叶わない夢
2016.5.1行間を改めました。話の筋に変更はありません。
満月が綺麗だったある夜、僕は誰もが笑い飛ばすような夢を見た。
僕の幼馴染みの女の子が皇帝になって、この国を動かす。そういう夢。
その夢の話を周囲の奴らにすると、やはり盛大に笑われた。
皇女殿下とはいえ、女と一緒にいることが多いからそんなくだらない夢を見るのだ、と。
――でも、僕が見た夢は本当に叶わない「夢」なのだろうか。
「くだらない」――そう言われた瞬間、自然と浮かんだ思い。
もやもやとした気分が顔に出ていたのだろうか。件の幼馴染みに追及されてしまった。
流石に、笑われた話まではできない。聡い彼女なら、僕が言わずとも察してしまうだろうが。
言うべきか、誤魔化すべきか。僕は一瞬躊躇った。嘘を許さない、彼女の強い眼差しが僕を射抜く。
結局僕は、見た夢のことだけを彼女に話すことにした。
何故か、悪事を白状するような気分だった。何でだろう……。
僕の話を聞くやいなや、幼馴染みの彼女はにんまりと笑う。機嫌の良さが見てとれた。
「それは正夢だな!」
逆に、僕が呆気にとられた。
だって、彼女があまりにも自信満々に、きっぱりと言うので。
――彼女自身が帝位に就く……。
(あ、やっぱり?)
そう、僕は思った。
話は変わるが、女性が帝位に就いたことがあるという話を、僕は未だ嘗て聞いたことがない。
世の中では、女性は表舞台に立たないことが推奨されている……というより世間一般で、女が表舞台に立つことははしたない、忌避すべき、という認識がある。
平民の間ではどうだか知らないが、少なくとも貴族の間では確かにそうである。
今上陛下の后妃様が表舞台にお立ちになっているのにすら、未だに渋い顔をする人はいる。――例えあの方によって、多くの民が救われていても。
当然のことながら、后妃様の民からの人気は絶大だ。だから、誰も声高には文句を言えない。しかも今上陛下がお認めになっていらっしゃることなので、尚更である。
それはともく、僕の幼馴染みは今上陛下の皇女である。その上一人娘で、兄弟はいない。
この国では、女性に帝位継承権はない。しかし彼女は何と言っても皇帝の、それも后妃腹の娘である。いくら帝位継承権がないと言っても、血筋で敵う者などいない。
だから彼女を娶った――皇帝の娘婿となった――者が、帝位に最も近いと見做されるのは間違いない。
逆に言えば、彼女は「次代の后妃」である。
因みに、后妃になったからといって誰もが表舞台に立てる訳ではない。
寧ろ、后妃様が活躍なさっているのも今までにはない例外であり、今上陛下の後ろ盾によって成り立っている。――今上陛下がご自身の后妃様の能力に理解をお示しになっているからこそ、女性の身でありながらも表舞台にお立ちになることが可能なのである。
ここで、問題点が一つ。
ずばり、彼女の夫候補達――帝位継承権を持っている方々に、今上陛下のような器の広さがないのだ。それはもう「全く」と言って良い程ない。綺麗サッパリない。断言出来る。
帝位継承者達は皆、彼女を妻にしようと狙う一方で、彼女を「女」と侮っている。
――「女」のくせに生意気だ。
――「女」なんだから、部屋で大人しくしていれば良い。
そんな気持ちが態度に透けて見える。
つまり、いくら帝位継承者達よりも能力が勝っていてもどうしようもない。
そう、どうしようもないのだ。
よくよく考えて、僕は遠い目になってしまった。
(……あんな方々が次代の皇帝候補って、ないでしょう……。アリかナシかで選ばなくてもナシでしょ、絶対に。確かにそんな相手に嫁ぐくらいなら自分で即位するだろうなぁ、彼女なら。というか、もうすでにそう決めてたんだ……知らなかった……)
ふと気付くと、彼女は不機嫌な顔で僕を見ていた。
……なんで?
彼女の三白眼が恐ろしい。思わずこちらが怯んでしまう機嫌の悪さだ。しかしだからと言って、ずっと黙っている訳にもいかない。
「…………そう仰るとは思いましたが……それは、難しいのではないでしょうか……?」
何しろ前列がないのだ。
色々と険しい道のりなのは間違いない。反対派も多いだろう。例えば、帝位継承者達とか、頭の固い貴族とか、無駄に矜恃の高い貴族とか貴族とか貴族とか……。
ようやく僕が絞り出した言葉に、彼女はこう言った。こちらがゾッとする程に、美しく微笑んで――。
「その程度のことは、叶わないと言う程のことではない」
そう。たかがその程度では、な――。
後に彼女は、並み居る帝位継承者達を退け自ら帝位に就き、史上初の女帝として君臨することになる。
その即位は、女帝の両親である先の皇帝夫妻の人望も手伝って、民に非常に歓迎され国中がお祭り騒ぎになった――と、記録には遺っている。
即位後、親譲りの優れた政治手腕を持った彼女の眼は、すでに安定している国内から世界へと向けられた。
そして彼女は荒れる近隣諸国をまとめ上げ、世界初の大規模同盟を結ぶことに成功する。
つまりこの女帝こそ、俗に言う「女傑陛下」こと第四代皇帝である。
そして彼女の隣には常に、彼女を支える伴侶の姿があったと云う。
「お前は鈍い、ニブ過ぎる!」
「えっ、いきなり何ですか!?」
「今思い出しても腹の立つ……長年、この私の気持ちに全く気が付かなかったなんて……! 一発殴らせろ、この鈍感唐変木男がッ!!」
「ちょっ……陛下、文鎮は止めてください! 死にます、って……うわぁあ止めてぇ!!」
「女傑陛下」とその伴侶である「幼馴染み」の純愛物語は、今をもって有名な話である。