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Dragon Sword Saga7『ドラゴン・マスターと竜』  作者: かがみ透
第 Ⅶ 話 消えたバスター・ブレード
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大事なもの

 マグマの流れる谷から、ベビードラゴンが上昇し、崖の一角に着地する。

 熱のこもった、岩の地面の上だった。


 ドラゴンから降りたケインは、抱えていたマリスを地面に降ろすと、ベビーは翼をたたみ、休むように座った。


 マリスは、崖からマグマを覗き込み、へたへたと座り込んでしまった。


「マリス、大丈夫だったか? 怪我してないか? 」


 茫然としているマリスに、ケインが、後ろから声をかける。


「バスターブレードが……! 伝説の剣が……消えた!? 」


 マリスが、信じられない様子で呟いた。

 ケインは黙って、自分の左手を見つめる。


「あたしのせいだわ……あたしが手を離したりしなきゃ……」


「いや、俺が、掴み損なっただけだ。しかも、こんなことは信じられないけど……

剣の方から、俺の手をすり抜けるようにして……消えたんだ」


「慰めてくれなくていいわ。きっと、あたしが使ってたからよ。正統な持ち主じゃないあたしが、ずっと借りてたせいで、巨人族が、バスター・ブレードを取り返しに来ちゃったのよ! 」


「だとしても、いいんだ! マリスが助かっただけで! 」


 ケインは強く言うと、後ろから、マリスを抱きしめた。


 マリスの瞳が大きく開かれ、そのまま動けないでいた。


 どくん……どくん……


 二人の鼓動が、響き合う。


「慰めてなんかいない」


 ケインが、穏やかな口調で、続けた。


「バスターブレードは、砂漠で落とした時に、あのまま気付かなければ、巨人族に回収されてたと思う。あの時、マリスが、危険を(おか)してでも取り返してくれたおかげで、今まで使えたんだ。それだけでも、ラッキーだったんだよ。だから、……もう、いいんだ」


「……よくないわよ。あの剣は、ケインのお父様の形見なんでしょう? 大事な剣だったのに……ごめんなさい。あたし、謝っても、謝り切れないわ……」


 彼女の声から、その瞳に涙が滲んでいるのが、ケインにはわかった。


「そのことだけど……」


 ケインは、誰にも聞かれないよう、マリスの耳に、口を近付けて、言った。


「実は、レオンは、生きてるんだ。彼を狙うヤミ魔道士たちを欺くためと、俺自身、彼をあてにせずに、強くなるために。……黙ってて、ごめんな」


「……そうだったの? 」


「だけど、例え、レオンの形見だとしても、マリスを失うことに比べたら……。もし、……もしも、伝説の剣とマリス、二つを同時に選べないんだとしたら……? どちらかを救えると、それが神の意思だったとーーあの状況が、まさにそうだとしたら? 俺が、きみを見捨てると思うか? 剣なんかよりも、人の命の方が大事に決まってる。ましてや、それが、……マリスなら、なおさらだ。剣とマリスだったら、俺は、間違いなく、マリスを選ぶ。剣なんかなくたって、きみを護ってみせるから……! 」


 ケインは、逸る鼓動を抑えようと思わなかった。

 マリスに聞こえても、構わなかった。


「もう、王女じゃないのなら、言ってもいいか? 迷惑かも知れないけど……きみを想う気持ちは、もう止められそうにない。マリス、きみが好きだ。どうしていいかわからないくらい、どうしようもないくらいに……! 」


 言葉が、勝手に出ていた。

 抱きしめる腕に、力がこもる。


 マリスの頬が赤らんでいくのは、マグマの熱さのせいだけではなかった。

 紫水晶の瞳がさらに潤んでいくのも、身体がかすかに震え、強張(こわば)っていくのも。


 彼女には、覚えがあった。

 彼が、時々見せる笑顔には、包み込むようなやさしさがあった、と。


 彼女を心から心配していることも、気が付けば、側にいたことも。

 すべては、見返りを期待しない、彼女を想う心を抑えながらの行動であったのだと。


 思い起こせば、これまでも、彼の表情や、素振りから、感じ取れないことはなかったはずだった。それを、はぐらかしてしまったこともある。


 何も言えないでいるマリスが、そのまま動けずにいると、ケインが腕の力を緩めた。


「ごめん。こんなこと言われたって、困るよな? きみの中には、セルフィス王子がいるのに……。俺の一方的な想いだから、……気にしないでくれ」


 ケインは手を放すと、彼女から離れた。


「……ありがと」


 消え入りそうな声で言うと、マリスは、目尻を拭ってから、振り向いた。

 ケインとは目を合わせず、(うつむ)いている。


「始めの頃、あたし、助っ人が欲しいだけって言ったけど、……旅で知り合った人は、口先ばかりで、いざという時は、あたしの圧倒的な力に恐れを成して、逃げ出してた。あたしも悪かったんだと思うけど、本当に、あたしを見てくれて、好いてくれる人なんか、いなかった。だから、あたしは、寄って来る男よりも、ただヴァルのように、任務遂行で、あたしを守ってくれる方が、信じられたの」


 マリスは、顔を上げた。


「だけど、……あなたは違うって、わかるわ。だから、……迷惑なんかじゃないの。ケインの気持ちを聞いて、あたし……」


 もう突っ張ねる必要はないのだ。

 マリスの中では、閉ざしていたものが、開放された。


「嬉しい。誠実なあなたなら……いつも側にいてくれて、助けてくれたあなたなら、……信じられる……! 」


 ケインの心臓が、大きく鳴った。


「命を助けられたのは、俺の方だよ。魔空間に、マリスが来てくれなかったら、俺こそ死んでた。いつも助けられてるのは、俺の方なんだ」


 ケインは、一呼吸おいてから、改めて言った。


「きみの側にいられるだけで、俺は、いつも幸せな気持ちになっていたんだ。本当だ」


 頬を染めた二人は、見つめ合った。


「……もしかして、……さっきのスグリさんとのやり取りで、ケインが動揺していたのは、あたしが人間よりドラゴンを好きだと思って、ただびっくりしていたわけじゃ……? 」


