棚に置いた手紙の束から一通を取り出し、残りは火鉢の中に入れて燃やす。


「あなた様。よいのですか?」

「もう不要だ。残っていると面倒なことになる。これから城へ行く。越中へもっていく兵糧の取りまとめが必要だ。それが終わったら私も越中へ向かう。留守は頼むぞ」

「はい。支度をお手伝いします」

「だーだー」


竹がオレの手に持った手紙に興味を引いたようだが、さすがにこれを好きにさせるわけにはいかない。後で似たようなものを上げるから機嫌直して。ね。


さすがに、上杉降伏の台本を好きにさせるわけにはいかないのよ。

そして、この台本に合わせた形で兵糧の取りまとめが必要になるわけだ。さらに協議によって変更した内容に合わせて調整する事になるわけだ。

当然、協議している当事者であるオレが、調整する役目にもっともふさわしい人材という事になる。

一ヶ月は金沢城に籠城することになるな。オレ一人で、仕事量という軍勢相手に孤軍奮闘か。

能登の非実在家臣Aさんの場合と違って、こっちには援軍の予定はない。


年末年始は休めたからいいもん。




「ご武運を」


見送りに出た加奈さんと竹に手を振って、オレは金沢城へ向かって歩き出した。

あ、そういえば能登で得た上杉家の捕虜の返還の段取りもあるのか…


年末年始は家族で休めたからいいんだもん。


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