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第6話 エシュバッハ家のひとびと

【前回までのあらすじ】ちはるとトトは、謎の猫耳娘の襲撃をうけた。それは登場人物のひとりスフィンクスだった。彼女はオオカモメという義賊の指示で動いているようだった。ちはるとトトは、オオカモメにつかまってしまった。一方、霧矢とセシャトは、人魚の館の使用人に応募しようとしていた。

「この少年を、やとってもらいたい、と?」

 平身低頭する霧矢のまえに立っているのは、けわしい顔をした熟年女性だった。ごてごてとした紫のアゲハ髪が、圧倒的な存在感を示している。ほかに目立つものと言えば、口もとの左下にぽつんとたたずむ、ホクロだろうか。

 彼女こそがエシュバッハ家の女当主、メラルダ・フォン・エシュバッハだった。ベネディクスの街は、人魚の呪いによって、不便な生活を強いられている。水に触れることができない。その水を提供しているエシュバッハ家は、この街の支配者であり、そのエシュバッハ家の女当主であるメラルダは、事実上の統領だった。

霧矢きりや十六夢いざむと言います。よろしくお願いします」

 メラルダは、クジャク羽のおうぎを手に、セシャトへ視線をむけた。

「セシャトさん、あなたはもうしぶんありません。物腰、教養、どれも完璧です。この館でやといましょう……しかし、こちらの少年は、どうにも庶民じみていますね」

 セシャトも頭をさげながら、

「メラルダ様、お言葉ですが、この少年はたいへん有用な人材です」

 と答えた。

 セシャトはとりわけ、霧矢の服装に注目させた。そのデザインと機能性をほめた。彼とおなじ衣服をつくれば貿易でもうかると、セシャトはそう説得した。

 メラルダは手の動きをとめて、霧矢のまえを左右に闊歩かっぽしはじめた。

 迷っているというよりは、やとわない口実をさがしているようにみえた。

 頭をさげっぱなしで血がのぼってきた霧矢の耳に、べつの靴音がきこえた。

「お母様、このような夜ふけに、なにごとですか?」

 劇場のような螺旋らせん階段かいだんを、ひとりの少女がおりて来た。霧矢の脳裏のうりに、キャラクター紹介のイラストが、ありありとよみがえる。意志の強さをうかがわせる吊り目と、しなやかにった気位の高い眉毛は、メラルダの次女、ハンナにほかならなかった。

 メラルダは、キッとくちびるをむすんで、ふりかえった。

「ハンナ、あなたは寝室へもどりなさい。就寝の時間です」

「そんなに怒鳴どなられては、眠れたものではありません」

 メラルダは扇を閉じて、ハンナを叱責しっせきする。

「ハンナ、あなたはどうして、そのように聞きわけが悪いのです?」

「お母様の娘だから、かと」

 舌戦では負けていないようだ。霧矢は、ひやひやしながら耳をかたむけた。

 メラルダは、苦々しい表情で、こごとをつづけた。

「わたくしが知らないとでも、思っているのですか? 昼間にこそこそと、屋敷を抜け出して……これまでは黙認してきましたが、今日という今日は……」

「そのおどしは、三日前にも聞きました。物おぼえが悪くなられたのでは?」

 ハンナは軽口をたたいて、霧矢にむきなおった。

「あなた、新しい使用人?」

 まだやとっていないと、メラルダは告げた。霧矢は、愛想笑いを浮かべる。ハンナは彼の顔をじろじろ眺めまわしたあと、両腕を組み、フッと笑みをもらした。

「変わった衣装いしょうね。移民?」

「は、はい」

「どこから来たの?」

 日本だと答えた霧矢に、ハンナは眉をひそめた。

「ニホン? ……知らない国ね」

 ハンナは、さまざまな質問をとばした。ハンナは異国文化にとても関心のある少女だという設定を、霧矢は思い出した。物語の後半で、異国の少年を追いかけて、行方知れずになってしまうからだ。作者のアンホルトは、彼らがどこへ消えたのかを、遺稿のなかではっきりさせていなかった。

