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零れ話  作者: ゆきみね
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棗家没話

【棗家没話】棗家のお話は主人公は次期当主の10代の女の子で構想していました。冒頭にそのお母さんの話をチラッと書きだしたらものすごく長くなりそうに……。なのでお母さんの過去話として無理矢理終わらせました。急に終わりますので没話ということでどうぞ。棗家のお話はいつか書きたいです。

 この国は八つの地域に分ける事が出来る。そしてその各々の地域を陰で統べ、守護している家々を守護八家(しゅごはっけ)と呼ぶ。この八家は表面的には自らの地域に住まう人間、そして秘密裏には人間との調和を図る妖等を守護する。人間と妖の無益な争いを避け、共存していく事を掲げるのがこの八家である。彼等は妖を従者とし、身勝手に人間、妖を襲うものを討伐する。その内関東地域を統べ、守護しているのが棗家である。その棗家には、古くから屋敷の中だけで伝えられる、こんな噂があった。


『我が屋敷の地下には魔物が居る。金の長髪に紅の瞳の美麗な魔物。死んでは生まれ、生まれては死んで、ソレがそこから消える事は無い。ソレは、禍の種』


**


 そんな噂を聞き付けた私は、半ば冒険気分で噂の地下への階段がある部屋を探していた。自分が生まれた時から住んでいる屋敷とはいえ、両親に出入りを禁止されている場所も数多く、その場所を見つけるのはかなり労力のいる作業だった。それだけではない。家には多くの使用人がいるし、(あやかし)も居る。彼らの目を盗んでその場所を探すのは、とても難しい作業だった。「ここか?」という場所を見つけては外して落胆していた。しかし冒険を意気込んでから数週間経ったある日の事、ようやくそれらしき場所にたどり着いたのだった。



 屋敷の一番奥にある、これまた出入りを禁じられている部屋。松の掛かれた大きな引き戸は、もっと小さい頃に「ここには絶対入るな」と、両親からよくよく念を押された事を思い出させる。しかしここまで来て諦めるような性格ではない。今度こそ正解であるように祈りながら、私は引き戸をソッと開けた。そこは正方形の閑散とした部屋だった。そして中央の床には、あれが地下へと続くのであろうと思われる、銀色をした四角い扉が配置されていた。後ろ手で引き戸を閉め、トトトッとその扉に近づく。膝を折って銀色の持ち手を引っ張ってみると、それは案外すんなりと開いた。どうも不用心だと思いつつも、私はその扉をギィッと音を立て開け放った。するとすぐにひんやりとした冷気が下から押し寄せ、私のショートカットの黒髪を、サラリと後ろへと流した。その冷気は、地下に続く木製の階段の存在を私に知らしめる。先の見えないほど地下深くまで続く階段に、私の心は高鳴った。

「当たり」

 やった、と心の中でガッツポーズを取り、私はその扉の向こうへと自分の身体を滑り込ませた。ポケットから小型の懐中電灯を取り出し、行く手を照らす。薄暗く、どこまで続くか分からない未知の世界への恐怖心など、この妖だらけの屋敷に暮らしている私にはなかった。


 一番下まで辿り着くのに、一体何分掛かっただろう。時計をしていなかったせいで正確な時間は分からなかったが、10、15分はかかったのではないだろうか。そうやって時間をかけて辿り着いた先には、四畳ほどのスペースがあった。床にはきちんと板がはられていたので、私は素足のまま降り立った。階段向かって正面の壁には、重い鉄扉が構えていた。私はゴクリと唾を呑む。きっとこれこそが、魔物がいるという場所なのだ。たとえ魔物が居なくても、こんな場所にこんなものがあると言うだけで心躍る。この機会を逃すなんて、有り得ない。

