107 加賀平定
天正七年四月
特に何か事件が起こる事もなく二ヵ月間の籠城の末、尾山御坊開城。
時期を同じくして越後の内乱も佳境に入っており、他国に援軍を差し向ける余裕はない。それどころか、景勝側からは景虎側に与したと非難される始末だ。
こうして、上杉軍からの援軍が来ない事が決め手となり、加賀一向衆は降伏した。
指導者である七里 頼周が腹を切り。他の指導者は北陸追放され、石山本願寺へ退去。
終わってしまえば、加賀侵攻の被害は佐々隊を含めても百名程度であった。
こうして、あっけなく『百姓の持ちたる国』は終わった。
前田利家は、尾山御坊に佐々 成政を置くと、大聖寺城に戻り加賀平定を宣告。加賀守として加賀を手に入れた瞬間である。
そして、二か月後の六月。
加賀前田家の配置換えが決まる。
まず、織田家から与力としてやってきた金森 長近様は越前大野郡。蜂屋 頼隆様には同じく越前坂井郡を与え、拝郷 家嘉様は、越前敦賀を与えられる。
大体一人につき4~5万石が与えられた。
越前の中心部の北の庄を含む九頭竜川近隣には、安土から帰って来た前田家嫡男の前田利長(旧名 利勝)様に与える。ちなみに、家老として木村 三蔵様が付いた。
そして、オレの副官でもある中野 勝豊も北の庄に回された。木村様の一族だもん。仕方ないよねぇ…
そして、前田慶次郎は越前府中十万石から、加賀の大聖寺城八万石にまわされる。
石高が減って「ざまぁ」と思ったけど、慶次郎の養父である前田利久様が、北の庄城で利長様の補佐として七万石を配しているので、親子そろえば十五万石。
荒子城からの利久派閥は、無難に内政派を越前に、武闘派を加賀に持ってきただけにも見える。
そして、取り上げられた府中城には佐々成政様と不破光治様に与えられた。嫡男の不破直光様は、そのまま越前で氏祖倉の建設に駆け回る羽目になるそうだ。
加賀に関しては、尾山御坊を改修して前田家居城にするらしい。今後北陸を攻める予定なので、前線基地として用いるのだろう。
奥村様は松任城を与えられ、四万石の大出世。これで、手取川の両端に前田慶次郎と奥村永福が配置されたことになる。
オレ?オレは小松の端に千石ほどの領土をもらったよ。
場所がどのへんかって?
手取川と、前田慶次郎の大聖寺城の間。
おい、またかよ。いつからオレは慶次郎係りになったんだ!?
一応、新領地は小松だが、どちらかというと手取川中流域が主要支配地域だ。
先の加賀侵攻で手取川流域の調略に成功した為、その豪族達を取り込む羽目になっている。一応、調略の際に本領安堵を条件にしているので、三直家に組み込む形だ。
その辺を含めると全部で三千石ほど。まあ、米の生産をできる場所が限られているので、石高はそうでもないが、代わりに手取川の水運と林業がある。
まあ、それを管理する余裕がないので、一夜城でもお世話になった豊岡衆に丸投げだな。
まあ、そんな感じで新しい領土の事もあるのだが、もう一つ前田家では問題が起こっている。
「トシ兄。これって、どう思う?」
「まあな…」
ふてくされた子供をなだめすかす仕事だ。
「まあ、あれだ。大殿の姫を嫁に迎えるんだ。いい事じゃないか」
「オレが気にしているのは年齢の事だよ」
越前に戻ってきた前田家嫡男 前田利長は、帰還に合わせて大殿の娘を正室として迎える事になったのだ。
理由はわかる。越前加賀二国を手に入れた前田家は織田家中でも大身だ。血縁に迎える事で、繋がりを強固にするのが目的なのだろう。
これだけなら、前田家としてはもろ手を上げる事件だ。前田家としては吉事なのだが、個人としては大きな疑問を挟まざるをえない。
問題となるのは、正室として迎えられる相手の方だ。
織田信長の四女 永姫様。
現在 5歳(数え年なので実質 4歳)
うん。これはないわ。
一応、まだ婚姻ではなく正確には婚約。さすがに5歳で嫁入りは問題なのだろう。輿入れ二~三年後の予定ではあるが、それだって8歳じゃん。
ちなみに、
前田家嫡男の前田利長様は現在17歳な。
うん。再度言うけど。これはない。
一回り違うと言えばそれまでだけど、その場合って一回り後の話だよね。3年後と見積もって32歳の旦那が20歳の嫁を迎える問題ないけど、12年前にそれやったらアカンだろ。アウトどころかスタートしちゃいけないレベルだよ。入場した段階で退場だよ。
流石にふてくされた利長様をなだめてくれと、おまつ様にお願いされたが、オレも利長様側に回りそうだよ。
ウチの銀千代の一歳年上だぞ。その年齢で結婚して親許から離れるとか、親としてねぇ…
「あと、なんか蒲生様は乗り気だった」
「賦秀君…」
目頭を押さえる。そうか、賦秀君も大殿の娘婿だから、一応義兄弟になるのか…
どうでもいい話だが、前田家が城主をしていた日野城は、安土城のすぐ近くだ。安土に行っていた利長(当時利勝)様が、馴染みのある日野の蒲生家と仲良くする事は、当然の流れであった。
当時の付き合いもあるし、織田家中でも有数の大領を持つ前田家の嫡男である。蒲生家でも下にも置かない扱いだ。
「まあ、あれだ。断れない事だけはわかっているんだろ」
「……まあね」
しぶしぶと言う表情で、答える。
「向こうも心細いと思うし。優しくしてあげろよ」
「それはいいけどさ…」
「ん?」
「絶対母上の方が甘やかすと思うんだ!」
スッゴイ自信満々に言い放つ利長様。
だが、安心してほしい。全く否定できない!
そりゃあ、子沢山の前田家の肝っ玉かあちゃんだよ。14歳で最初の子供産んでるよ。でもあんた、昨年も一昨年も子供産んでるでしょ!?
そりゃ、ウチの加奈さんもすっごい頼りにしているよ。女房衆の親玉だよ。オレだって頭上がらないよ。その結果が今のこの状況なんだけどさ。
新しく来る5歳のお嫁さんって、お松様の甘やかしっぷりを想像するまでもないというかなんというか…
「嫁と姑の仲がいい事は、いい事じゃないか」
「目をそらしながら言っても説得力ないよ。トシ兄」
だって他人事だもん。それも係り合いたくないレベルでな。