 質問をあらかた終えたハンナは、「ふぅん」と意味深な声をもらした。

「……あなた、おもしろいわね。わたしがやとってあげる」

「ハンナ!」

「お母様は、わたし専属の使用人を解雇かいこして、それっきりではありませんか」

「あなたのしつけを頼んだのに、うまくやらなかったからです」

 親子ゲンカのようないきおいで、ふたりは言い争った。

 そして、ついにメラルダのほうが折れた。

 霧矢をにらんで、

「使えないことが判明次第、解雇します。胸にとどめておきなさい」

 と告げた。

「は、はい、ありがとうございます」

 霧矢は、あたまをさげた。メラルダはそれを無視して、セシャトに話しかけた。

「セシャトさん、さっそくですが、明日のスケジュールについて、相談したいことがあります」

 ふたりは無言で立ち去った。あとには、初対面のハンナだけが残された。彼女は霧矢のそでを引き、二階へとエスコートした。わずか半回転ばかりの螺旋階段をのぼりきると、赤い絨毯のきつめられたろうかが、左右にひらけた。裕福な一族だ。霧矢は、庶民しょみん的な感想をいだいた。

 ハンナはふたたび日本についてたずね、それからひとこと、

「そんなに遠い国から、どうしてベネディクスへ来たの?」

 と、急所を突いたような質問をはなった。霧矢は、しどろもどろになった。

 その態度が不自然だったせいか、ハンナは、

「あら、国外追放にでもなった?」

 と解釈した。

「いえ……ベネディクスは、ずいぶん綺麗な街だと聞いたので……」

 ハンナは高らかに笑った。

「街は綺麗でも、住んでいる人間はどこもおなじよ」

 ハンナは、ベネディクスの歴史を知っているか、とたずねた。霧矢はもちろん知っていたが、どうやって知ったのか説明しろと言われると困るので、あえて知らないと答えた。するとハンナは、ひとつの昔話を物語った。

「むかーしむかし、あるところに、ひとりの人魚がいました。人魚は海に住んでいましたが、陸の景色がとても奇麗だったので、ふらふらと海岸をさまよっていました。すると砂漠の真ん中で、すてきなオアシスを見つけました。人魚は魔法でオアシスを広げ、大きな河を作り、その大きな河の上流に、大きな神殿を建てました。人魚がその神殿に住んでいると、あちこちから人間が集まって来ました。人魚は彼らを受け入れて、街を作りました。その街の名前を、ベネディクスと言います。人魚の言葉で、《美しい河》という意味なのです。ところが、ベネディクスの人たちは、次第に人魚のことが嫌いになりました。そして、街から追い出してしまいました。そのとき人魚は、彼らに呪いをかけて、水にさわれないようにしてしまったのです。ただひとりだけ、人魚に片想いをしていた画家は、彼女を神殿から逃がしてあげたので、呪いをかけられずに済みました。この画家をのぞいて、だれも水を飲んだり使ったりすることができないので、彼が町長に選ばれました。その画家というのが、わたしの遠い遠いご先祖様、エシュバッハ家の初代当主なのです。おしまい」

