119 敵討ち総決算
天正八年四月
能登七尾城が落城した。七尾城城主の鰺坂 長実と、長様の手を逃れ七尾城に逃げ込んだ遊佐続光の嫡子、遊佐 盛光は切腹した。
これで、能登が織田家の支配下に収まった。
遊佐親子の首を前に、長様は涙を流して喜んだが、それ以外の仇である温井 景隆や三宅 長盛は能登から逃げ延びた。
能登を攻め取った織田軍ではあるが、その被害も少なくなかった。堅城七尾城を力攻めで攻め落とした事もあるが、最後まで抵抗し、あるいは降伏したと見せて裏切る者も少なくなかった。能登攻略に3ヶ月以上もかけたのは雪のせいだけではない。
そういう意味でも、当初の少数の奇襲から、越前援軍を入れての侵攻まで、致命的な問題を起す事もなく終わらせた佐々 成政様の手腕は疑いようもない。
…実際の戦争にかけては殿より強いんじゃないだろうか?
仇である遊佐を討った長宗顒様は、名を長 連龍と改め、長一族を復興する事となる。まあ、そうしないと、そもそもの大義名分が成り立たなかったわけだけど。
時系列が前後するのはいつもの事です。
で、その長様と七尾城で秘密の会合を行う。
実際には、能登22万石を取った佐々様と、今後の能登について話し合うためにやって来た殿についてきただけだ。
ぶっちゃけ、能登は復興が第一課題であり、その為の話し合いだ。援助や助言はするけれどもオレの仕事ではないので、そこは上の人同士でよろしくと言う話である。
どうでもいい話だが、佐々様が能登を治めるに当たり、越前にあった府中10万石は不破様が支配するそうです。同時に不和光治様が隠居して、息子の直光様が後を継ぐらしい。あのメタボ少しは痩せたのかね?
まあ、話がそれたけど、今後の事で忙しい長様と話をするのは、例の約束の件だ。
「まずは、一族の仇討ちと能登奪還。おめでとうございます」
「いえ…」
「御心は晴れませんか?」
長様は複雑な表情だ。首魁の遊佐親子を討ったとはいえ、仇の何人かを逃した事も事実。現在の能登復興を考えれば、取り逃がした者は諦めるのが大人な対応なのだろう。
「今日は、以前お約束したお話をしに来ました」
「約束?」
「逃げた両名についてです」
長様の目に力が宿る。
「ご安心ください。彼らの命運はすでに尽きたといってもよいでしょう」
「どういう事でしょうか?」
用意した能登の地図を広げる。
「まず、能登復興に当たり、居城となる七尾城の復興は急務です。能登での織田家の象徴として、そして軍事拠点として加賀前田家でも万全の支援をいたします」
七尾城の場所に白い碁石を置く。そして、その南に位置する山に黒い石を置く。
「佐々様の能登軍の再編成を待って、前田軍と合流し、越中侵攻を再開します。そして、それを挫くために、上杉家は能登石動山を扇動します」
「石動山を!?」
「ええ。そして石動山が蜂起するという事は、兵を集めるという事。織田家に対抗する為に、少しでも多く兵を集めることでしょう。当然、上杉家も最大限の支援をする」
上杉家の支援の意味で、黒い石をもう一つ石動山の場所に置く。
「そして、少しでも兵がほしい石動山は、能登の反織田勢力をも取り込もうとするでしょう。今回の織田家の侵攻を快く思わない者がいる事は、長様もご存知のはず」
三つ目の黒石を置く。
「当然、能登にいる反織田勢力の取りまとめに、上杉家は手を打ちます。たとえば、能登に精通し豪族とも縁の深い、上杉家に身を寄せている旧畠山家重鎮など、反織田勢力の取りまとめには適任といえるでしょう」
「温井に三宅…」
「能登の佐々軍が越中に向かった際、七尾城には長様が留守役として入ります。当然、石動山と七尾城は指呼の間。石動山の反織田勢力が狙うのは、能登織田家の居城七尾城です。そこで、長様に七尾城を堅持していただければ、越中から戻ってきた佐々軍は石動山の後ろを抑えられる」
「そして、今度の温井三宅には逃げ場はない…」
バラバラにいるから、逃げられる。ならばまとめてしまえばいい話だ。
石動山の北にある七尾城を攻めかけている時に、南の越中から佐々軍が戻ってくる。戦略的に挟み撃ちだ。後は海への道を封鎖させれば完了である。
上杉家の領土であった能登なら逃げる事ができただろう。だが、織田家の領土となった能登では状況が変わる。石動山が負ければ、織田家に擦り寄るために、反織田勢力という肩書きは格好の貢物に変わる。
「石動山が七尾城を攻めさせるために、七尾城の留守役に過剰な兵力を持たせることはできません。出来る限りの支援はしますが、寡兵での防衛戦は厳しいものになるでしょう。その為にも七尾城を出来る限り修復する必要があります。大丈夫ですか?」
答えは決まっている。ここで「無理です」とかいうような人間が、わざわざ敵討ちなんてしないだろう。
「無論!」
歯を見せて笑う長連龍様。
よし、これで能登は問題解決だ。
ついでに、越前から常備賦役者も使うか。短期間での突貫工事なら、賦役で熟練した彼らは役に立つだろう。そのまま越中軍に同行させれば危険もないし、数が増えたように見せかける事も出来る。




