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ホルガー谷の春(トーベ・ヤンソン/山室静 風)

ばいめた本編とは関係ありません。

長館ロングハウスの屋根につもった最後の雪のかたまりが、ドサッと音を立ててヨルグの部屋の軒先に落ちました。ホルガー谷に春がやってきたのです。


 ヨルグはそれですっかり目が覚めてしまいました。冬眠の前にセイウチの肉を寝返りが打てないほど詰め込んだおなかも、すっかりぺこぺこです。

「ああ、おなかがすいたなあ!」

 ヨルグは伸びをしながらそう叫ぶと、ベッドから飛び降りました。春はム――いえいえ、ヴァイキングにとってもやっぱりとてもうれしい季節です。お日様の光を一杯に浴びて冬の間に固まった体をほぐし、陸に揚げておいた船の手入れが済んだら、いよいよ今年もヴァイキング活動に出かけるのです。

 ヨルグはやっと去年から遠征に同行することを許されたばかりでした。けれどもとても勇敢に戦ったので、ホルガーが新しい剣をくれると約束してくれました。


 ヨルグはもう、今から楽しみで仕方がありません。

「血なまぐさい予感に僕の戦斧が夜鳴きするぞ。そうして嵐の夜には、海岸に忘れられた骨が恨みごとをつぶやいて彷徨い歩くんだ」

意味が良く分かっていませんでした。


「フリーダはもう起きてるかな」

 起きているとしたら、いつものお気に入りの花壇の前に違いありません。長館の角からそうっと覗き込んでみると、フリーダはじまんの金髪をくしですきながら、歌を歌っていました。


「おはよう、フリーダ」

「あら、あんたももう起きたのね」

フリーダはそっけなくそういうと、また髪をいじり始めました。

「あんた、まだ顔が腫れぼったいわよ。洗っていらっしゃいよ」


「うん」

ヨルグはそういうとしかたなく花壇の前を通り抜けて、木道伝いに井戸のほうへ歩いていきました。

(ちぇ。女の子って自分の髪のことを気にしだすと、周りのことなんかぜんぜん目に入らないんだな)

井戸のところで三回ほど目の周りをこすって洗うと、確かに顔が少しさっぱりして、いい気持ちになった気がしました。


「フリーダ、僕ちょっと散歩してくるよ」

そうすると母屋からホルガーママが顔を出して、言いました。

「1時間以内には戻っていらっしゃい。平焼きパンが出来上がるから、冬眠明けの最初のご飯にしましょう」

「わかったよ、ホルガーママ」


 桟橋のほうを見ると、海は波が高くて少し荒れ模様でした。昨晩はきっと風が強く吹いたに違いありません。

(こいつはいいぞ)とヨルグはつぶやきました。

(海岸に何か珍しいものが流れ着いているかもしれない。船首像とか、気圧計とか、フーサスノトラとか)

 海岸に流れ着いたものは慣習法の定めるところによって拾った人のものになるのです。ヨルグは、何かいいものがあったら、もって帰ってフリーダにプレゼントしようと思ったのでした。


「どこへ行くの?」

 桟橋へ行く途中で、シグリちゃんとすれ違いました。

「海岸に何か流れ着いてないか見に行くんだ」

「あたしも行きたい」

「だめだよ。こんな波の荒い日は、君みたいなおちびさんは波にさらわれてしまうぞ」

ヨルグは少し意地悪な気持ちになって、シグリちゃんを脅かしました。 

 彼女は住んでいた村が悪いヴァイキングに襲われたせいで、ホルガー谷に移り住んできました。今は桟橋のところの見張り小屋で、マチルダさんと一緒に暮らしているのです。


 小さくて目立たず、いつもめそめそしているシグリちゃんを見ていると、ヨルグはなんだか自分がやってもいない悪いことを責められているような、落ち着かない気持ちになるので、彼女のことがあまり好きではありません。

後ろでまだ何かぼそぼそとつぶやいているシグリちゃんをおいて、ヨルグは小屋のほうへ走っていってしまいました。



 ホルガー谷を見下ろす山道の開けた場所で、吟遊詩人のクマクランは風で倒れた大きな木の上に座って、一休みしていました。彼には冬眠する習慣がなかったので、この冬の間南のデンマークやフリースラントを旅していたのです。

 途中公園で寝泊りしたりしたのですが、公園管理人に追い回されたりしたのでクマクランはすっかり公園が嫌いになっていました。


「うん、ぼくにはやっぱりホームレスの暮らしは無理だ」


 わけのわからないことを言いながら、彼は背中のケースを下ろし、デンマークの大きな町で買ってきたギターを取り出しました。


 旅の間ずっと作っていた新しい歌が、もう少しで完成しそうなのでした。


"すべからく小さな生物は


 しっぽに斧を 持つべきで……"


「どうもまだ禍々しいなあ」

クマクランは首を振りながら、ギターを弾く手を止め荷造りしなおすと、また雪どけ道を歩き始めたのです――

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