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第4話 無断出版

【前回までのあらすじ】霧矢とセシャトは、エシュバッハ家の館にむかうことになった。ところがそのとちゅうで、鳥の仮面をかぶった人物を目撃した。その女の命令で、霧矢とセシャトは船頭たちの襲撃をうけたが、これを撃退した。鳥仮面は姿を消した。

 ボーン、ボーンと、古びた時計が、ぎこちなく六時の鐘を打った。くすんだガラス戸の奥でゆれる振り子のように、トトの目線も左右にゆれる。

 右か左か──ふたつにひとつ。

「……こっちです」

 トトはほそながい指を、向かって右のカードへとのばした。

 眼をつむり、ちはるの手からサッとひきぬく。

「残念。そっちがジョーカーだよ」

 トトは、がっくりと肩を落とす。

 トランプの絵柄が、にやつきながら彼女を見ていた。

「まだ負けてませんよ」

 トトは、残った二枚のカードを背中にまわして、あまり器用とは言えないスピードで念入りにシャッフルする。そして、いざ真剣勝負と言わんばかりに、ちはるの目のまえに突き出した。

「さあ、どうぞ」

「ンー、こっちかな」

 ちはるは、トトから見て左のカードに指をのばした。

 トトは、口もとをほころばせる。

「やっぱり、こっち」

 スッと、右のカードが引かれた。

 トトは名ごり惜しそうに、それを見送った。

「これで十連敗……ババ抜きは、もういいです……」

 トトはギブアップして、ベッドに寝転がった。

 ここは、ベネディクスの場末にある、安ホテル。ホテルというよりも、ボロアパートの一室というほうが、ふさわしい部屋だった。ふたりはあのあと、お金をなんとか工面して、このホテルに一泊することができた。

 ちはるもベッドに横たわり、天井を見上げた。

 ひとの顔のような染みが、こちらをじっとみつめていた。

「でもさ、ほかにすることがないよね」

 この世界には、娯楽らしき娯楽が、およそ見当たらなかった。トトの端末にはゲームアプリも搭載されている。しかし、電子機器をこの世界の住人に見せびらかすのはよくないという理由で、ちはるに却下されてしまった。

 トトは起き上がると、ベッドの端に腰をおろした。

 ちはるは頭だけそちらに向けて、

「ねえ、捜査とか、しなくていいの?」

 とたずねた。

「わたしたちは、お留守番です」

 ちはるはタメ息をついて、頭の位置をもどした。まくらがかたい。寝心地は、あまりよくなかった。剣道部の合宿で雑魚寝したときのほうが、まだマシだったな、と思うくらいだ。

 そう、ちはるは剣道部だった──だった、というのは、おかしいかもしれない。この事件を解決して、もとの世界にもどることができたら、やはり剣道部の部長なのだろう。ちはるは、じぶんが死んだときのことを思い出した。たしか、あれは放課後、もう暗くなりかけていた校庭で、裏口を通ろうとしたときだった。猫が一匹、さみしそうに鳴いていた。みると、古びた倉庫のそばで、ちぢこまって鳴いていた。変だな、と思って近寄ると、ケガをしていた。病院につれていってあげよう。近づくために、立ち入り禁止の柵をこえようとした。バランスをとるために、錆びたポールをつかんだ瞬間──なにか金属音がして、意識がなくなった。おそらく、ポールが折れて、頭にあたったのだろう。ちはるは、そのときの痛みを思い出したかのように、後頭部をさすった。

 一方、トトは、学生時代を思い出していた。アカデミーで勉強していたころは楽しかったなあ、と、モラトリアムな気持ちがわき起こっていた。

「ちはるさんは、高校生なんですよね。うらやましいです」

「そう? 社会人のほうが、好きなことできて、いいんじゃない?」

「社会人なんて、ダメダメですよ。おもしろくもなんともないです」

「きみが社会人として、ダメダメなんじゃないかな……」

 トトは姿勢をもどして、ちはるをにらんだ。

 ちはるも負けじとにらみ返し、トトのほうが引きさがる。迫力がケタちがいだった。

「どうしてそういう、デリカシーのないことを言うんですか?」

「きみこそ、どうしてこう、緊張感がないかな? 仕事中でしょ?」

 ちはるの正論に、トトは返す言葉がなかった。

 しょんぼりと肩を落として、ふたたび椅子にもたれかかる。

 さすがに言い過ぎたかな、と、ちはるは反省した。だが、このおとぼけなエルフ──殺人事件という場におよそ似つかわしくない雰囲気のエルフに、ちはるは居心地の悪さをかくせなかった。