 ハンナは腰に両手を当てて、えっへんと胸を張った。

 血筋をほこっているのか、それとも、物語をきちんと終えられたことを誇っているのか、霧矢にはわからなかった。それよりも、気になることがあった。

「その人魚は、どうなったんですか?」

「死んじゃったらしいわ」

「お墓は?」

「お墓はないのよ。多分、悪いやつらが、海に捨てちゃったんでしょうね。だから人魚は化石になって、海のなかで眠っているの。そういううわさよ」

「化石……?」

「お伽噺とぎばなしよ。人魚は、化石になったんだって。その化石をこわすと、街の呪いが解けるの……さてと、もう遅いわ。続きは、また明日ね。おやすみ」

 ハンナはくるりと背をむけて、ずかずかと右手のろうかへと去った。そのまま左に曲がって、消えてしまった。霧矢は今のルートを、念入りに記憶しておいた。

 それにしても、厄介な事件に巻きこまれてしまったものだ。霧矢は嘆息した。犯人をさがすよりも、この世界に慣れるほうがたいへんだ。そんな気さえしてくる。

「とりあえず、ハンナの生存も確認できたし、あとは……ん?」

 窓に人影が映った。ぎょっとした霧矢だが、すぐにセシャトだと気づいた。

 あたりに人がいないことを確認してから、霧矢は内がわの鍵をはずした。

 さわやかな夜風が、ろうかに吹きこんできた。

 セシャトは上半身を、窓からのぞかせた。

「二階なのに、よく来れたね」

「こんなの朝飯まえよ。で、どうなったの?」

 霧矢はこれまでの経緯けいいを、かいつまんで説明した。

 話を聞き終えたセシャトは、冷静なまなざしで、指を折り曲げた。

「一、二、三……メインキャラのうち、三人の生存が確認されたわけね」

 アルマ、メラルダ、ハンナ。この三人だ。

 セシャトは窓枠にもたれかかり、上半身を乗り出した。

「ちょっと整理しましょう。主要な登場人物は、全部で六人?」

「そうだよ。まず、エシュバッハ家の三姉妹、長女アルマ、次女ローザ、三女ハンナ。アルマとほかのふたりは異母姉妹で、アルマが先代当主の前妻ぜんさいの娘、ローザとハンナは後妻ごさいの娘。その後妻って言うのが、メラルダだね。あとは、怪盗スフィンクスに、商人のジャコモ。まえの四人がメインキャラで、うしろふたりは準メインキャラかな」

「オオカモメとか呼ばれてた、あの鳥仮面は、だれなのかしら?」

 スフィンクスかしらと、セシャトはつぶやいた。

 霧矢は、左右に首をふった。

「スフィンクスって言うのは、この街でどろぼうをやってる猫女だよ」

「なんであいつが、スフィンクスじゃないってわかるの?」

「『長靴を履いた猫』みたいな格好をしてるんだ。知ってる?」

 セシャトはバカにされたと思ったのか、強い口調で知っていると答えた。

「理由は、それだけ? 変装へんそうしてるかもしれないでしょ?」

「まだあるよ。スフィンクスは、語尾に『ニャ』がつく」

 ベタなキャラ設定だが、今回のような状況下では、かえってありがたい特徴だった。

 しかし、セシャトはうたぐり深いのか、納得できないような顔をしていた。

「オオカモメは、発音が不自然だったわ。あれは作り声よ」

「うん、それはぼくも気づいたよ。でもスフィンクスは、日本語訳の設定だと『な』の発音ができないし、別人じゃないかな。そういう設定すら、反故ほごにできるの?」

「普通は、できないわね。小説に明記されたキャラづけは、絶対だもの」

「なら、非同一説で問題ないよね?」

「じゃあ、オオカモメってだれなの?」

 質問を質問でかえされた霧矢は、すこしばかりムッとなった。

「それをぼくに訊いて、答えがかえってくると思う?」

 なるほどと、セシャトは肩をすくめた。

 霧矢は、話題をかえた。

「被害者は、ジャコモだと思うよ。彼は貿易商で、この街に水を輸入しようとしてるんだ。既得権益きとくけんえきをもってる住民に、命を狙われたのかもしれない」

 水の輸入を妨害しているのは、エシュバッハ家だった。彼らは、ジャコモを排除するための、十分な動機を持っていた。

 一方、セシャトは関心がなさそうに、ひとさしゆびで窓辺を小突いた。

「ひとまず、ローザの生存から確認しましょう」

「ローザが出てくるのは、『海に凪ぐ人魚の恋』の中盤じゃなかった?」

 それまでは旅行中のはずだと、霧矢は記憶していた。

「あした、帰ってくるらしいわ。メラルダに、出迎えを命じられたの」

「了解……ってことは、もう中盤なんだね。トトさんたちとは連絡ついた?」

 セシャトは、かんばしくない表情を浮かべた。

「それがね……ふたりとも返信がないのよ」

「返信がない? それって……まさか……」

「だいじょうぶ。検史官とアドバイザーの身になにかあったときは、HISTORICAがそう知らせてくれるわ。アラームが鳴っていないなら、ふたりとも無傷むきずってことよ」

