99 織田家砲
「ぶひゃひゃひゃひゃ!」
笑われた。
場所は安土城(建築途中)の一室。
目の前にいるのは、もちろん大殿だ。横にいるのは殿と丹羽長秀様。
北の庄で殿に説明してもさっぱりわかっていないようなので、とりあえず越前だけで解決しない事だけを説明して、急遽安土城の大殿に話を持って行った。
説明するが、殿は相変わらずさっぱりわかっていない顔だ。代わりに、理解したらしい丹羽さんは苦笑いである。
ようするに、このままだと越前の米が暴落する。
越前でまともに作っているのが米しかないからだ。
国内賦役のせいで、近年の越前には内職や裏作による他の生産物がほとんどない。
そのため国外から物を輸入している。それを賄っているのが、国内賦役による賃金だ。
そして、今回の国内賦役免除である。国内賦役が免除されれば、賦役の際に提供されていた賃金は入らない。
免除を申し出た村だって馬鹿じゃない。そうなった際の備蓄も計算に入れての免除申請だ。
ここ数年の安い税金で貯めてきた米で、賃金分の購入を賄うつもりだ。
つまり、今年から輸入品の購入が銭から米にシフトしている。
そこまではいい。そうなる事は、事前に商人には通達していたし、米商人とも協議している。
問題は、単純計算で2割増加している予想外の米だ。
輸入品に当てる通貨を2割多く発行していたと言えば、問題が理解できるだろう。
輸入される量は変わらないので、輸入する代金が増えているという事だ。
そして致命的なのは、国内賦役によって、米以外の国内生産力が大幅に減少している事だ。
つまり、支払えるものが米しかないので、過剰であろうとも安価であろうとも米を放出するしかない。
米の価格が安くなるので、輸入品が買えない。輸入品を買うには、より多く米を売る必要が出る。米がさらに市場に出て価格が下がる。以下エンドレス。
超アカン!!
「しかし、とことんふざけた内容だな」
まあ、そりゃ。オレだって「復興しすぎて越前がヤバイ」なんて相談持ってきたら笑う。「やりすぎだ。バーカ」と笑う。
「やりすぎだ。饅頭。ぶひゃひゃひゃひゃ。」
…なぜだろう。分かっているのに腹が立つ。
とりあえず、越前国内では解決できない問題であり、こうやって対策をもって大殿に急遽面会を申し出ているのだ。
まず、一番の問題は、越前農民による米の過剰放出だ。
そこで、織田家に金を払ってもらって、越前の市場に出た過剰分の米を購入してもらう。
当然これは前田家で保管し、市場には出さない。
同じ保管でも米商人は売り注文を市場に出しているが、前田家はそれを保管するだけだ。米の市場経済には影響をおさえられる。
そして、農民は米を売る事で銭が手に入る。
こうする事で、輸入品を買うために、米だけではなく、銭での支払いが可能になる。結果、米の過剰な売却とそれに伴う暴落を防ぐ。
それですむのは、米放出は今年一年の問題であるという点だ。
今回のフィーバーは、今までの米作のみを重点とした政策と、復興による生産力の加速と、賦役免除による備蓄米の放出が、たまたまコンボになっただけだ。
コンボにしてしまったとも言う。
来年以降は、裏作や内職に雑穀奨励政策で国内生産が多様化する。輸入品ではなく自国製品の売買で、米の価格調整が取れる。流通量の問題も、国内生産があるため輸入による資産の放出が減少する。
市場に出回る種類と数が、米の一極集中放出による暴落を抑止してくれるからだ。
米しかない越前の民が、米を売却する事で値段が変わるわけだが、米の売値が安ければ、他の生産品を売る事で対応できる。米はあくまで価格変動する一項目でしかなくなるわけだ。
次に、織田家の支援が打ち切られる。
いままで、織田家の支援という国外からの銭によって、輸入品を購入するという越前の構造が、復興した事により国内生産と国内流通に変わるからだ。輸入品もあるだろうが、国内でまかなえるようになるので、支払う量が減る。今回のように、代金の大放出による価格下落の危機も減る。
当初の目的であった復興支援による雇用拡大も、もう必要ない。
そして最後に大殿にメリットを提供する。
「お許しがいただけるのであれば、越後に一石を投じます」
今回やらかしてしまった上に尻拭いをお願いした以上、どっかで挽回する必要がある。
同時にそれが、前田家に利益になるなら、悪い話ではない。
それが、織田家に敵対する上杉家であるなら、問題はまったくない。
遠慮もいらないという事だ。
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「相変わらず、彼が話をすると荒れますな」
苦笑気味に丹羽長秀の言葉に、織田信長は笑みを浮かべる。
「小賢しい真似をする」
「…と言うと?」
信長が差し出す帳面だ。今回の件で提出された資料であり、中を改めると、越前前田家の年貢納入の詳細な記録が書かれている。
そして、それは増加した越前の生産台帳がここにあるという事だ。
そこには越前の各郡での生産高も事細かく乗っている。
それは越前の生産状況、内政状況がすべて記載されているのだ。越前の内情を暴露したといってもよい。
そうする理由は一つ。
織田家からの疑惑の目をそらす事。
復興が成立し、織田家による支援が打ち切られる。それはつまり織田家が復興支援という形で握っていた越前前田家の弱みを失ったことになる。
織田家がなくても、越前前田家は自立できてしまうのだ。
しかし、この台帳があれば話は変わる。直接的な弱みはなくなったものの、越前の内政情報を手にしている事になる。
石高から保有戦力を割り出せば、越前の内情を丸裸にできるだろう。
「それだけではない。犬は加賀守。加賀の国を取れば犬は加賀に入る。そうなれば越前はどうなる?」
加賀越前を合わせれば、前田家は織田本家に匹敵する石高を手にする事になる。
「では、加賀を取った後、越前は誰かに?」
「五郎左。お前は越前を欲しいか?」
「…いいえ」
若狭を持つ丹羽にしてみれば、越前の地は美味しい土地だ。日本の中枢である近畿地方の北の玄関口が手に入る。その利益は莫大なものになるだろう。
だが、それは同時に多くの問題を抱える事になる。
一乗谷の管理。あの異質の街を完全に支配できる自信は自分にはなかった。
さらに、台帳にある膨大な管理量。今もなお増加し続ける越前石高を管理するだけの人員と人材が丹羽家にあるか?可能だったとしても、それはギリギリの水準で可能という話だ。破綻すれば致命的だ。得るものは大きいが、危険が大きすぎる。
そして、それは丹羽家だけの話ではない。織田家に対しても同じ事。ここで前田家を粛清したとして、誰がその後の越前を治める?
朝倉討伐後に起こった反乱と一揆による混乱を起した越前の状況を考えれば、有利な情報を手にいれても、いや、手に入れているがゆえに容易に決められる問題ではない。
となれば、織田与力を与え前田家の管理の下で分割統治させるしかない。その与力はそのまま前田家が北陸を攻める戦力となる。先ほど言った上杉対策の手駒が増える。
「彼はそこまで考えて…」
「手に負えるうちに加賀を犬に与えねば、この問題はさらに増すという事だ。まったく。小賢しいものよ。加賀攻めを急かしよる。五郎左。越前に送る与力を選ぶ。年明けには加賀を落とすぞ。それを持って本願寺に引導を下す」
そう笑みを浮かべたまま指示を下すと、部屋を出ていった。