 私はソッとその鉄扉に手を掛けた。鉄扉は見た目以上に冷たく、驚いて手を離してしまう。地下だから寒く、金属が冷たいというのは当然だが、その扉はまるで内部から凍らされているかのように冷たかった。だが諦めるわけにはいかない。私は自分の長袖をぎゅっと指先まで伸ばして包み込み、身体全体を使ってその鉄扉を押し開けた。


 途端、まぶしい光が視界を襲った。反射的に目をギュッとつむり、暫く時間を置いてからそっと目を開ける。するとそこには、かなり大きな池が広がっていた。

「池……?」

 予想もしていなかった、1辺が数100メートルはありそうな正方形の池は、見るからに人工物だった。今入ってきた入口からその池までは10メートルほどあり、そこまで床板が張られている。そして池の中央には、鉄格子で囲まれた、長方形の浮島のようなものがあった。だがここからその浮島までは、移動する手段が何もない。床板も続いていないし、何か船のようなものもない。この空間自体を明るくしている物体自体も、見当たらなかった。

 仕方ないので床板の端まで移動し目を凝らせば、その鉄格子の中には、沢山の書籍が積み上げられていた。あまりの書籍の多さに、鉄格子の中央には何があるのか見て取る事は出来ない。私が床板の縁から身を乗り出して更に目を凝らそうとすると、僅かにその書籍の山が動いたように見えた。

「誰」

 山が動いたかと思えば突然男性の声が聞こえ、私はビクッと身を震わせた。その声は、うず高く積み上げられた書籍の山の中から聞こえているようである。あそこに誰か居るだろうとは思ったが、あちらから声をかけられるとは思わなかった。

「ねぇ、誰?」

 姿の見えない相手からの突然の問いかけに答えるべきか迷っていると、後ろでバタン、と扉の閉まる音がした。ハッと後ろを振り返ると、閉ざされた鉄扉の前には高校生くらいの青年が立っていた。黒いツンツンとした短髪、黒い切れ長の瞳、黒いマント、そして極め付けには黒い学ランと、黒を一身にまとっている青年は、ジィッとこちらを注視していた。だが青年はこちらに話しかけてくることはせず、私の代わりに声の主に答えた。

「当主の娘だ」

 すると、書籍の山の中から、心得たと言わんばかりに「あぁ」と返事がする。

「次期当主と言うわけか。だからここに来るのを黙って見ていたんだね」

「彼女の侵入を止めなかったのだから、それ位察して欲しい所だな」 

 青年は、はぁ、とため息を吐く。そのため息が、何故か私に向けられたように感じて、私はその青年をジィッと睨んだ。するとその視線に気が付いたのか、青年が私に面倒くさそうに話しかけてきた。

(なつめ)四季(しき)様。勝手にこんなところまで侵入してきて……俺風情が進言出来ないと分かったうえでの行動なのか?」

 青年は様付けで私を呼んだが、その言葉に敬意等と言うものは感じられなかった。私はその「表面上敬えばいいだろう」という態度にムッとし、つっけんどんに返事をする。

「確かに私は棗四季だけれど。私に進言出来ないってどういう事? あなたは誰なの? 何故ここに居るの?」

 私の質問攻めに、青年は「まさか」と苦い顔をする。切れ長の釣り目が更に吊り上げられて、一層怖い顔になる。がたいはそこまで大きくないのだが、顔が整っている割にキツいので、少し歪ませただけで怖さが増す。

「おい、まさかとは思うが、何も知らないでここまで降りてきたのか?」

 青年が呆れたように私を見下ろしてきた。更にムッとした私は、グッと立ち上がって青年との視線の距離を詰める。中学に入ったばかりの私が立ったところで、170はあるだろう青年の身長に勝るわけは無いのだが、気持ち的に立ち上がらずにはいられなかった。

「何も知らずに勝手に入ったのは申し訳なかったわ。でも誰にも邪魔されなかったのだから、いいのかな、って思ったのよ」

「阿呆言え。ここに来ることに対して次期当主に口出し出来るものなど、当主夫婦以外に居ないだけだ。ここに来ることが許可されていたわけではない。だからこそ当主達から直々に出入り禁止場所を指定されていたのだろうが」

