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Dragon Sword Saga7『ドラゴン・マスターと竜』  作者: かがみ透
第 Ⅳ 話 ドラゴンの谷
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戦闘準備

「なあ、ホントに、魔族なんかとバトろうってのか? 」


 四人は、洞窟から離れた密林の中を進んでいた。伸び切った草木をかき分けながら、もう一度、カイルが、ケインとマリスとに尋ねているところだ。


「相手は上級の魔族なんだろ? マリス、お前も、ヴァルがいなくて、サンダガーに頼れないのに、やる気かよ? クレアの回復魔法だって、まだ使えないんだぜ? 今度ばかりは、いくらなんでも無謀すぎるって、俺は思うぜ」


 クレアも、遠慮がちではあるが、カイルに続いた。


「あなたたちには悪いけど、私もそう思うわ。吟遊詩人さんには『心の問題だ』とは言われたけど、私、時々試してるけど、本当に、まだ魔法は使えないの。こんな状態で、しかも相手は魔族だなんて、正直言って、……無理だわ」


「ソルダルムのお医者さんや、ハッカイからも、強力な傷薬をもらってるんだから、回復なら、魔法に頼らなくても大丈夫さ」


 ケインは、クレアとカイルに微笑んでから、前方に向き直り、先頭を進んで行く。


(賛同はしたものの……回復魔法に比べたら、薬は、痛み止めにはなっても、治りが遅い。応急処置にしかならないわ。どれを取っても不利な条件だとわかってて、それでも突き進もうという、あなたの熱い想いは、いったい何? 単なる自分の正義のため? それとも、自分でも止められないほどの、強くなりたいという願望? )


 正面を進む彼の背に、マリスは心の中から、そう問いかけていた。


 ふいに、四人の頭上に、大きな黒い影ができると、強い風圧が起こった。


 四人は、さっと身を強張(こわば)らせたが、それは、すぐに驚きに変わった。

 上空には、ゴールド・ドラゴンの巨体が、五つ並んでいたのだった。


「スグリさん! 」


 先頭を飛んでいるドラゴンに向かい、ケインが叫んだ。


 ドラゴンは人間たちを見下ろすと、少し先の、密林を抜けるあたりまで飛んで行き、地上に降り立った。


 四人が密林を駆け抜けて来ると、スグリが、一歩進み出て言った。


『申し訳ないが、四頭しか説得出来なかった。我々五頭は、魔族どもと戦う決心をした。ご一緒させてもらえぬだろうか? 』


 ケインを始め、四人は驚いて、スグリと、残りのドラゴンとを見つめていた。


「……ご一緒させてもらうも何も、もともとは、あなたたちの敵に、あたしたちがケンカ売りに行くだけの話であって、お供させていただくのは、こちらの方だわ」


 感動して、すぐには口が利けそうもないケインに代わり、マリスが、竜たちに、にっこり笑ってみせた。


「グピー、グピー! 」


 空を見上げると、ベビードラゴンが、まだ未発達な翼をバタバタさせていた。

 スグリたちの後を追ってきたようだった。


「ベビー! 」


 ベビードラゴンは、地上に着陸すると、真っ先に、ケインにすり寄っていった。


「危ないから、お前は、巣に戻ってろ。俺たちは、今から、魔族と戦いに行くんだぞ」


 心配そうに語りかけるケインには構わず、ベビーは、くりくりと瞳を輝かせている。


『おぬしと一緒にいたいらしい。戦力にはならぬだろうが、子供と言えども、そやつは、回復技が使える。おぬしたちの、怪我の手当くらいの役には立つであろう』


 スグリが言った。


「なにっ!? ケガを治せるって? やったー! これで、死ぬことは、なくなったぜー! 」


 カイルが安心し、小躍りして、はしゃいだ。


 マリスやケイン、クレアも、少しほっとしたような顔になった。


『ところで、お前たち、どこへ向かっている? どうやって、魔族を探すつもりなのだ? 』


 スグリの近くにいたドラゴンが尋ねた。


「マリスの、普段抑えられている魔力を、開放してもらう。以前、俺たちが、砂漠に行った時のように。あの時みたいに、マリスひとりにしたりはしないけどな」


 ケインが、マリスの肩に、ぽんと手を置いてから、竜たちに続けた。


「彼女の魔力に触発されて出て来た魔族を、片っ端からやっつけていこうと思う。あなたたちの住処には、被害が及ばないように、できるだけ離れたところで、魔族を誘き出すつもりだから、安心してくれ」