 ケインの頬がカッと染まり、への字口になる。


「……嫉妬……してた」


 マリスは目を丸くした。


「おかしいよな? ドラゴンにヤキモチ妬くなんて」


 ケインは、少し照れたように笑った。


「でも、スグリさんにだけじゃない。会ったこともないセルフィス王子にも、ジュニアを奴隷にした時も、クリスとWデートした時も、……いつだって、俺は、()いてた。マリスを、ベアトリクスまで、送り届けなきゃいけない立場なのに、……本当に、それが出来るのか、だんだん自信がなくなってきて。抑えようと思っても、きみを見るたびに、話をするたびに、想いは強くなるばかりで……」


 彼の、想いを抑える表情を見ているうちに、マリスの心が、きゅんと、締め付けられた気がした。


「あたしが、スグリさんに、その……生命エネルギーを注いだのは、あなたを助けに行きたかったからよ。彼らの唯一の子孫ベビーをお借りするのに、それなりの対価を払わないといけないと思って。あなたを助けるためなら、相手がドラゴンだろうと、誰だろうと、……きっと、同じことをしたわ。それは、単に戦力だけじゃなくて、あたしは、あなたのことを、……人として、大事な人だと……あなたを、なくしたくない、と思ったから。だから、魔空間に入るなんて、本当は怖かったけど、あなたのことが心配で、いろいろ考えてる暇なんて、なかった」


 言いながら、マリスは、自分でも驚き、戸惑っていた。

 解けた糸を巻き取るように、マリスは、ゆっくりと、自分の想いを、手繰(たぐ)り寄せていった。


「あたし、ケインのことを……ただの、頼れる人以上に……思っていたみたい」


 (うつむき)ながら、頬を紅潮させていくマリスの、思いがけない応えに、嬉しさがこみ上げて来たケインだったが、「だが、真に受けてはいけない」と、強くストップがかかる。


 彼女の操る武道には、男には見抜けない演技の力もあるということを、彼はよく知っていたのだ。


「本当に……? 武遊浮術(ぶゆうじゅつ)愛技、使ってるんじゃないのか? なんか、すごく……綺麗なんだけど」


 ケインのセリフに、マリスは吹き出した。


「演技なんかじゃないわよ。……本心よ」


 潤んだ紫の瞳と、はにかんだ表情は、演技ではなく、彼を受け入れているようだった。


 ケインの瞳は、愛おしく包み込むように、マリスを見下ろす。


「……好きでいても、いいか? 」


 マリスは頬を染めたまま、頷いた。


 互いの鼓動が聞こえてくる。


 蒼い瞳が、心の中を探るように、近付く。

 紫の瞳は、逃げなかった。


「そばにいて。あたしを護って」


 それは、マリスが、初めて口にした言葉であった。


 それまで、護る側であった彼女は、自分から護って欲しいと言うことはなかった。

 そんなセリフを言うことは、屈辱ですらあるように見えた。


 それほど、今は、彼の実力を認め、信頼してくれていると、彼には受け取れた。


「ああ。ずっと、そばにいる……! 」


 ケインは、この上なく愛おしい気持ちでいっぱいになり、マリスを抱きしめた。


 二人は、そのまま動かなかった。

 時が止まってしまったかのように。


 感動を噛み締める二人には、満たされた時間であった。


 マグマの熱さも手伝って、熱に浮かされたように、何も考えられなくなっていく。


 どこからともなく起きた白い風が、二人を取り巻いた。

 それには、気が付かない。


 長い間、二人の周りを吹いていた白い風が、くるくると勢いを増したと思うと、


「それは、ダメだよ」


 ゴツッ!


 聞き覚えのある声の後、鈍い音がした。


 白い風は止んだ。


 と同時に、ケインが、いきなりマリスに覆い被さり、倒れ込んだ。


「きゃっ! ど、どうしたの!? 」


 マリスが驚いて、起き上がろうとする。

 そのすぐ横には、拳二つ分ほどの石が落ちていた。


「まさか、あの石が、どこからか落ちて来て……!? ケイン、大丈夫!? 」


 ただならぬマリスの声に、座っていたベビードラゴンも立ち上がり、不思議そうな表情で、様子を見に、よちよちと歩いてくる。


「ケイン、しっかりして! あっ、やだっ、こんなとこに、大きなコブが! 」


 手探りで、ケインの後頭部に膨らんだコブを探し当てたマリスが、ふと見上げると、宙に浮かんだ吟遊詩人の姿が目に留まった。


 マリスが見つけたのは、まぎれもなく、例の美少年の姿をした、吟遊詩人を名乗る者であった。


「ちょっと! 吟遊詩人の人! やっと出て来たわね? あなたには聞きたいことがいっぱいあるけど、今はケインを助けてよ。あなた、ケインの味方なんでしょう? 」


「……僕は、認めない」


「えっ? なに? 」


 吟遊詩人は静かに、マリスを睨むように見下ろすと、ふいっと消えてしまった。

 知らないうちに、石も消えている。


「なんなの、あの人!? ……仕方がないわ、ベビー、手伝って」


 なんとか身体を起こしたマリスは、気絶しているケインを、ベビードラゴンに乗せると、その後ろに跨がり、地上へと浮かび上がって行った。


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