 青年はあからさまに馬鹿にしたように言い放った。しかし私は馬鹿にされたことより、青年の話した事実の方に意識をとらわれていた。つまりこれまで、私は皆の目を掻い潜ってきたのではなく、皆が説教したくてもできない行動ばかり取っていた、と言うわけか。

(それは、なんとも申し訳ないわ……)

 私にこの場所について説教できない立場だったとは言え、禁止されていることをやっている子どもをはっきりダメだと叱れなかったのは、さぞハラハラしてもどかしかったことだろう。それを私は数週間もやっていたのだ。仲良くしている使用人や妖の顔を思い浮かべ苦い気持ちになった私は、心の中で彼らに謝罪した。


**


 棗家は守護八家の中でも、首都を擁する関東地域を守護する家である。しかしだからといって八家の中で威張る事もなく、他の家と協力しながら妖と人間を守ってきた。だが、やはり関東を守護するだけの力があるという事から、棗家は厄介なものを抱え込まされていた。何代も前の八家の当主同士が話し合いの末に棗家の地下に封印することに決めたソレは、『死んでは生まれ、生まれては死ぬ、禍の種』だった。

ソレの存在が世俗、ひいては他の八家から忘れ去られた今もなお、ソレは一度たりとも外に出されることは無く、棗家の地下に封印され続けている。ソレの存在は、棗家の当主とその地下を守る者にだけ、粛々と伝えられ続けた。


**


 沈黙している私を見かねたのか、書籍の山の中から又声がかかった。こちらからあちらの姿が見えないのだから、本当に「見」兼ねたのかは定かではないが。

「あまり頭ごなしに怒るものじゃないよ。次期当主ならば、いつかはここに来なくてはいけなかったのだから。きっと当主達も、もうそろそろ知っても良い頃だと思って黙認していたんだよ」

「だとしても、俺の所に連絡が来ていないのは些か疑問だがな。次期当主だと気付かなければ殺していた」

 青年は物騒な事をサラリと言ってのける。まだ妖を1匹も従えていない私が襲われれば、相手が人間だろうと勝ち目はそうそうない。それこそ年上の男性など、勝ち目はゼロだ。

「ご、ごめんなさいってば! 悪気があったわけじゃないのよ!」

 私がぶるりと身を震わせ声を張り上げて謝ると、青年がピクリと眉をあげた。すると又書籍の山の中から、クスクスと笑い声が漏れる。ここからあの浮島まではかなりの距離があるのに、笑い声まで聞こえてくるのは、何だか不思議な感じだった。

「ほら、怖がらせないで。まともに話も出来ないじゃないか」

 遠くから発せられる諌めに、青年は眉間に皺を寄せ浮島を睨んだが、すぐに私に視線を戻した。そして自分が着ているマント脱ぎ、バサリ、と音を立てて私にそれを投げかけた。

「これを着ろ」

 殺されていたかもしれないという事実に驚き脅えすっかり忘れていたが、ここはとても寒かった。地下であり、且つとても大きな池が広まっている為、かなり冷える。

「あ、ありがとう。でも、貴方は?」

 私が素直にお礼を言うと、青年は一瞬目を瞠ったが、すぐに最初の険しい表情に戻り、「俺は慣れている」と迷惑そうな顔をした。私だってお礼位言うし相手の事を気遣うことだったあるのに、そんな顔をする必要は無いと思う。私は又ムッとしかけたが、いつまでも子どもっぽい態度をとって話を止まらせるべきではないと察し、自分から話題を転換することにした。

「改めて自己紹介するわ。もうご存知なのにこんな事言うのはあれだけれど、守護八家関東守護、棗家現当主が娘、次期当主の棗四季よ。我が家の地下に魔物が居るっていう噂を聞いて、勝手にここに忍び込んだの。不興を買うようなことして申し訳なかったわ。それで、貴方は何て言うの? どうしてここに?」

