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115 デスマーチよさらば

加賀を統治する段階で、オレは越前の反省を踏まえて手を打っていた。


『オレがいなければならない状況』からの脱却。つまり、オレの内政デスマーチ脱却である。


加賀での政策はそれに即している。

国内賦役に関しては越前のノウハウがそのまま使える。

通常業務の年貢の徴収も内政団が育った事で、手を出すのは最小限でいい。

国内物資の再管理だが、半年以上も準備に専念できたし、問題なのは今までの物資であって、今後増加する事はない。今ある分を片付ければ終了だ。

越前の銭による経済移行も、購入、販売、流通に至るまで、その作業は商人が担っている。

北陸侵攻においても、侵攻が開始時の混乱さえ解決すれば、後は予定通りに対応できる。

長期戦が予想される越中戦の補給ですら、越前侵攻に手取川に加賀侵攻と内政団の戦争補給の経験は十分だ。


まあ、だからと言ってオレの仕事がなくなるわけではないけどね。




天正八年一月

金沢城から軍を発した前田軍は、越中に攻め込む。奇襲により快進撃を続けていた前田軍に対し、上杉家臣の吉江よしえ 宗信むねのぶは越中増山城で籠城戦の構えを取った。前田軍は堅城増山城を前に攻めあぐね、貴重な時間を失ってしまう。その間に、越後の上杉景勝は援軍を越中へと派遣。上杉の援軍を前に、前田軍はいったん増山城の包囲を解き距離を置いた。

こうして、越中中央部で両軍が睨み合う事となった。




「計画通り」


なんて、余裕かませる暇すらないんだけどね。

前田軍が加賀を出発してから一ヵ月。北陸地方の雪による進軍妨害で、せっかくの奇襲部隊の進軍は遅々として進んでいなかった。同時に上杉援軍の足も遅れているわけだが、それを見越して籠城戦に切り替えた増山城の武将吉江はさすがである。

まあ、もともと越中を攻め落とすのが目的じゃないからいいんだけどね。


代わりに、能登の方は順調だ。こっちも雪で遅れてこそいるが、同時に能登上杉派がまとまることも邪魔している。越前からの援軍は確実に能登を進んでいる一方で、能登の重鎮であった遊佐続光を失い新しい指揮系統をまとめることすら出来ていない。

上杉家の援軍が越中で止まっている事もあり、能登上杉派を見限る豪族も出てきている。

その辺の取りまとめも歴戦の武将の佐々様はそつなくこなしている。



そんな報告を処理しつつ、越中の前田軍の陣幕で殿は手紙を読んでいた。安土の大殿からの手紙である。


「トシ。読み通りだ。大殿は信忠様を総大将に、甲斐武田を攻めるぞ」


越中侵攻前に、上杉家を引っ張り出すので武田家がソロになる事は大殿に伝えてある。

あたりまえだが能登越中攻めの報告は、きちんと安土に送っている。当然、上杉家が越中に出てきたことも報告済みだ。

手紙の中には柴田勝家、滝川一益、堀秀政に、蒲生賦秀の名前もある。さらに、徳川家康との共同戦線。

織田家の二代目である信忠様に箔をつけるために、武田家が槍玉に挙がったわけだ。その体制も兵力も抜かりはないだろう。

戦国最強の武田家を滅ぼした織田信忠。次代を担うには十分な名声だ。


となれば、前田軍の手も決まってくる。上杉家との長期戦を継続させる。その為に必要なのは、こっちが負けない事だ。

その辺は、オレでなくても前田家の知将がそつなく把握している。


「では、上杉軍を抑えるために、付け城を作りましょう」

「付け城?」


陣幕で地図を広げる奥村様に殿が聞き返す。


「ええ、増山城の前に付け城を作るのです。こちらの防備を上げると同時に、寒さによる被害を減らせます」

「篭れるなら備蓄に関しても節約できますね」


オレの援護に、奥村様の口元に笑みが浮かべてうなずく。

なにげに、冬の北陸での長期戦では防寒が重要になる。もちろん、その備えはしているのだが、戦争用の携帯する陣幕と、実際の建造物では圧倒的な差がある。

城を作るのに費用が掛かるが、失敗するリスクを減らす為なら、決して無駄な出費ではない。


「付け城であれば、上杉の奇襲にも陣幕より備えが出来ます。まあ、この雪で出てくるかは疑問ですが、それならば、こちらとしても願ったりかなったり」


奥村様の言葉に殿もうなずく。


「よかろう。上杉をここにとどめる為なら仕方ない。」

「では、私はいったん加賀に戻り、付け城を作る資材を確保します。それと、米の件もよろしいですか?」

「うむ。任せる」


事前に話していた内容だが、最終的な許可を求める。殿も即座にうなずく。


「では、失礼します」


頭を下げて、オレは陣幕を出た。


************


「鬼気迫るものがあるのう」


三直豊利の出て行った陣幕で前田利家は、率直な感想を漏らす。

しかし、奥村永福の眉間には皺が寄っていた。いつもの豊利らしくない働きに違和感があったのだ。


「それがしには、弟は急いでいるように思えます」

「急いでいる?何にだ?」

「さて、それは…」


奥村はお手上げと言うかのように肩をすくめる。


「まあ、トシが急ぐなら、急ぐ理由があるのだろう。あいつが訳の分からない事をするのはいつもの事さ」


と朗らかに笑うと、周辺地図から付け城を作る場所の選定に入る。

家臣の心に秘密があると知っても、それを笑って受け入れられる主君の器の大きさに、奥村は満足すると同時に、そこまでの信頼関係に少し嫉妬した。


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