第1話 殺人現場
【前回までのあらすじ】トトは恋愛小説『海に凪ぐ人魚の恋』のなかで、殺人事件を解決することになった。彼女だけでは頼りないということで、捜査一課のセシャトが同伴してくれた。人間のアドバイザーをさがすように言われたトトは、下界で死んだ人間をひとり捕まえて、現場に急行し、セシャトを待つことにした。
罰がなければ、逃げる楽しみもない──ノーベル賞候補作家、安部公房が書いた『砂の女』という本は、そんな一文からはじまる。もし自分が巻きこまれた事件、人魚の都殺人事件を書籍化するとしたら、ぴったりのキャッチコピーだ。足もとを流れる水と、そこに浮かぶ月をながめつつ、霧矢はそんなことを思った。メガネをかけていて、いかにも読書が好きそうな風貌の少年だった。そして、じっさいに読書が好きだった。さらさらとした前髪が、夜風に揺れた。もし彼と道ばたですれちがっただけなら、すこしばかり暗そうなイメージを持ったかもしれない。けれども、その瞳をのぞきこめば、彼がとても澄んだ精神の持ち主であることが、わかっただろう。
霧矢は、腰に手をあてて、星空を見上げた。すると、女性の声が聞こえた。
「だれもいなくなっちゃいましたね」
となりに座った女エルフは、月よりもかがやかしい金髪をなびかせながら、霧矢にそう語りかけた。霧矢は草むらに腰をおろしたまま、れんが造りの町並みをみやった。
「セシャトってひとは、ほんとうに来るの?」
「ここが待ち合わせ場所なんです」
エルフの女は、黒いスマホのようなものをとりだして、いじった。本体は闇にとけて、画面だけが光っている。ただ、操作のしかたがぎこちない。なれていないのだろうか。しばらくのあいだ、霧矢は彼女の仕草をみつめた。
「やっぱり、ここですね。ベネディクスの大図書館まえ、って書いてあります」
「待ち合わせ時刻は?」
夜の七時。エルフの女は、そう答えた。
「トトさん、でよかったかな?」
「はい、トト・イブミナーブルといいます」
「いま何時?」
霧矢が人間界からもってきた時計は、でたらめな時刻をさしていた。
朝の八時だ。もしそうなら、高校へ行かないといけない──いや、そうではなかった。
自分は死んだのだ。霧矢は、そのことを思いだした。
高校の通学路で、ひとりの女の子がとびだした。トラックに轢かれそうになった。それを助けようと霧矢もとびだし、そのあとの記憶はなかった。ただ、自分の轢死体を眺めた気もする。思い出したくはなかった。
次に気づいたとき、このおかしな女性、自称エルフの警察官と出会った。彼女は、捜査の助手をさがしていた。もし協力してくれれば、一時的に生き返らせてあげると言われた。しかも、三つの事件を解決すれば、完全にもとの肉体へもどしてあげると、そう持ちかけられた。
散々問答したあと、霧矢はそれを了承した。わけもわからないままに。
そして、この殺人現場と称する場所へつれてこられた。
一方、トトは端末を確認して、「物語のなかでは……夜の九時です」と答えた。
「すっぽかされたんじゃない?」
霧矢は心配になって、そうたずねた。
「そんなはずはないです。セシャトさんは、お友だちですからね」
霧矢は彼女を、いまいち信用できなかった。
しかし、この世界の舞台、『海に凪ぐ人魚の恋』については、たしかに知っていた。『海に凪ぐ人魚の恋』は、デンマークの作家ティム・アンホルトの遺作だ。彼が亡くなったのは一九八〇年のことで、未完成稿を遺族が出版したのだと、日本語版のあとがきに書いてあった。内容は、アンホルトが得意としていたファンタジー、それも人魚のお話だった。デンマークは人魚姫の聖地でもあるから、イメージにはぴったりだった。もっとも、人魚というのは比喩にすぎない。物語に出てくるのは、ある特殊な能力を持つ少女たちで、その能力ゆえに人魚と呼ばれていた。
一方、霧矢十六夢は、ただの高校生だった。無縁坂という名前の学校にかよい、成績もそれなりで、運動もそれなりだった。メガネをかけ、すこしばかり華奢なところはあったが、それも平均におさまっている。甘いものが好きで、とくに和菓子には目がなかった。けれども、彼にはひとつだけ、人並みでないところがあった。それは、本が大好きということだ。だから、この異世界、本のなかの世界に連れてこられても、大慌てするようなことはなかった。もっとも、霧矢自身はそんなじぶんのことを、なんだかおかしくも感じていた。
「ぼくは、ここでなにをすればいいの? きみは、だれ?」
トトは胸をはって、こう答えた。
「検史官です」
「検死官? お医者さんなの?」
「ちがいます。二番目の『シ』が『死』じゃなくて『史』なんです」
「あのさ……漫才してるんじゃないんだから……」
トトは、ちょっとこまったように、うで組みをした。
「こういうとき、日本語では、どうやって説明すればいいんですかね?」
「あてはまる漢字を言えばいいんだよ。べつの単語を使って」
さも感心したように、トトはポンと手をうった。
「さすがですねえ、アドバイザーに選んだ甲斐がありました」
トトは、二番目の『シ』が歴史の『史』だと言った。
「検史官? ……聞いたことないや」
「キャラクターが暴走した世界を、修復するお仕事です」
