10 名をもらう
日間ランキング1位獲得。
ありがとうございます。
あれよあれよという間で、本人すら信じられません。
大人になるって悲しい事なの。
と、トラウマ直撃セリフが響いたような気もするが、社会に出れば、感情を押し殺して笑顔を作らにゃならない場面も当然あるわけで、井戸で身なりをきちんとして(その為によったんだからね)。荒子城の評定の間へ。
うわ、すでに出来上がってらっしゃる。
評定の間は宴会場に早変わりだ。
「三直。よく来た。さあ、こっちにこい。」
上座の殿もごきげんである。
「お前には一人で、荒子城の些事を頼んでいるからな。迷惑をかけるな。」
「いいえ、右も左もわからない若輩者を温かく見てくださる、諸先輩方のおかげです。」
本当に、物理的に暖かい所から、見ているだけだったけどな!
本心を隠して軽く謙遜すると、横の武将が声を上げる。
「いやいや、最初はなんだと思いましたが、何気に目端の利く小僧でございましてな。」
そりゃ、あんたの所の年貢配送が遅れまくるから、手を貸したんじゃないか。
いやいや、落ち着け。大人になるのは悲しい事なんだ。落ち着くんだ。トラウマは盛る心に冷水を浴びせるショック療法的な危険な言葉。オレの胃袋を犠牲にして、冷静さを与えてくれる。
「佐久間様からも、よろしく言っておいてくれと言われてな。」
「はて?三直は佐久間殿と面識がありましたか?」
「ほれ、兵糧を清州に送った件よ。」
ああ、例の一向宗の庄屋のコメを、荒子城ではなく清州に運んだ件か。いや、あれは庄屋がブチ切れて米取り返しに来た時、非警戒状態の荒子城より、清州の方が安全だろうと思っただけだが、そういえば、一向宗が活発化して云々と手紙に書いた記憶がある。
「我が織田家が本願寺と事を構えておるのは知っておろう。そして、この尾張においても一向宗は軽視できない力を持っておる。」
何を隠そう、9月に伊勢長島でクーデターが発生し、長島城が一向宗の手に落ちた。
うん、年貢徴収の時期である。それで、ことさら年貢集めるのが遅れたりしたんだけどな。
もともと、長島は一向宗の影響力が強く、それ故に、どの勢力にも属さない緩衝地帯になっていた事も挙げられる。これが、ただの一揆ではなく、織田軍を敗走させ、二つの城を落とし。織田家の一族に死者まで出している事で、その勢力の危険性が分かるというものだ。
「清州城の佐久間殿が対応に当たっており、一向宗の手の者と兵糧を、事前に送った手際を佐久間殿も感心しておられたのだ。」
「ほほう…」
家臣一同から感嘆声が漏れる。
とりあえず、頭をかいて照れておくか。そこまで深い思いがあったわけじゃなくて、面倒ごとを押し付けただけなんだけどね。
「そうじゃ、三直。おぬしに褒美をやろう。」
「は?」
褒美って領土か?悪いがいらねぇよ。そんなもん管理している時間がねぇンだよ。年貢徴収終わったから楽になる?ならねぇンだよ。これから、戦による兵糧の供出とか、殿がお小遣い要求するからその為に兵糧切り売りして資金を作る仕事が残っているんだよ。その為の在庫管理をデスマーチしているんだよ。
「お前に、わしの名の『利』の字を与える。詠みは同じじゃ。三直 豊利と名乗れ。」
ザワザワと、評定の間が騒がしくなる。新参者であるオレを、殿がことさら気を使っている事を、ここにいるだれもが認識したからだ。
さて、ここでオレの立場というものがある。殿が連れてきた小賢しい後ろ盾無の若造。過剰に褒められればねたまれて終了。見くびられれば無能の烙印押されて終了。
というわけで、うなれ!オレのコミュニケーション能力!!
「…大殿の真似ですか?」
下げていた頭を上げてにやりと笑い、殿を見る。
オレの言葉に、顔を真っ赤にして立ち上がる。
「そ、そうではないわ。たわけ!」
腰の扇子を引き抜き、オレの頭をピシャリ。オレは叩かれたところをさすりながら、笑って頭を下げる。
「ははっ。ありがたく頂戴いたします。」
大げさになるように、芝居がかった仕草で、再度頭を深々と下げる。周りからも、笑いが漏れる。ああ、この程度なのかと思ったのだろう。
とりあえず、俺への話題が一段落したことで、オレは再びデスマーチの戦場に帰ろうとしたのだが、殿から爆弾が投下された。
「ああ、それと。先の話だが、大殿がお前の話を聞きたいそうだ。」
「え?」
…サラマンダーより、ずっとはや―い!