98 地獄の蓋を開けて閉めて、また開ける
地獄が終わりを告げた。
天正六年十一月。
越前年貢徴収の作業がようやく終わったのである。
いつもの倍の時間がかかったわ。
うん。その。なんだ。
色々ごめんなさい。正直やりすぎたと思わなくもない。
国内賦役免除選定に、氏祖倉の建設。災害対策の追加徴収作業。うん、作業量すごい事になったわ。
何せ、氏祖倉がまだ完成していない所は、代理で前田家が管理する必要があり、それが更に手順を複雑化。
そもそも、越前統治の際に、荒子から続く前田家のマニュアル策定していた為、マニュアル通りに行動する事に慣れ、突発的な対応への対処が甘くなっているようだ。おかげで、他の武将の年貢徴収にも混乱が見られる。
致命的な物ではないのだが、その分作業に遅れが出ている。
まあいい。問題点の洗い出しでもしてもらう。内政団のレベルアップだ。
唯一の救いは、去年の手取川の戦いの時や、その前の上杉対策の時に、こんな問題が発生しなかった点だ。
ちょっとまて?
「…あれ?」
帳簿を見ながら、奇妙な点を発見する。
税収が跳ね上がっている。
たしかに、今回税率が5分(5%)上がっているが、その増税対象は、まだ越前の約半分。計算上では増収を2分5厘(2.5%)だ。
…はずなのに、実質3割近く増えている?
古い資料を持ち出して、収益増加率を計算していく。
判明。
越前の復興を甘く見ていた。
前田家による越前復興の試算はしている。
しかし、それはあくまで復興だ。減った国力を元に戻すのが目標だ。その基準は、記録の残っている朝倉時代の石高を目安にしている。
朝倉時代の越前約五十万石。
今年の年貢を見るに越前の石高が六十万石を超えた…だと…
細かく生産高を計算すると理由が見えてくる。国内賦役の九頭竜川治水により、越前の最大農耕地帯の潜在生産力が跳ね上がっているのだ。さらに、四年間の越前復興で急速回復した生産力がその拡張分にまで食い込んで回復したのだ。
そして、国内賦役免除者を九頭竜川流域を中心にしたせいで、増税分に復興効果をプラスされている。
恐ろしい事に、このままいけば十年以内に越前は七十万石に匹敵する生産力を持つ計算になる。
雇用拡大の国内賦役をしたら、そのまま生産力強化に直結したでゴザル。
なんで、誰も気が付かなかったんだ!?
…そうか。あくまで五十万石を目安に復興していたからか。
一昨年は能登への救援の為に支援物資を送り、去年に関しては借金返済で収益が目減りしているから増加分が加算されず、例年通りの備蓄分を計上していたんだ。
去年の手取川の戦い以降、越前では戦争は起こっていない。殿が出兵はしても、連れて行くのは常備兵だ。今年の越前の農民達は平穏無事に農業に従事できた。
最大生産地の九頭竜川流域に至っては、国内賦役免除で全力で従事できてしまった。
ついでに、前倒しにした常備賦役者の年季明けで、初期大量雇用した戦傷兵の農村が追加されている。
戦傷による減税と言っても四割は納税されている。ゼロより多い確かな四割増収だ。
そしてそこに、国内賦役免除の氏祖倉の増税である。
賦役免除による農業従事者の増加、さらに、雑穀奨励政策。そこに、想定外の国内生産力の上昇。この結果予測されるものは…
ヤバイ。
今現在、再び地獄の釜の蓋を開けようとしているのは、どうやらオレらしい。
「北の庄へ行く。後は頼む」
年貢徴収を終え、死屍累々の中でも何とか動いている勝豊君に一声かけると、帳面片手に、殿のいる北の庄へむかった。




