111 長一族
長宗顒様と協議を重ねる。
流石に、長様の目的をオレ一人の胸に収められるはずもなく、前田加賀守利家と重臣一同とも相談する事になった。
状況を調べると、能登長家の復興はそう難しい事ではなかった。
問題は、長様自身の私怨だ。
能登畠山家が滅び上杉家に降った為に、織田派であった長一族は粛清された。そして現在、上杉家の支配下で能登を統治しているのは、長一族を粛清した上杉派だ。
それらを根絶やしにするのは、簡単な事ではない。
たとえ、織田家が大軍で能登に攻め込んだとしても、能登上杉派は、命を賭けてまで徹底抗戦はしない。何せ、逃げる場所があるからだ。
逃げる場所は越後上杉家。上杉謙信の時代から、そういった豪族の多くを上杉家は保護してきた。上杉家が旧主復興を理由に戦争をした例は枚挙にいとまがない。さらに、能登の周囲は海だ。彼らの逃走経路を封鎖するのは難しい。
となれば、彼等を一網打尽にするには、奇襲や電撃戦のような意表をつく必要がある。
まあ、普通に考えたらそうなる。
なので、普通に考えないようにしよう。
「あえて普通に攻めましょう」
「トシ。お前は何を言っているのだ?」
まず一手目。
織田家与力の長様は佐々様や不破様と一緒に府中に居候として配属される。申し訳ないが、長様の家臣はしばらく冷や飯を食ってもらおう。
「そして、長様は府中から、能登侵攻を大殿に要請している…と見せかけて、能登に潜入してもらいます」
能登畠山家の一大派閥であった長一族だ。血族は根絶やしにできたとしても縁者のすべてを滅ぼせるわけではない。そこに潜伏し、期を見計らって反乱を起こしてもらう。
「この作戦の要は長様です。越前にいると見せかけて安心させ、能登の支配者を討ち取ります」
「そう簡単にいくか?」
当たり前だが、城にいる武将を闇討ちするのは容易な事ではない、防衛拠点である城の最奥にいるし、当然周囲を自分の手の者で固めている。
「それ故に城から出すようしむけます。能登に情報を流すのです。『長様の嘆願により、織田軍勢が次に攻めるのは能登だ』と」
「そんな事をすれば、なおの事、上杉派は城に立てこもるではないか」
明確な敵意を向けられれば、相手は防御を固めるだろう。だが、防御を固めるにはいろいろな手順と方法がある。立てこもるのは最後の最後だ。
自分を怨敵と狙う長宗顒の名前を出して、自分たちに後がないと分かれば、彼らはなりふり構わず出来る限りの事をしようとするだろう。
なりふり構わない以上、警戒心は薄くなり。できる限りのことをするために、その行動を予測するのは容易になる。
「こちらが軍勢を用意していればそうでしょう。しかし、まだ能登侵攻まで時間があると分かれば、彼らは周囲の豪族を自分の派閥に取り込むために奔走する事でしょう。実際に織田軍が来た時に、城に籠る時の兵力を少しでも増やすために…」
「そこを討つ!」
そう言って、歯を見せて笑う宗顒様。
取り込む対象は、自分を心酔する者ではない。中立だった者を取り込む事になる。
そして、中立であるという事は、能登の元豪族である長宗顒様も縁を持っているという事だ。
しかし、この作戦には問題があった。
「長様。しかし、この方法には問題があります。この方法が使えるのは一度きり。倒せるのは一人か多くて三人です。そして、確実な成功をモノするためには目標を一人に絞ってください」
「ほかの者は見逃すと?」
「いいえ、もちろん手は打ちます。しかし、この策には二つの意味があります。一つは、長様が仇を討つのを合図に、前田軍は能登を攻めます。その為、狙う相手は能登の上杉派の中でも高い地位である事が望まれます。能登上杉派の重鎮が死ぬ事により、能登の指揮系統が混乱する。その隙を突くことで、能登への奇襲が可能になるからです」
「なれば、狙うのは逆臣 遊佐 続光」
「そしてもう一つ、これが能登の侵攻の合図であり、同時に越中で上杉家との戦いの開始でもあります」
「能登と越中を一度に攻めるのか?」
殿が驚いたようにこちらを見る。
当たり前でしょ。だって、まだ一手目だよ。
能登侵攻で終わりなわけがないじゃないか。




