117 北前船。再び
船の上。
北前船で能登越中海上の北前船に乗っている。
デジャブ?いえいえ、同じですよ。あの時と同じ、オレは僧職姿だ。
「ぷはぁ~」
同行者もね!!
まあ、わざわざ架空の家臣増員があったのは、そうする必要があるからだ。つまり、上杉家との外交である。
もちろん、そこには“秘密の”のという前置詞がつく。
船は海原を進んでいる。戦争ですったもんだの能登を大きく回り、越後へ向かう北前船だ。
しばらくすると、船室から現れた人が、こちらに近づいてくる。越前で乗り込む時にはいなかった客だ。越中の港に寄港した時の搭乗者であろう。
越後らしい質実剛健な武士だ。船の上だがしっかりした足取りである。思っていたよりも若い。オレと同年代か?謙信時代の重臣ではなく、上杉景勝の側近なのだろう。その身で、他国との交渉を任されるのだ。次代を担う人物なのだろう。
「上杉家家臣、樋口 直続です」
「はじめまして。前田慶次郎利益と申します」
ピシッ!
空気が凍った。
終わった!!
はい。今、上杉との外交終わったよ。テーブルつく前に終わったよ。
ハイ終了。撤収!!って、どうしてくれるんだよ傾奇者!!
「…ですな。与六殿」
「あ?」
慶次郎の言葉で、再び兼続殿を見る。船員姿ではないが、背格好はたしかにあの時の上杉家の人間に似ている。
え?本当に当人なの?
「…こちらへ」
一度、大きく息を吐くと。兼続殿は再起動を果たした。促すように船室への道をあける。
あ、オレこの人と話が合うわ。仲良くなれる。
なぜかそう確信する。
まあ、やってしまったものは仕方ないが、慶次郎の身バレは、上杉家にだって悪い話ではない。前田家内部での秘密の会合でも、最終的に(←強調)上杉家が降る前にバラす予定だった。
前田家家臣のオレではなく、前田家の親族である慶次郎の名で保証する事で、外交交渉の信用度は跳ね上がる・・・はずだった。
まあこれで、上杉との外交責任は前田家一家臣から、前田家親族での話し合いになった。
オレの責任ではなくなった。
そう思うとしよう。
お前が責任とって腹を切れよ!
船の一室に入る。向こうは兼続殿の一人。こっちはオレと慶次郎の二人。それだけで、向こうの上杉家からの信頼感が見て取れる。兼続殿が全権委任されているという事だ。
一応、この船は商用として運航しているが、その内情は上杉家の用意したものだ。船員一人一人にいたるまで上杉の息がかかっているはずだ。
まあ、その程度の事は覚悟の上だ。というか、今回の交渉で最悪の事態になる事もない。
なにせ、すでに敵対して戦争している。これ以上、悪化しようがない。
交渉する内容だって、問題性は皆無だ。何一つ上杉家に不利益はない。
「こちらからは五千石。四度にわたって、そちらに送る用意があります」
なにせ、オレが今回するのは、上杉家を支援するからだ。
“現在戦争中の上杉家を”である。
理由はある。内紛を終えた1年後に再び戦争。その前の上杉謙信時代の北陸侵攻と手取川の戦いの無茶で、越後の内情はボロボロなのだ。
そうでなくても、内紛後の部下の掌握だってまだ完了していないはずだ。
そんな時に消費行動の集大成である戦争である。それも長期戦をするだけで内部から瓦解するだろう。
越前で例えると、オレが大殿からの要求で、常備賦役兵を編成している時に、全軍使った防衛戦争である。ちなみに織田家からの支援なし。その絶望感をご理解いただけるだろうか。
そこで、越後への経済(米)の支援だ。
正直、今の前田家(織田家)に越後を統治する能力はない。
原因は上杉謙信。
あの軍神はやっぱり怪物だ。軍神として崇められてまとまっていた越後を、他の誰が統治できると思うか?上杉家と言うネームバリューを持っていてようやく合格ライン。上杉家を滅ぼして織田家が入っても、地元豪族が従うわけがない。
プロ野球でたとえたら、地元出身のカリスマ選手が円満引退後に監督になって、チームをひっぱって優勝させて、ファンからの支持もバリバリあるのに、外資系スポンサー会社がいきなり監督解雇して外国人の監督を据えた感じ。
そんな罰ゲームの新監督に誰がなりたいと思う?選手FAまったなしですよ。
M&Aのクラウンジュエルかよ。上杉家臣のダイナミック反織田勢力への再就職だよ。
そういうわけで、上杉家を秘密裏に支援する。
ある意味、越後の内紛の後始末だって、内政問題さえ片付けば解決するのだ。なにせ、米がないのは越後の豪族。そんな中で上杉本家だけ米があればどうなる?
反乱して、少ない米をさらに失うよりは、上杉家に従い米を分けてもらうほうが有益だ。越後の豪族と言っても、この時代の支配基盤はやはり民衆なのだ。彼らの食い扶持を確保できなければ豪族だって追い落とされる時代である。
あとは、上杉家が米の提供の代価に何を求めるかという話だ。
「手筈は、以前と同じ春日山に運びます」
前回の手順がそのまま使えるから楽である。
「条件は?」
「一つは、このまま越中で籠城戦を続けてください」
「それはいつまで?」
「年内にも、前田軍による越中への大攻勢が始まります」
オレの言葉に、兼続殿の顔が上がる。横で慶次郎が身じろぎするのが分かった。
そういえば、米を送る話はしたが、それでどうするかの話はしてなかったかな(確信犯)。
能登は順調に攻略している。攻略後には長様主導で統治されるだろう。名目上の統治者は佐々様だが、統治に関しては長様に一任されるはずだ。日野城時代の蒲生賢秀さんポジションだな。
そうなれば、佐々様率いる能登と越前の軍が越中にいる前田軍に合流する。越前加賀能登の前田軍と越後上杉軍。勝負は目に見えている。
「そこで、上杉家にはその前田家の大攻勢を挫いてもらいたいのです」
「…凌ぐではなく、挫く?」
オレの言葉にいぶかしげに兼続殿の眉間にシワがよる。
「ええ、石動山を扇動してください。こちらの攻勢に合わせて能登の石動山が蜂起すれば、能登の軍勢は戻らざるをえない」
石動山は能登にある真言宗の霊山である。一向宗の勢力が強い北陸であっても勢力を保ち続けた真言宗の宗教勢力だ。歴史も古く、その影響力は北陸全土に及んでいる。
「なぜ、わざわざ石動山を?」
「上杉家としても、このまま織田家に攻められたままでは、面目が立たないでしょう。劣勢であると理解はされても穏便に降伏とはいかない。しかし一矢報いたとなれば、上杉家の当主景勝様の名も上がる」
「危険すぎる。門徒衆を甘く見てはいけない。加賀一向一揆の愚を繰り返すつもりですか!?」
そういえば、上杉家も一向宗には手を焼いていたな。
だが、わかっているじゃないか。
「いいえ。ですが、繰り返すつもりですよ」
「?」
「ご存じないようですが、越前の一乗谷にある最大の寺院『真乗寺』は、真言宗の高僧が下向しています」
「ブフッ!」
横で、慶次郎がむせたが、気にせず兼続殿に笑みを見せる。
「加賀一向衆にできた事なら、能登真言宗にもできるでしょう?」
とりあえず、横から感じる視線は無視しよう。




