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Dragon Sword Saga7『ドラゴン・マスターと竜』  作者: かがみ透
第 Ⅶ 話 消えたバスター・ブレード
20/21

バスター・ブレードの行方

 ところ変わって、ある小さな村の一角。


 田園風景に囲まれた木造の家の中では、ひとりの背の高い、精悍な顔つきの男が、木彫りの置き物を手に、ナイフで仕上げているところだ。


 年の頃は、四〇過ぎ。

 黒い髪を後ろで束ね、ナイフは左手に持っている。


 切れ長の、焦げ茶色(ダーク・ブラウン)の瞳は、ナイフの彫る先を、一心に見つめていた。


「お邪魔するよ」


 ふいに、若い男の声がして、男は手を止め、顔を上げる。


 目の前には、見たことのない少年が立っていた。


 華奢な中背の、薄茶色の髪に、髪と同じ色の瞳。

 男にしては、(なまめ)かしさすら感じさせるその少年は、彼には覚えのない者だった。


「誰だ、貴様は。どうやって、俺の近くへ来られた? 」


 男は、鋭い口調を、少年に向けた。


 白い薄手の衣に身を包んだ美少年は、感心したような微笑みで、返す。


「その眼光を見る限りでは、現役の頃と、実力は、今も変わっていないんだろうね、レオン」


 レオンと呼ばれた男の瞳が、ぎらっと光る。


 少年は気にもせず、語り続けた。


「時間がないんだ、レオン。悪いけど、何も聞かずに、この剣を、受け取ってくれないか? 」


 少年が、右手を、すっと持ち上げると、段平よりも大きく、分厚い剣が、浮かび上がったのだった。


「そ、その剣は……! 」


 レオンの表情が変わる。

 置き物を彫る手も、止められた。


「あやうく、マグマに落ちて溶けるところだったんだけど、間一髪で、僕が拾っておいたんだ」


 レオンは、わけがわからなそうに、大剣を見つめるばかりだった。


「元々のバスター・ブレードの持ち主、レオン・ランドール。僕は、きみの息子のケインを見守っている者だ。息子さんには、マスター・ソードをもっと鍛えてもらわないと困るんでね。一つしかなければ、おのずとそちらを鍛えることになる。せっかくだけど、これは、やっぱり、きみが持っていてくれないかなぁ? 」


 レオンは、じっと少年を見る。


「だけど、それも一時的なもので、いずれは、返してもらうつもりだよ。ずっと僕が預かっていると、巨人族が、剣を取り返しに来てしまうかも知れないでしょう? そうなると、ここが一番、剣の保管場所に、向いてるんじゃないかと思って」


 あっさりと、そう言う少年に、レオンは、油断のない瞳で返す。


「貴様、なぜ、そんなことまで知っている? 」


 少年は、肩を竦めた。


「僕は別に知らなかったんだけど、マスターから、そう聞いたんだよ」


「なにぃ? マスターだと? 」


 レオンは、ますますうさん臭そうに、中性的な少年を、じろじろ見た。


「ああ、そうそう、こっちの手を治しておかないとね」


 少年はしゃがむと、レオンの、ナイフを持っていない方の手に向かって、自分のてのひらをかざした。


「……なんのつもりだ」


 いくらか、レオンの表情には、動揺が見えていた。

 それには取り合わずに、美しい少年は、レオンの持つ木彫りに、視線を移す。


「あーあー、こんなに左手ばっかり器用になっちゃって。まったく、素直に『魔道士の塔』に行って、右手の病気を治してくれば良かったものを。でも、魔道士じゃ、高くついちゃうけど、僕が治してあげればタダだからね。やっぱり、きみって、運がいいのかもね」


 ケラケラ笑う少年を、レオンは、少々呆れた目で見た。


「バスター・ブレードを作った巨人族は、戦いを好むと聞く。その大剣を預かっているだけでも、戦いに巻き込まれる可能性はあるかも知れない。ケインに剣を返すまでは、きみに死んでもらっては、困るんでね」


 『治療』は、既に始まっていた。


 レオンは、黙って、そのまま『治療』を受けていた。


「さあ、これで治ったよ。とにかく、時間がないから、僕は、もう行くね」


 立ち上がる少年に、レオンが鋭く声をかけた。


「待て。お前は、いったい、何者なんだ? 」


「ただの吟遊詩人だよ」


 にっこり笑った美少年が、部屋を出て行く。


 その後を、レオンはすぐに追ったが、彼の姿は、もうどこにもなかった。




エピローグ


「やあ、遅くなって申し訳なかったねぇ。つい、いろいろと用事が重なっちゃったものだから」


 四人の前には、久しぶりに、例の吟遊詩人が現れ、その美しい顔立ちを、暢気にほころばせていた。


「お前さあ、ケインの味方なんだろう? だったら、もうちょっと早く出て来てやれよ。魔族に誘拐されて、死にかけちゃうしさ、まったく危ないところだったんだぞ」


 カイルが詩人に文句を言った。


「ごめんよ。だけど、なんとかなったでしょう? 僕は、別に、無敵のカミサマってわけじゃないんだから、あんまりそういうことでは、アテにしないでもらいたいんだけどなぁ」