 私の態度の変化に青年が一瞬気圧されたように見えたが、青年は面倒くさがることはなく、私の質問に答えてくれた。

「俺は一臣(かずおみ)。先祖代々この地下の管理を任されている」

「管理?」

「あぁ。もう察しているだろうが、あの浮島に居るのがお前の言う「魔物」だ。あれは何代も前の当主によって、この場所に封印された妖。あれを外敵から守り、且つあれをここから出さないように見張るのが俺の仕事だ」

 私が暗に内容の説明を求めると、これまた青年、一臣は丁寧に説明してくれた。私の相手は面倒だと思っている一方で、きちんと棗家の次期当主に説明をしなければいけないという義務から接してくれているのだ。義務故の態度なのは少し悲しいが、その分一臣が仕事に対して真面目な青年であるという事が分かる。これで説明もしてくれなかったら、私の一臣に対する心象は最悪なものになっていただろう。

「貴方は、人間なの?」

 まだ妖1匹従えていない私には、見ただけで相手が人間か否か見定める事は出来ない。恥を承知で確かめると、一臣は「そうだ」とだけ短く返した。馬鹿にされると思ったのに、少し拍子抜けした。

「そうなの。じゃあ、あっちに居る人だけが妖なのね」

 私が浮島の鉄格子の中、書籍の山に視線をやると、一臣が「あぁ」と答える。そして「姿位見せたらどうだ」と一臣が話しかけると、ガサッと、紙の擦れる音がした。

「いやね、説明の邪魔をしてはいけないと思って。きちんと知らなくてはいけないだろう?」

「そもそもお前抜きに説明が終わると思っているのはおかしいだろう」

 一臣のため息に対して「そりゃそうだね」と笑い声が聞こえた後、書籍の山の一角が切り崩され、ついに声の主が、鉄格子越しに姿を現した。

「初めまして。私が君の言う、魔物だよ」

 白く透き通る肌に、腰まで伸びるまっすぐな金髪。瞳の色は燃えるような真紅で、長い金色の睫がその瞳を縁取っている。目鼻立ちも、私がこれまで見てきたどんな美人よりも整っていた。見た目が20歳半ば辺りなのに対し、肉付きが少々足りないように感じたが、それで何か彼の魅力が欠けると言うわけでない。真っ白な着流しから伸びる手は、白くほっそりしているが、男性らしい角張りが見て取れた。

 穏やかに微笑む彼は、まるで神話の世界から抜け出てきた神様みたいだと感じるほどに、美しかった。


**


「それにしても随分大人びた話し方をする子だね。棗家の次期当主だけあるのかな」

「貴方、一体何の妖なの……?」

 あまりにこの世のものとは思えない彼を目にして、私は心奪われると言うよりも、ここに来てようやく恐ろしさを感じていた。あんな美しい妖が、生まれた時からずっと我が家の地下にいたなんて、信じられない。きっと美貌で人間をだます妖に違いない。

「まさか一臣の顔以上に怖がられるとは、驚きだなぁ」

「教えて、貴方、一体何の妖なの? 私はまだ、知ってはいけないような妖なの?」

 恐くて仕方ない私は、口早に彼に問いかける。すると彼は笑いをピタリとやめ、少し困ったような顔をしてみせた。その困り顔だって綺麗なのだから、恐ろしい。あの顔は一体何で出来ているのだろうか。

「そんなことは無いよ。というより、私の存在自体は知っているハズなんだ。ただ、あまり言いふらすのもどうかと思われるから。一応今は一縷(いちる)という名前を貰っているよ」

 名を明かさぬ彼に私が訝しんでいると、彼、一縷の瞳がまるで音を立てて燃える炎のように揺らいだ。その末恐ろしい瞳に射抜かれ、私はぶるりと身を震わせた。マントを羽織っているというのに、鳥肌が立っていた。一縷は驚く私にニコッと笑った後、話を続ける。

