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ラジコンウォーズ  作者: kazu
プロローグ
1/27

デモンストレーション(1)

  とあるビルの屋上。

「準備は整ったのですか?」

 品のある物静かな響きの女性の声が、スマホから聞こえた。

「ええ、何時でもいいわ」

 と、そこに居た一人がすぐさま答えた。

 その声も女性だ。しかも十代の娘。

 その表情からは、何かを覚悟した様子だった。

 その子の側から、

「こ、恐いな。やっぱ、止めようよ」

 と、別の女の子の震える声がすると、

「何言っているのです。もう賽は投げられたのですよ」

 スマホから再び声が聞こえた。

「行くしかない。早く終わらせて、みんなで東京見物やろう」

 スマホを手にした女の子がそう叫ぶと、

「サチ! 号令掛けるっちゃ」

「うちら、サチに全てを委ねるんやからな」

「そう、サチの号令を待っちゆうきに」

「う、うん」

 と、傍にいた四人の女の子がそう言って頷いた。

「仕様がないわね。一丁、やっちゃろうか!」

 四人の勢いに、サチが叫んだ。

 

 ここに居る五人の女の子たちは、一体何をしようとしているのか?

 その直後、複数の甲高いエンジン音が、ビルの屋上でこだました。


 

 二〇一五年八月五日(水曜日)。正午。

 太陽の日差しがコンクリートジャングルのガラスに反射して、街行く人々を照らしつける。

 アスファルトから反射される熱で、蜃気楼の様に空気が揺らめき、その上に停車される車も熱を帯びていた。

 そんな真夏の白昼に、奇妙な出来事が起こった。

「早く昼飯にしようぜ。これだけ暑けりゃ身体が持ちやせんぞ。食堂に行って、クーラーで身体を冷やさにゃ」

「そうだな。昼飯にするぞ!」

 道路工事をしている作業員たち。

 その腰にぶら下げたタオルが、あまりの湿気で重くなって今にも落ちそうだ。

 そのタオルを再び手にした作業員たちが、汗を拭きながら急々と近くの食堂に潜り込んだ。

 その横の歩道では、首筋や額を伝う汗を手で拭いながら歩いている。他にも、ハンカチで首に風を当てる様に煽いでいる人々もいる。

 この時の気温は、今年の最高気温を更新していた。

「何とかならないのか。これだけ日照りが続くと、熱中症になってしまうぞ」

 独り言を呟きながら、眩しそうに眼を細めて空を見上げる者。

「ちょっとそこでお茶しない。冷たい物でも飲もうよ」

「そうね。クーラーが恋しい」

「まあ、それを言うなら旦那でしょ」

「こんな時に、そんな冗談も通じないわ」

 昼間の時間を持て余して、無駄口を叩きながら街行く奥様連中。

「会社で弁当でも食った方がマシだな」

「ああ、明日からそうしよう」

 昼休みに外食に出掛けるサラリーマン達。

 容赦ない太陽光に、スタミナを奪われる真夏の昼間だった。

 そんな大都市のビル街に、コンクリートとガラスの中を反響する不穏な音が聞こえてきた。

 空気を揺らす低い音。

 無視の羽音? それにしては、少し違う。

 何処となく…… プロペラに近い音。

「ふむ、何か聴こえないか?」

 一人の男性が空を見上げると、

「おお、ヘリコプターか何かじゃないのか」

 横に居る連れの男性も見上げていた。

 その周りでも、同じ様に見上げる人が次第に増えていった。

 蟻の様に人が増え始めた昼間の街中。

 特にこの渋谷のスクランブル交差点には、上空からアスファルトさえも見えない程の人だかりだ。

 その人波の殆どが、音に気付いて上空に眼を向ける。

「言った通り、ヘリコプターじゃないか」

 一人の男が、上空に動く物体を発見した。

 だがその男性は、目線を逸らさずに動く物体をじっと見つめたままだった。

 その光景に、何故か違和感があったのだ。

「にしては、小さくないか」