 薄茶色のセミロングの髪を、さらっと指で()くと、吟遊詩人は、思い出したように、クレアに微笑んだ。


「きみの活躍は見ていたよ。どうだい? 僕の言った通り、ちゃんと魔法が使えただろう? きみの白魔法がなければ、皆、助からなかったんだよ。ケインを助けたい一心だったからこそ、スランプも乗り越えて、あんなにすごい魔法が使えたんだよ」


「私、特にケインのためというよりも、とにかく、ここで私が頑張らなくちゃ、皆が死んじゃうって思っただけなんだけど……」


 微笑みながら、クレアが言った。


「いいや! きみは、ケインのために頑張ったんだ! 自分じゃ、それに気付いちゃいないだけなんだ! 」


 吟遊詩人が、珍しくムキになって、言い聞かせるので、クレアは、あいまいに頷き、そういうことになってしまった。


 それを、(いぶか)し気に、ケインたちは見ていた。


「そんなことよりもさあ、早く、俺たちを、元の世界へ、返してくれよ」


 カイルが、ぶうぶう言った。


「ああ、そうだったね。ごめん、ごめん」


 吟遊詩人は暢気に笑った。


 ドラゴンたちが、周りに集まり、名残惜しそうに、人間たちを見送る。


 白金のドラゴン王が、ゆっくりと進み出た。


『人族よ、世話になった。感謝している。あなたがたの進む道に、幸多かれと願っている。ゴールド・ドラゴンの祝福が、いつも、あなたがたの上にあるよう』


 王は翼を広げ、羽ばたいた。金色のキラキラとした細かい粒子が、四人に降り注ぐと、すぐに消えたが、彼らの身も心も、少し浮かんだように感じられた。


 ケインたち一行は、深々頭を下げた。


「グピー、グピー! 」


 ベビードラゴンが、すぐ近くにまで寄ってきて、ケインに、すがるような目を向けた。


「ベビー、お別れだな。きみと会えて、楽しかったよ」


 ケインは、親のような気持ちで、ベビーの首を撫でた。


『ベビーに、名前を付けてやってくれぬか? 』


 ケインが振り向くと、スグリが現れた。


「俺が? 」


『そうだ。我々の名前は、竜族の古語から来ているが、ベビーは、我々の未来。未来に相応しく、新しい感覚の呼び名はどうかと思う。王とも、そのように話していた』


「ドラゴンの王よ、本当ですか? 」


 ケインは、驚いて、王を見る。

 王は、ゆっくりと頷いた。


 ケインは、ベビーに向き直った。


「俺が、名前を考えてもいいのか、ベビー? 」


『グルルル、ピー! 』


 まるで、良いと答えているように、ベビーは一声鳴いた。


「う~んと、じゃあ……『ブレイヴ』はどうかな? 俺たちの使う西洋語で『勇気』を意味するんだ」


『なるほど、ブレイヴか。良い名だ』


 王もスグリも、他ドラゴンたちも、満足げに頷いた。


「ブレイヴ、きみのことは、そう呼んでもいいか? 」


 ベビーは、ケインの言葉を理解したように、羽ばたきながら、『ピー! 』と、力強く答えた。


『いつか、我々の力が必要になった時は、いつでも呼んでくれ、ドラゴン・マスターよ』


「スグリさん、あなたと一緒に戦えたこと、ずっと忘れません……! 」


 瞳を潤ませたケインは、改めて、スグリとベビーを見つめた。


『ドラゴン・マスター・ケイン、私も、お前のことは忘れない。また会おう! 』


「さようなら、ブレイヴ! スグリさん、ゴールド・ドラゴンたち! またいつか会う時まで! 」


『おう! 困った時は、いつでも呼んでくれ! 』

『また会おうぜ! 』


 わかり合えるとは思えなかったドラゴンと人間との間には、『友情』や『同士』というような絆が、互いに強く感じられていた。


 吟遊詩人が、半月形の結界で、自分と四人を包んだ。


 ケインが思い切り手を振る。

 マリスも、カイル、クレアも、結界ごと浮かび上がっても、手を振り続けていた。


「それじゃあ、行くよ。ひとまず、元の世界へ」


 吟遊詩人のその言葉と同時に、ケインたちは、ドラゴンたちの視界から、一瞬で、姿を消し去った。




「……不思議な体験だったな」


 時空酔いをしないよう、人間たちは外の景色に背を向け、頭を寄せていた中で、ケインが呟いた。


 マリスが顔を上げ、「そうね」と答えた。

 カイルも、クレアも、微笑みながら、頷いた。


「おかげで、俺たち、ちょっと強くなった気がしないか? 」

 カイルが、皆を見回し、ウィンクした。


「だよな! 」


 ケインが笑った。

 マリスも、クレアも、笑った。


 さまざまな景色が、瞬時に移り変わっていく外を見ていた吟遊詩人は、ちらっと、ケインとマリスとを見比べていた。


(今のところ、特に変化はないようだけど、あの溶岩のところで、ちょっと目を離した隙に起こった白い風ーーあれが、気になる。二人の運命が、変わってなければいいんだけど。……まさか、僕のミスってことで、マスターに怒られたりしないよな? )