 ケインのセリフを受けて、マリスは、竜たちにウィンクしてみせた。


『すまない。我々の問題であったのに……』


「とんでもないわ。少なくとも、あたしに限っては、暴れられるいい機会なんですもの。謝られる筋合いではないわ」


 すまなそうなスグリに対し、マリスは、あっけらかんと笑ってみせた。


「……ってことで、ケイン、この先は、どうする? もっと遠くまで行ってみる? 」


『良ければ、我々の背に乗ってくれ。それならば、短時間で済む』


 スグリが言う。


「ありがとう、スグリさん。お言葉に甘えて、背に乗せてもらうよ。できるだけ、あなたたちの洞窟から離れたところに、連れていってくれないか? 」


 ケインの言葉で、四人は、ひとりずつ、それぞれ竜の背に跨がった。


 ケインがスグリの背に乗ろうという時、ベビードラゴンが、ケインの服をくわえ、引っ張った。


「だめだよ、ベビー、悪いけど、遊んでいる場合じゃないんだ」


『おぬしに乗って欲しいのだろう』


 そう言ったスグリに、ケインは驚いて、目をパチクリさせた。


「俺はバスター・ブレードも背負ってるから、皆よりもずっと重いんだ。それなのに、ベビーに乗っかるなんて、可哀想だよ」


 スグリに訴えるケインであったが、スグリはどことなく微笑んでいるような瞳になって、返した。


『そのくらいは、ベビードラゴンと言えども大丈夫だ。おぬしさえよければ、乗ってやってくれないか』


 ケインはベビーを見て少し考えていたが、


「……じゃあ、試しに、乗せてもらうよ」


 しゃがんで低い体勢になったベビーの背に、ケインが、そうっと跨がった。


 その途端、ベビーは、ばたばたと翼をはためかせ、一気に上空へと舞い上がったのだった。


「うわっ、ベビー、無理すんな! 」


 ケインが慌ててベビーの首にしがみつくが、ベビーの方は、嬉しそうに、ぐるぐる旋回しながら、まだ飛び上がってもいないドラゴンたちを、得意そうに見下ろした。


「あーっ、ちょっと、ベビー! あたしたちのことは、乗せてもくれなかったくせに! 」


「そうだぞー、ずるいぞー! 」


 地上のドラゴンの上から、マリスとカイルが叫ぶが、ベビーには、どこ吹く風であった。


 スグリの合図で、残りの竜たちも、ベビーほど軽やかではなかったにしろ、空へ舞い上がると、スグリを先頭に、一気に飛んでいった。




 彼らが再び地上に降りたのは、見渡す限りの荒野であった。


 先の密林や、癒しの谷のような美しい緑のあった場所からは、想像もつかない。


 心なしか、天候まで、打って変わって、黒くもが立ち込めて暗く、夜が来たようにさえ思える。


「へえ、『ここ』にも、こんな場所があったとはな。砂漠を思い出すぜ! 」


 カイルが、たいして面白くもなさそうな声を出した。


「いいじゃない。いかにも、魔族が出てきそうだわ」


 マリスが満足そうに、辺りを見回している。


「それじゃ、作戦通りに行く? 」


 尋ねたマリスに頷いてから、ケインは、皆を見た。


「まずは、マリスの魔力を解放する。それに誘き出された魔族を迎え撃つ。ついこの間のデモン・ソルジャーとの戦いを参考にして、始めに、カイルが魔法剣で、敵の戦力を弱める。そこへ、俺たちは攻撃をしかける。簡単に言うと、こんな感じだ」