「……ねえ、ちょっと事件を整理してみない?」

「そうですね……ちはるさんは、セシャトさんとずっといっしょだったんですか?」

「え、ああ、うん、図書館前で待ってたけど、きみたちが来ないから移動したの。エシュバッハ家の館に行って、なかのようすをみてた。すごく綺麗だったね。映画のワンセットみたいでさ。近くで野宿して、アルマさんの薬屋へ移動することになったの」

「ちはるさんは、この物語にお詳しいみたいですね」

 そうだ、とちはるは答えた。

 が、その声にはどこか心がこもっていなかった。

 トトは、それを奇妙に思った。

「ちはるさんは、この物語に入れて、ワクワクしませんか?」

「ぜんぜん」

「ちょっぴりも?」

「ちょっぴりもしないよ。だって、このお話、あんまり好きじゃないし」

 ちはるの返答は、トトには意外だった。

「どうして好きじゃないんですか? 恋愛小説が嫌いとか?」

「んー、ストーリーが嫌いなわけじゃない。でもさ、これってアンホルトの遺作を、遺族が勝手に出版したものなんだよ。作者にとって、しあわせなことだったのかな? いかにも遺族が換金しましたって感じじゃん」

 トトは、そんなことを考えたことがなかった。というのも、エルフの世界の機関に登録されてしまった以上、それは正式な物語になってしまうからだ。登録手続は厳格におこなわれると、トトはアカデミーで習った。ところが、その出版自体に疑問を感じている人間がいるとは、トトはまったく予期していなかった。

 ちはるは寝っ転がり、天井をみあげたまま、さきを続けた。

「オカルトかもしれないけど、この物語がおかしくなったのは、しかたがないと思う。作者が大切にしまっておいたのに、むりやり引っ張り出されちゃったわけでしょ。物語と矛盾するイラストまでつけられちゃってさ。遺族が日本語版の原稿を、ろくにチェックしなかったってことじゃん。そりゃ日本語は分からなかったかもしれないけど、イラストくらいは確認してもよかったよね。ようするに翻訳料を取りたかっただけなんだよ。こんなんじゃ、キャラが暴走したり、一日が丸ごと消えたりするのも、ね」

「そう……かもしれません……」

 トトは、なんだかじぶんが責められたようで、気が重くなった。

 いっぽう、ちはるは話題を変えた。

「昼間のセシャトさんからの連絡も、気になるなあ……」

 謎の人物におそわれた──その連絡に、ちはるもトトも不安を隠せなかった。

 もっとも、トトのほうは、セシャトに対する絶大な信頼があるのか、ちゃちゃっと敵を退治したと思っているらしかった。じっさい、セシャトからのメールには、そのような感じのことが書いてあった。さくっと倒したとか、なんとか。けれども、ちはるは、それが誇張されているのではないかと、うたがっていた。わずかな時間のつきあいであるが、セシャトにはどうもプライドが高すぎるところがあるように感じられた。だとすれば、ピンチになったときでも、余裕だったフリをするのではないだろうか。そういう部員は、ちはるの後輩にもいた。ケガをしているのに、平気だとうそぶくのだ。だとしたら、今回の事件も、もうすこし重く受け止めなければならないのかもしれない。

 ちはるは、HISTORICAをポケットからとりだした。画面をみる。

 そして、まくらのそばにぽんと放った。

「一応、今のところ順調ってことなのかな……でも……」

 ちはるはそこで、言葉をにごした。

「でも、なんですか?」

「順調って、おかしくない? ひとが死んでるのに、被害者がいなくて……」

 ちはるはそこで口をつぐんだ。

 トトは、おやっという表情で、身をのりだした。

「どうかしましたか?」

「シッ」

 ちはるは耳をすませた──なにか物音がする。

 天井のうえで、かさこそと動いているものがあった。

 ネズミだろうか。ちはるは、家のなかでネズミが動いたときの音を、よく知らなかった。

 トトもようやく気づいたようで、

「あれ、なんかいますね」

 とつぶやいた。

「トトさん、人間より耳がよかったりしないの?」

「まあ、多少は」

「なにがいるか、わかんない?」

 トトは目をつむって、眉間にしわをよせた。

 ちはるは、息をひそめた。

「……猫ちゃんみたいです」

 なんだ、猫か。

 そう思った瞬間、窓ガラスが派手に割れた。

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