「一昔前に、私の血を飲むと不老不死になるとかで、凄く騒がれた時代があってね。それによって人の命が奪われたりしたもんだから、守護八家が頭を抱えてしまって。協議の結果、私をここに封印することにしたんだよ。何も悪さをしていない私を殺すわけにもいかないから、仕方なく」

「……そんなに凄い妖なの?」

「ん、まぁ、簡単には死なない不屈の生命力がある、ってところが人間の興味を惹いちゃって、凄い妖、ってことになったのかな。ただ残念なことに、不死ではないんだよ。「そういう噂」でも聞いて期待したのならば申し訳ないね」

 一縷の言う「そういう噂」とは、『死んでは生まれ、生まてれは死んで、ソレがそこから消える事は無い』という、私が聞いた噂の事だろう。

「貴方は、不死では無いのね。ただ、凄く長生きするから変な誤解が生まれて、人間が勝手に手出ししていた。だから人間が貴方のことで争わないように、そして貴方の身を守ることも兼ねて、ここにいることになったのね?」

 私がゆっくり言葉に出して確認すると、一縷が「よくできました」とほほ笑んだ。

「さて、難しい話は置いておいて。私の生活に興味は無い? これが私の城だよ、なんてね」

 彼は書籍の山をササッと整理し、その生活空間を見せてくれる。広いわけでも、狭いわけでもない。右端には布団が敷かれていて、そこから十数歩程離れた反対側の端に、小ぢんまりとした文机があり、ライトや筆記用具が散乱している。それ以外の場所は、やはり書籍が積み上げられていて、山となっている。

「ずっとそこで、暮らしているの?」

 まるで鳥籠みたいだと、私が一瞬顔を歪めたのを読み取ったのか、彼が「不便ではないよ」と付け加える。

「人間のように食事をしたり排泄をしたりする必要が無いから、この空間さえあれば大体片付く。睡眠だけは必要だけれど、その布団も良いもの使わせてもらっているしね。本だって定期的に新しいのに換えてもらっているし」

「どうやって?」

 浮島まで道も無ければ船も無い。きっとその水にだって、何か(まじな)いのようなものが張られていて、一筋縄では渡れないはずだ。

「一臣がここまで運んでくれる」

 ここまで会話に入ってこなかった一臣を振り向くと、一臣は自分の左袖をめくって見せた。一臣の手首には、銀色をした二連の細身の腕輪が付けられている。装飾は一切なく、青年である一臣が付けていても違和感はない。私がその正体を見極めようとジッと見つめていると、一臣は何処からか同じ腕輪を1つ取り出した。

「この腕輪があれば、この池の上に氷道を作ってあちらまで渡ることが可能になる。これを持っているのは俺と当主だけだ。余りはこの1つしかない」

 それはそれは貴重なものなのだなと頷いていると、突然その余りが投げてよこされた。

「なっ!?」

 胸のところにスポッと落ちてきたそれを落とすことは無かったが、あまりに吃驚して言葉がでなかった。一臣のコントロールが良くたって、私の反射が悪ければ落としていたのだから、間一髪である。抗議しようと口を開けたところで、一臣がキッと視線をキツくした。

「大事に使え。奪われそうになるくらいだったら、壊せ」

 投げてよこした割には真剣なその表情に、私は口をパクパクさせたまま素直に頷いておいた。ヘタな事を言うとマズイ空気である。しかし大事なものなら投げるのだけはやめてほしい。

 ただこのまま大事に抱いていてもしょうがないので、私はその腕輪を付けることにした。どちらの腕に付けるべきか悩んだが、とりあえず一臣と同じ左腕に通すと、その腕輪はキュッと音を立て、私の手首に馴染んだ。私は銀の腕輪をなぞりながら、浮かんでいた疑問を投げかけた。