 そう考え、思わず身震いする。




 結界が解け、四人が辿り着いたのは、もとのハッカイの居酒屋の前であった。


「あれ? 魔石を探しに、妖精の国に向かってたんじゃなかったのか? 」


 ケインが、吟遊詩人を見る。


「へえ、なかなか勘がいいねぇ。だけど、そこへ行くには、大事な『鍵』が必要だろ? 」


 皆は、はっとして、吟遊詩人の端正な顔を見つめた。


「……ミュミュ……そうだミュミュなら、妖精の国の場所を知ってるに違いねえ! 」


 カイルが、興奮して言った。


「でしょう? だから、『彼』が、あの妖精を連れて帰ってくるまでは、きみたちは、なんでもいいから、時間を潰して待っていてくれ。また滑稽なお芝居でもやってみれば? 」


 美少年は、自分の思い付きが、さも傑作であったとでも言うように、ひとりで、腹を抱えて大笑いしていた。


「それじゃあ、またね! 」


 皆が呆気に取られている中で、唐突に、彼は宙に浮かび、消えてしまった。


「……なんなんだ、あいつ……? なにを、そんなに急いでるんだ? 」


 宙を見上げて、ケインが、ぼう然と呟いた。


「まったくもう、人間たちが、余計なことばっかりするから、僕の仕事が増えてしょうがないじゃないか。忙しいったら、ありゃしない! 」


 少々疲れを感じながら、吟遊詩人は、次なる目的地へと、猛スピードで移動したのだった。




 そこは、暗い森であった。


 地上のどこともつかない、薄気味悪い緑色をしたツタばかりが、痩せた木に、絡み付いている。


 みしり


 枯れ枝の地面を踏みしめる、ひとりの男がいた。


 真っ赤な地に、派手な黄色い斑点のあるヘビが、木の枝に緩く巻かれたロープのように、何重にもなって、巻き付いている。


 目ばかりが大きく見開かれた、奇妙なトリもいる。


 その中を、黒いマントに身を包んだ、その男が、平然と通り抜ける。


 ギャア、ギャア! 


 暗い夜のような空では、不吉なトリの鳴き声が、響き渡っていた。


 普通の人間であれば、真っ先に、逃げ出したくなるような黒い森だ。


 男は、顔を上げて、空を見つめた。

 星はない。


 男には、ここがどこであるのか、見当もつかなかった。


 自分の目指し、求めていた場所とは、似ても似つかぬところであることには、違いなかったが。


「やっと見つけた。こんなところにいたのかい? 」


 不気味な森にふさわしくない、明るい声がし、それは、男の目の前に、ふっと現れた。宙に浮かんだ格好で。


 男は、目の前に現れた美少年には、関心がないのか、眉ひとつ動かさない。

 関心がないどころか、驚きもしなかった。


「ごめんよ。今日は、なんだか用事がいっぱいあって、しかも、全部タイミングの難しいことばかりだったもんだから、ちょっと手間取っちゃってさ。でも、もう用は全部済んだから、やっと、きみを、目的のところまで送っていけるよ」


 男は、碧い切れ長の瞳を、美少年に向け、初めて口を開いた。


「お前が、私をここに連れてきたのだろう。今さら、何を言う」


 平坦な落ち着いた声が、浅黒い肌の男の口から流れた。


「だから、おわびに、きちんと送り迎えしてあげるって、言ってるじゃないか」


 中性的な顔立ちの美少年ーー例の吟遊詩人が、からかうような茶色の瞳で、東方の魔道士を眺めた。


「余計なお世話だと、言ったはずだ」


 無表情な、こちらも相当な美形である魔道士が、冷たく突っぱねる。


「そう言わないでさぁ。ねえ、怒らないでおくれよ。あの妖精のおちびちゃんを、助けたいんでしょう? 僕も、是非きみには、彼女を救い出してもらいたいんだからさぁ。そのためには、協力するって、言ってるじゃないか」


 馴れ馴れしい吟遊詩人に、魔道士の碧眼が、じろりと向けられる。


「なぜ、お前が、そんなことをする? 」


「僕が今、護ってる人には、是非必要なんだよ、妖精の力が。その護っている人ってのは、きみの関係者でもあるんだけどなぁ」


 魔道士は、油断のならない目で、美少年を見る。


「いい加減なことを言うな」


「いい加減なんかじゃないよ。きみと一緒に旅をしている人だよ」


 吟遊詩人は、にっこり笑った。


「知ってるはずだよ。ドラゴン・マスター・ソードの使い手、ケイン・ランドールを。ね? ヴァルドリューズ」


 魔道士はーーヴァルドリューズは、目の前で微笑む吟遊詩人を名乗る少年を、

黙って見つめていた。


 その瞳は、何も語ってはいない。


 だが、僅かながらに、細められていたのだった。


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