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101 越後支援

用意が整った事を確認して、上杉家重臣 直江なおえ 信綱のぶつなはわざと音を立てるように廊下を歩く。

客室の左右の部屋には部下を配置している。よもや、暴挙に出るとは思わないが、用心の為だ。


部屋に入ると、客は二人。二人とも下座で頭を下げている。そのまま上座に進み声をかける。


「直江 信綱でござる」


自分の名乗りに、法衣の男が顔を上げる。


「前田家家臣 三直豊利です」


思ったよりも若い。威厳や迫力を感じない柔和な男だ。だが、越前前田家の知恵者『織田の鳳雛』の名は直江も知っていた。昨年の戦いで、こちらの度肝を抜いた一夜城を作ったのは、この男だったはずだ。


「(油断ならぬ)」


柔和な笑みで緩む心を改める。この時期に、この場に供の者を一人しか付けずにやって来る者だ。その胆力。大胆な行動力。侮る事はできない。

そして、その供の者も只者ではない。巨漢巨躯。その四肢に強靭さが見て取れる。この男なら、この距離でも一足飛びに飛びかかれるだろう。左右の部屋に待機させた部下が飛び出すまで耐えられるか?

チクリと疼く右腕の古傷を無視すると同時に韜晦する。

何を馬鹿な事を考えているのだ。彼らに殺意はない。供の者も、刀を右側において礼を尽くしている。

強者と会うと、つい対峙する事を考えてしまう自分を心の中で笑う。これも戦場で生きてきた故の悪癖か。

とはいえ、敵国である前田家の豪傑であるなら。いつか戦場で相見える事もある。名を知っておく事は悪くないか。


「そちらの御人は?」


供の者が顔を上げる。精悍な顔立ちだ。敵地にありながら、その目にいささかの恐怖もない。それよりも楽しさが見て取れる。戦場において笑って死ねる。味方にあっては心強く。敵にあってさえ眩しくも、恐ろしい。良きいくさ人の顔だ。

その顔が自分を向いてニコリと笑う。


「それがし、三直家第一の家臣 穀蔵院瓢戸斉こくぞういんひっとさいと申します」


その言葉に、なぜか柔和な笑みを浮かべていた三直殿の頬が盛大にひきつった。


************


「して、三直殿。内々の話とは?」


直江殿の言葉に、ひきつった表情を改める。

傾奇者め、絶対心の中で爆笑しているだろう。覚えていろよ。

とりあえず、怒りで煮えたぎりそうだけど、緊張だけはしていない。目的を果たすとしよう。


「ええ、越前前田家は上杉景勝様を支援いたします」

「ほう…」


特段感情のこもらない返事が返ってきた。予想内の反応だ。まあ、今の状況でわざわざ上杉家に話なんて、こんな事くらいしかないだろう。


「越前より二万石の兵糧を提供します」

「…」


ぶっちゃけ、今まで五十万石で四割の税収が、六十万石の四割二分五厘になったので、前田家収入分だけで増加分が約五万石。市場には出せないから、保管確定の米だ。その一部で上杉が抑えられるなら安い買い物である。


「して、それを差し出す代価として、織田家は何を求めるのですか?加賀ですか?」


いやはや、話が早い。

さっそく本題と行きましょう。


「いいえ、能登と越中です」


直江殿の眉間に皺が寄る。たった二万石程度で能登越中二国とか値段交渉にすらなっていない話である。


「ふざけておられるのですか?」

「まさか。勘違いされているのは直江殿です」

「勘違いですと?」

「はい。すでに二万石は越後に向けて出発しています。五日と掛からず到着するでしょう。そして、返品は不要です。代金も不要です」

「…」


どうやら、こちらの意図が分からないようだ。


「ですので、代価は不要なのです。能登越中を譲り受ける許可すら不要です。兵糧だけお受け取りください」

「なんだと?」


前田家の狙いは能登と越中であると予告する為だけに、二万石を提供するという話だ。軍事同盟を結ぶのでもなければ、不戦協定を結ぶわけでもない。

本当にタダで提供しているだけだ。

さぞ不自然に見えるだろう。


「織田家は上杉家を甘く見るような事はいたしません。それ故に景勝様を支援しようと言うのです」


あの手取川の戦いで、オレは十分に理解した。

軍神は、正しく戦の神であるという事を。


「上杉不識庵(謙信)様と武略を競って勝利を収めるすべを私は知りません。その血と心を受け継いだ越後の兵を、織田家が軽く見る事はない。そのあかしと思っていただいて結構です」


そして、理解したのだ。

軍神はまつりごとの神ではないという事を。


戦国大名上杉家。

奪うことの大変さは熟知しているだろう。

だが、与えられる事の恐ろしさを知っているかい。


加賀能登越中に“上杉家”を二万石。悪い値段ではなかったな。


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