「ねぇ、貴方は、とても強い妖にように思えるけれど。どうしてここから出られないの? それとも、出ないの?」

 その質問を待っていたとばかりに一縷がふふっと笑う。

「出られない、で合っているよ。私をここに封印したのは当時の棗家の当主だった。彼は事が収まったら、いずれ何代かあとの当主が私を封印から解放するだろうって思っていた。でも実際に時代を重ねてみると、彼は歴代最強と呼ばれる当主だったってわけ。棗家の当主だけが出来る解放の仕方は残してくれたけれど、それを実行する力が、今の今までの当主には備わっていなかった」

 顔は笑っているけれど、一縷の表情にはどこか寂しそうな、残念そうな、憂いの表情が浮かんでいた。

「君のご両親が当主に就いた時も、もうそろそろ私を外にだしてもいいのでは、って試してみてくれたけれど、力が足りなかった。いやはや、私を外に出せるだけの力がある当主が、早々簡単に排出されるわけではないとは誰も思わなかったみたいで」

 一縷はくすくす笑うが、やはりその笑顔は本物には見えない。人間の勝手な抗争に巻き込まれて、無理矢理こんな地下に閉じ込められて、出たくても、出してくれるはずの人間の力が弱くてどうにもならない。そんなのあんまりだ。

「私が、出してあげるわ」

 ぼそり、と呟くと、一縷の顔からスッと表情が消えるのが見て取れた。

「……どうやって? まだ妖の1匹も従えられていないのに?」

 顔がカッと赤くなるのが分かった。やはり見ただけで私が何の力も持たないただの子どもだと分かるのだ。だが、ここで怯むわけにもいかない。ここまで来てしまって、知ってしまったのだから。彼を封印した棗家の責任を、次期当主の私が放棄するわけにはいかない。

「どうやってでも、よ! そもそも、貴方がここに居る必要はもう無いのでしょう? なのにこんなにお金をかけてここを維持しているだなんて、不経済だわ!」

「っ……あはは! 不経済と来た!?」

 一縷の顔に本当の笑顔が戻る。その笑顔は一瞬で爆笑の域に達している。

「そうよ不経済よ! それに一臣だって!」

 一縷の笑い声に臆さず、私がバッと振り返ると、一臣はギョッとして一歩身を引いた。いきなり大声で捲し立てはじめた私に驚いたのだろう。こちらに話題を振るなと言わんばかりに嫌そうな顔をしている。

「こんな地下の薄暗い所が仕事場だなんて、陰気くさいわ! 上に出て、もっと陽の光当たって仕事をするべきよ! だからそんなに雰囲気暗いのよ!」

「……お前は、喧嘩を売っているのか」

 一臣が嫌そうな顔をしたまま口をひくつかせる。年下の、それも初対面の娘に、陰気くさいだ雰囲気暗いだ好き勝手言われたら、誰だって面白くないだろう。だが私はこのまま勢いで押す気で続ける。

「格好も雰囲気も真っ暗よ! そんなんじゃ結婚できないわよ!? この仕事以外やり方を知らないなら、棗家で他の仕事を探すの手伝うわ、その位なら私にだって出来るもの!」

「お前、俺に何か知られざる過去とかがあって、その暗い発言が傷を抉るかもしれないとか考えないのか」

「あるの!?」

「ないけどな!」

「あはは!!! 無いの!? 無いんだ一臣!」

 私達の弾丸のように飛ぶやり取りに、一縷が腹を抱えて笑っている。ひぃひぃ言いながら、なんとか鉄格子に手を掛け、体勢を保っている。そんな一縷の姿を苦い顔をして睨んだ一臣が、ギリッと音が立ちそうな勢いでこちらを睨んできた。そして不敵に笑った。

「お手並み拝見と行こうじゃないか、次期当主様……?」

「のっ、望むところよ……!!」


 こうして私と一臣、時々一縷を交えた騒がしい日常は、当主達の許可も得ず、勝手に開幕されたのだった。


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