 人込みから、そんな言葉が漏れた。

「そ、そうだな。飛んでいるのは、直ぐそこだからな」

 その言葉の通りヘリコプターが飛んではいたのだが、それはビルの狭間を飛んでいたのだ。

 車が行き交う道路の上空。高さは数十メートルほど上だ。

 更に飛んでいたのは一機だけではなく、五機の編隊を組むヘリコプターが飛んでいる。

 その機体は普段見かける丸い形の民間用ヘリではなく、アメリカ陸軍や日本陸上自衛隊でも採用されている『AH‐64Dアパッチ・ロングボウ』という武装攻撃専用ヘリだったのだ。

「ラ、ラジコンのヘリコプターじゃないか」

 見上げながら指を差す男性の声が響く。

 ビルの狭間を飛ぶヘリコプターの軍団。鉄褐色に太陽光が反射していた。

 それを物珍しそうに見上げる人混みだった。

「映画の撮影かな」

「もしそうなら、何処かに俳優が居るかも」

 その会話に、周りをキョロキョロト見渡す人々。

 そして、交差点の歩行者信号が赤に変わろうとした時だった。

「何だ、あれ?」

 差し出された指の向こうでは、ラジコンヘリの軍団に異変が起きていた。

 機体の横に付いている小さな翼の下で、赤く光る物体が見えた。

 ミサイルらしき物がスライドされて装着されたのだ。

「精巧に出来ているな。ありゃ、ミサイルだぜ。でも、まさか飛んではこないだろうな」

 笑みを浮かべていた男性がそう呟いたかと思うと、その表情が次第に険しい形相に変わっていった。

 そのまさかが、現実に起ったのだ。

 ラジコンヘリの翼底部に装着されたミサイル後部から、真っ白い煙が立ち込めたかと思うと、乾いた風の音とともにミサイルが発射された。

 それも、上空にいる全てのラジコンヘリからだ。

 空気を切り裂く音を発しながら更に加速されたミサイルは、街行く人々の中に突っ込んでいった。

 突然起った殺戮に、頭を屈めて叫び声を発しながら逃げ惑う人々。蟻の上に石を置いたように、人混みが散らばった。

 間一髪人には命中したかったが、地面に激突したミサイルが小さな爆発を起こした。

「な、何だよ、いきなり」

「無差別テロかよ」

 周りからそんな言葉が飛び交う。

 だがその後、地面で爆発したミサイルからは、異臭漂う気体が放射されていた。

「お、おい。毒ガスか何かじゃないのか」

 匂いを嗅いでパニックを起こす人々。そして、その場で倒れる者が続出した。

 上空を飛んでいるラジコンヘリの翼には、発射後のカタパルトに次のミサイルが装着されている。

 そして再び、そのミサイルも発射された。

 それが何度も繰り返されていたのだ。

 ミサイルは、ビルの窓を割った。

 交差点を走る車に命中するミサイルもあった。

 逃げ惑う人々には当たらなかったが、すぐ側で爆発を起こしてガスを撒き散らすミサイルもあった。

 突然の出来事に、渋谷のスクランブル交差点は殺伐とした空気を漂わせていた。

 緊急通報を受けた複数のパトカーが、サイレンの音を響かせながらやってきた。他にも数台の救急車や、ミサイルとあって火災も想定されたのか消防車も到着していた。

 付近の交通機関は麻痺して、右往左往する車でごった返す街中だった。

 暫くの間、ラジコン武装ヘリによるミサイル攻撃が続いた。

 そして装備されたミサイルが無くなったのか、素早くビルの間に飛び去って行った。

 突然の出来事での被害状況は、飛んでくるミサイルや逃げ惑う人々を避けようとしての交通事故や、逃げようとして人や自転車等にぶつかって転ぶ女性や老人なども居た。

 だが最悪なのは、ミサイルから噴射された異様な匂いのするガスを吸って、大勢の人々がその場で横たわっていたことだった。

 被害を受けていない者の殆どは、飛び去って行くラジコン武装ヘリを携帯電話で撮影していた。



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