 セシャトの説明に、霧矢は胸をなでおろした。

 しかし、頼りないトトのことを思うと、不安はぬぐいきれなかった。

「ちょっと心配だな……トトさんは、なんというか、こう……」

 そのとき、ろうかの向こうがわから、小さな足音が聞こえた。セシャトは窓のそとに身をかくし、霧矢はいそいで鍵を閉めた。それと前後するように、眼鏡をかけたそばかす持ちのメイドが、静々しずしずと姿をあらわした。

「こちらにいらっしゃいましたか。キリヤさんというのは、あなたですね?」

 モブキャラのようだ。霧矢は、あいさつを交わした。

「こんばんは……ぼくに、なにか御用ですか?」

「メラルダ様から伝言です。明日、ローザお嬢様が空港につきますので、セシャトさんといっしょにお出迎えください。くれぐれも粗相そそうのないように、とのことです」

 メッセージを告げ終わったメイドは、ちらりと窓のそとを見やった。

「猫でもいましたか?」

「いえ、ちょっと気分が悪くなって……そとの空気を……」

 霧矢の弁解に、メイドはくすりと笑った。そして、霧矢の部屋がどこに準備されたかを伝えた。ハンナが立ち去ったのとは、逆の方向だった。

「荷物は、あとで入れていただきます。それと……」

 メイドは、手に持っていたカードをさしだした。

「ろうかにハガキが落ちていました。キリヤさんの落としものでは?」

 霧矢はカードを受けとり、それを光にかざした。

 どうやら、旅行者用の絵ハガキらしい。宛名あてなは書かれていなかった。不審に思って、ハガキをめくり返す。すると裏がわには、可愛らしい少女が鏡に見蕩みとれる、ナルシズムなイラストがえがかれていた。

 そして、そのイラストの下に、彼は手書きのメッセージをみとめた。

 

 Hへ キリヤに助けをもとめろ Oより

 

「……なんですか、これ?」

 霧矢はその一文を、メイドに指し示した。メイドはややおどろいて、

「キリヤさんのものでは、ないのですか?」

 と、たずねた。霧矢は、心当たりがないと答えた。

「そうでしたか……めずらしいお名前ですし、それに……」

「それに?」

「ハンナお嬢様の字に、似ているもので……」

 霧矢には、筆跡鑑定をする能力などない。それどころか、一度もハンナの筆跡を見たことがなかった。小説はすべて、規定の活字で刷られている。文字の個性など、確かめようがないのだ。

 とはいえ、メイドのことばを信じる信じないにかかわらず、イニシャルHに該当する人物は、この小説ではひとりしかいなかった――ハンナだ。そのことが、霧矢をひどく動揺させた。おそらくメイドは、ハンナが霧矢を館に招待したと、そう誤解したのだろう。大広間の言い争いは、茶番だと考えているようすだった。

「これが、ろうかに落ちてたんですか?」

「はい。キリヤさんの部屋のまえに落ちていました」

 メイドは、その場の空気をごまかすように笑った。

「おそらくは、いつものイタズラかと思います」

 なるほど、一理ある。小説のなかで、ハンナはかなりのイタズラ好きだった。

「そうですか……ありがとうございます」

「お嬢様の外出を手伝って、首にならないように、お気をつけください」

 メイドは意味深な言葉をのこして、その場を去った。ハンナが窓から抜け出し、霧矢がそれを手伝ったと誤解されていたことに気づいたのは、使用人部屋のベッドへもぐりこんだあとのことだった。

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