 ケインが、カイルを見る。


「俺の魔法剣の魔力は、どこまで続くか、わからないぜ。もし、魔族がいっぱい現れちまって、剣の力がもたなかったら、どうするんだ? 」


 カイルの問いには、スグリが答えた。


『ここは、竜神の聖地。入って来られる魔族は、ごく少量の、限られた魔族だけだ。ベビーを襲った下等魔族は、おそらく、上級魔族が手引きしたのだろう。下等、中級魔族だけでは、侵入は、不可能なはずだ』


「へえ。……ってことは、誘き出された魔族は、ありがたいことに、少数だけど、ありがたくないことに、強えってことか」


 カイルは肩を竦めるが、彼の青い瞳は、怯えているようではなく、余裕を感じさせた。


「こんな時、ジュニアでもいればね。魔界の王子なら、魔族を押さえつけるのは簡単なんだけど、タイミング悪いことに、ヤツはヴァルに拘束されてるわ。本領発揮するチャンスだっていうのに。まったく、役に立ちそうで、ちっとも役に立たないわよね」


 マリスが一行を見回しながら、笑った。


 そういう彼女の様子からは、不利な境遇に気落ちするでもなく、これから思う存分暴れられることにウキウキしているように、皆には見えた。


 いよいよ、魔族を誘き出す時だった。


 マリスが、荒野を突き進んでいく。

 すぐ隣には、ケインが付いている。


 その後ろには、周囲を油断なく見渡すカイルと、竜たち、緊張した面持ちのクレア、何を思っているかはわからないベビードラゴンが、続いていく。


「前にも、こんなことがあったわ」


 語り出したマリスの横顔を、ケインが、ちらっと見る。


「まだベアトリクスにいた頃、辺境の魔物を、退治しに行く時だったの。その時と違うのは、相手が、上級魔族ではなかったことと、……あたしが、白の攻撃魔法を使えたということ」


 マリスは、正面を見据えたまま、続ける。


「魔族には、白の究極魔法が致命的だわ。あの時のあたしなら、上級魔族でも、なんとか太刀打ちできたかも知れない。けど、サンダガーを召喚するために覚えた、たったひとつの呪文のために、その能力は失ってしまった。まるで、それまで身に付けた白魔法と引き換えのように」


 ケインは、黙ったまま、マリスの話に耳を傾けていた。


「結果的に、どちらが良かったのかわからないけど、呼び出せなくても、いざとなれば、あたしには、サンダガーがついてる。最悪の場合でも、命を落とすほどのことにはならないと思うから、皆のことは、あたしが護るわ。なのに……」


 普段とさほど変わらない、緊張した様子もない彼女であったが、彼女の手は、わずかに震え、いつになく汗ばんでいる。


 見ていた手を握り締めると、彼女は笑ってみせた。


「何をビビってるのかしらね。恐れることなんて、ないのにね。上級魔族なら、遠慮なく叩きのめせるじゃない。サンダガーや、ヴァルがいなくたって、このくらい……」


 握ったマリスの手に、ふわっと、ケインの手が被せられた。


「俺が護るから」


 マリスが思わず足を止め、彼を見上げた。

 ケインは、意外にも、微笑んでいた。


「試したことがないから何とも言えないし、これは、大きな賭けだったから、ぬか喜びさせてもいけないと思って、さっきは言わなかったんだけど……。マスター・ソードの中のダーク・ドラゴンが、力強く感じられるんだ。人間界にいる時よりも。よくわかんないけど、俺の意思に、強く同調しているような気がしていて。もしかしたら、マスター・ソードや他の魔法は、ここでは、人間界とは違う効果があるんじゃないか、って思うんだ。この神寄りの空間では、この剣を造った神であるマスターの恩恵を受けて、少しは有利に働くんじゃないかと」


