127 前田家の次代
石動山の乱が終わった。
終わってみれば、織田家の圧勝である。当然、一番被害を受けたのは、石動山であったが、人的被害という意味では、能登の反織田勢力であった。
石動山の僧侶の降伏は基本的に受け入れられた。もちろん条件を提示して一切の妥協はしなかったが、それを飲みさえすればほぼ例外なく降伏が認められた。
しかし、能登で参加した反織田勢力は、容赦なく叩き潰された。石動山を包んだ火も、僧房が目的というよりも降伏を許さず籠った反織田勢力を一掃するのが目的ともいえた。
能登の支配者である佐々成政の対応に容赦はなく。また、能登の統治者であるがゆえに反乱に確固たる態度を示す必要があったともいえるだろう。
能登の反織田派の首謀者の一人である三宅 長盛は討ち死に。もう一人の温井 景隆は、僧房の一つに立て籠もったまま炎上。生存は絶望視されている。
何気に、最も被害が出なかったのが上杉軍であった。織田軍ともに決定的な衝突はなく弓矢での応戦に終始し、石動山炎上とともに降伏している。戦力差を見れば勝てる可能性がないのはわかりきっていたのだろう。
そして、石動山の10日にも満たない反乱が終わると、北陸は小康状態となった。
越後上杉家は、守山城の敗残兵の収容と、石動山の敗戦の処理があり、前田家もまた越中能登と戦い続けた佐々軍に利長軍の対応。さらに、石動山で投降した者達の対応があるからだ。
「このまま、越前に戻る?」
殿からの命令書をたずさえて、越中から加賀金沢城に戻ってきたオレは、同じく能登から戻ってきたばかりの前田利長様と会っている。能登で石動山を攻めた利長様は、投降してきた石動山の坊主と、上杉軍の捕虜を連れて帰還してきているのだ。
このまま、上杉家の捕虜は加賀で確保し、石動山の坊主を一乗谷に送る。
その後、坊主をどうするかは一乗谷に任せる事になる。公式に非難させることを条件に、能登に残る真言宗の寺に関しては一乗谷に任せるという密約を結んでいるからだ。
今回の蜂起による仕置きで、能登の寺領を大幅に没収して、代わりに一乗谷真言宗に渡される米の割合を増やす。京都から下向し、能登に馴染みのない一乗谷真言宗にとっては、自分の取り分が増えるだけの算段だ。
一乗谷により能登の寺に真言宗の影響力が戻っても、寺に入るのは能登の坊主ではなく一乗谷の坊主。石動山に与した反織田派から、一乗谷にいる親織田派に変わる。公式に非難している以上、石動山蜂起に参加した坊主に能登での再起の目はない。次に同じことをすれば、一乗谷真言宗に飛び火する事は釘を刺しているからだ。
さて、後の問題は個人的なもの。
不満たらたらな利長様か…
「そうです。石動山の坊主を一乗谷に送る必要があります。利長様は守山城攻略に石動山と連戦をしている」
「しかし、越中の戦いはまだ続いている。一乗谷に送るだけなら、わざわざ越前のすべての兵で行う必要は…」
「以後の越中へは、不破様に、金森様、蜂屋様の兵が対応します」
もちろん、能登の石動山の後始末が終わってからだ。とはいえ、それをするのは能登の支配者佐々様だ。佐々軍も、このまま能登に留まり出番は終了である。
「全部トシ兄がお膳立てしたの?」
「…一応、公式の場なので三直だぞ」
ここには利長様と後見人的な前田利久様と小姓くらいしかいないけど、一応立場があるんだよ、オレもお前も。
「そこまで出来ていて、こっちに話が来なかったのはなんでさ」
不満げに利長様が睨む。
頭を軽くかきながら、チラリと横目で利久様を見る。
…すっごい温かい目で見ておられます。
いいか。お前がそれを不満に思う段階で分かっていないって事なんだよ。
「簡単な事さ。お前に手柄を立てさせるわけにはいかないからだ」
「トシ兄!」
「いいか。お前は前田家の嫡男だ。加賀と越前を継ぐ人間なんだぞ」
「そんな事は分かっている」
「わかっていない!いいか、この話をしていれば、お前は手柄を求めるだろう」
オレの言葉を不審に思ってか、利長様の眉間に皺が寄る。
確かに利長様は初陣をおえている。安土城にいた頃に、いくつもの戦場に出ていただろう。だが、一人の武者として、一人の武将として出ていただけだ。
「お前は、手柄を与える側の人間だ。求める側ではない」
前田利家はそれでよかった。側近から城主に、城主から国主にとステップアップする過程で、自身に手柄が必要だった。
だが、前田利長は違う。国主になる事が約束された前田家の嫡男だ。
事前に話をすれば、武将前田利長はその状況を利用する。武将としてその行動は正しい。
武将なら危険を冒してでも城を落とす事に、命をかけて敵を打ち破る事に意味がある。だが“大将”は城が落ちた事に意味を見出し、敵を倒した事に意味を見出さなければならない。
戦場で手柄を求めるのは、武将としては正しくても、大将としては間違っているのだ。
「能登は佐々様の国だ。その国で手柄を上げてどうする?能登の領地をもらうか?」
「今回の戦いで、ウチの部下にだって手柄を立てた。彼らに報いる恩賞だっている」
「越中があるさ」
「越中?」
「…上杉家との決着がつけば、殿は家督を譲るつもりだ」
「え?」
「織田家の娘婿が前田家頭領になる。どこからも反対される事はない。つまり、この戦いが前田利長の武将としての最後の戦いだ」
「そんな…」
「だろうな。最後の戦いだからこそ、お前は無理をしてでも手柄を求めるだろう。だが、前田家は、お前にそんな危険な事はさせない。絶対にだ」
織田家との婚姻にはそれだけの意味がある。織田家本拠地である美濃尾張に隣接する越前加賀の前田家が、前田利家と織田信長の個人的なつながりだけであってはならないのだ。
織田信長の娘婿。織田家現当主の義兄弟。織田一族の前田家である必要がある。
「もう一度言うぞ。お前は前田家の嫡男だ。加賀と越前を継ぐ人間なんだ」
前田家の後継者となるべく育てられるというのは、教育だけではない。社会的地位やそれまでの経歴も前田家の当主になるべく整えられているのだ。もし不測の事態により後継者を失えば、それに代わる人間を用意するには時間がかかる。武田家や上杉家は、その時間で決定打を打たれた。
武威を誇る戦国大名からの脱却をしなければならないのは、前田家にも言える事だ。
…ああ、クソッ。そういう事か。
オレは心の中で悪態をつく。
今回、態々オレが加賀に戻って利長様にこんな説明をしている段階で、オレも嵌められたわけだ。犯人は殿か、義兄の奥村様か他の重鎮か。多分、全員が犯人だな。
無言でうつむく利長様の後ろで利久様が無言でうなずいていた。
そうか、お前もか。