 マリスの目が、わずかな希望に、見開かれていった。


「その可能性は、ないとは言えないわね。むしろ、……あるかも知れないわ……!」


 紫の瞳が、好戦的に輝いていく。


 ケインは、確信を持った微笑みから、少し真面目な表情になった。


「サンダガーを呼べなくても、ヴァルがいなくても、……俺が護るから」


 ケインは、もう一度、マリスの瞳を見つめながら、今度は、はっきりと言った。


「俺が、マリスを護るから」


 マリスの瞳が、次第に戸惑うように、彼から視線を反らした。

 構わず、ケインは、彼女の拳を強く握り直し、さらに何かを言おうと、口を開くが、


「あ……っ! 」


 突然、マリスが声を上げ、ケインを再び見た。


「サンダガーに、祈りを捧げるのを、ずっと忘れてたわ! 拝めって言われてたのに。果たして、あいつは、あたしの危機に、駆けつけてくれるのかしら……」


 ケインは、何とも言えない顔になった。

 そして、何も言えなくなった。


 不安を頭から振り払うように首を振ったマリスは、無言になったケインと、荒野の続きを、奥へと進んでいったのだった。




 おおよそ目的としていた所まで来ると、マリスは立ち止まり、ケインから受け取ったバスター・ブレードの柄を、両手で握り締め、精神を集中させた。


 その少し離れた後ろに、ドラゴンたちと、カイル、クレアが控え、ケインは、マリスのすぐ隣で見守っていた。


 彼女の周りの空気が、揺らいだように見えたと思うと、しゅうしゅうと、金色の湯気のように変化していく。


 人間界ではない、異次元のせいか、以前、皆が見たものとは、違うオーラだと、ケイン、カイル、クレアには思えた。


 いよいよかと、四人も、ドラゴンたちも、これまで以上に、気を引き締めていく。


 抑えていた魔力を解放しながら、マリスは、神経を研ぎ澄ませていた。


(感じる。とても遠いところからだけど、物凄い魔の気配が……! )


 マリスの額に、一筋の汗が流れた。


 その時だった。


「はっ……! 」


 マリスは、咄嗟に宙に舞い、大きく下がった。

 ケインは、その場に構える。

 ドラゴンたちも、警戒を強くした。


「きゃあっ! 」


「どうした、クレア! 」


 悲鳴を上げ、後ずさるクレアに、カイルが庇うように、前に出た。


 クレアは震えながら、マリスのいたところを指さし、やっとのことで、口を開いた。


「……あそこに、魔族が……とてつもない魔力を持った魔族が、現れたわ……! 」


 そのクレアのセリフと同時に、小さな竜巻が起こり、それが止むと、黒いひとつの影が現れた。


 それは、意外にも、ヒトの形をしたものだった。


 黒いフードの付いたマントをはおり、青白い顔に、黄色く光る表情のない目。

 こけた頬に、落窪んだ眼球の下には、深い隈が刻まれている。


 まるで、人間の魔道士のような外見だが、青白い、死んだ人間のような顔をしたその者は、マリスをギロッと睨むと、口を開いた。


『……ほう、これほどの魔力の正体が、たかが人間であったとはな』


 背筋が凍るような、乾いた声だった。


 マリス、ケインを始め、巨大なドラゴンたちですら、硬直してしまうほどの。


『……ボルボ、貴様であったか……! 』


 スグリから、脅えと憎悪の混じった念波が、人間たちにも届く。


 ボルボと呼ばれた魔族は、薄気味の悪い笑いを、口元に浮かべる。


『久しぶりだな、スグリ。一〇〇年ぶりくらいか。先ほどの、俺からの土産は、気に入ってくれたか? 』


 その言葉に、竜たちは、一層、身を固くした。


『貴様だったのか、イサナを殺したのは……! 』


 スグリの思念が伝わり、ドラゴンたちは身を震わせる。


 恐怖を超える憎悪は、一際大きく膨らんでいった。


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