それは、つれてこられた時点で、まっさきに聞いた気がした。なんでも、地球にある書物はすべて、固有の空間をもっているらしい。その空間に住むキャラクターたちは、霧矢とおなじように、考えたり、しゃべったり、喜怒哀楽をあらわしたり、とにかく普通に暮らしているようだ。ここで待たされているあいだも、何人かのモブキャラとすれちがったが、みなふつうの人間だった。ひとつちがうところがあるとすれば、その多くが白人だったことだろう。また、建物のつくりは、明らかにヨーロッパ風だった。ずいぶんとカラフルな家が多く、霧矢が一度見たコペンハーゲンの風景写真に似ていた。ただ、気候は北欧らしくなく、やや温暖で、街のいたるところに水路が走っていた。街の名前はベネディクスというらしく、もしかすると水の都ヴェネツィアも混ざっているのではないかと、霧矢は思った。つまり、アンホルトが暮らしていたデンマークと、北欧のひとびとがしばしば憧れるイタリアとをミックスした、架空の文明なのだ。
「でもさ、キャラクターの言動は、作者によって決められてるんじゃないの?」
「だから、暴走なんです。暴走したキャラクターは、治療しないといけません」
キャラの暴走、異世界の殺人事件。どうもピンとこない。
霧矢はため息をついて、腰をあげた。靴底に、やわらかな芝生の感触がつたわる。
「ようするに、その暴走したキャラが犯人、きみは警察、ぼくは探偵ってこと?」
トトは、笑顔でこくこくとうなずいた。
「で、被害者は? 殺人事件ってことは、どこかに死体があるんだよね?」
あまり見たいとは思わない。だが、この事件を解決しないと、もとの世界へは帰してもらえないようだ。ここにつれてこられたときは抗議したものの、今ではとっくにあきらめていた。達観した霧矢に、トトはこう答える。
「被害者はですね……これからさがすんです」
やれやれだと思った。被害者のいない殺人事件なんて、矛盾している。
霧矢はメガネをふいて、サラサラとした髪をととのえた。
「目星はついてるの?」
「本庁の調査によると、そこの井戸があやしいらしいんですよ」
霧矢はギョッとした。殺人現場で待たされているとは、思っていなかった。
ところがそれにも増しておかしかったのは、トトがその井戸を調べようとしないことだった。
「じゃあ、きみがのぞけばいいんじゃないの?」
トトは苦笑いをして、長い耳のはしをかいた。
「死体は苦手でして……セシャトさんが来るまで、おしゃべりしませんか?」
霧矢は困惑した。
トトはそれにかまわず、てきとうに話し始めた。
「それでですね、アカデミーっていうところは試験が多くて……あ、試験で思い出しましたけど、このまえのは、すごく難しかったです」
トトはそう言って、城の密室の問題を復唱した。
そして、
「キリヤさんだったら、どう答えますか?」
とたずねた。
学校どころか、異世界でもテストに付き合わされるとは。
奇妙に感じたものの、霧矢はマジメに考えた。
「……二次元型RPGって、マップがのっぺりとしたRPGのことだよね?」
「ええ、そうだと思います」
「だったら、空から殺したんじゃない?」
トトは、
「いえいえ、それはないです。空中を移動する物体は、目撃されてないんですから」
と否定した。
「いや、空から入ったんじゃなくて、凶器を空から直接落としたんだよ」
「……と、言いますと?」
「二次元型RPGってさ、マップが平面だよね。そういうマップになる星って、どういうかたちをしてると思う?」
「地球みたいにボールになってるんじゃないですか?」
「ボール型の惑星を平面に分解したら、正方形や長方形にはならないよ」
トトはくちびるにゆびをそえて、しばらく思案した。
「……じゃあ、どうなるんですか?」
「マップを巻いて、組み立ててみなよ」
トトは上目づかいになって、しばらく考え込んだ。
「……パイプみたいになります」
「そのパイプの両端をくっつけると?」
「……ドーナッツになりました」
「そう、二次元型RPGの世界は、ドーナッツ型なんだ」
トトは、へえ、そうなんですね、とつぶやいた。
「でも、それがどう関係するんですか?」
「今、ドーナッツの穴のがわに立ってるとするよ。その反対側は、どうなってる?」
「……?」
霧矢はスマホの灯りを頼りに、地面に絵を描いた。
「なるほどぉ、うえを見上げると、星の反対がわが見えるんですね」
「正解。その城は、ドーナッツ型の惑星の、穴のがわに建っていて、その反対側から槍を投げたのさ。一方の重力圏を脱したら、反対側の重力圏に入って、加速するだろう。もちろん、そうとうな力で発射しないといけないけどね。ロケットみたいに」
トトは手をたたいて喜んだ。
「キリヤさん、さすがです……あ、ってことは、わたしの解答は零点ですね」
トトはがっかりしてしまった。
「零点だと、なんかペナルティはあるの?」
「よくわかんないです」
出世できないとか、そういうことなのだろうな、と霧矢は推測した。
そのあとも、しばらくトトの私生活の話が続いた。
かれこれ三〇分も経ったというのに、セシャトは依然としてあらわれなかった。
霧矢はしびれを切らして、
「ねえ、僕たちだけで始めたほうが、いいんじゃない?」
と言った。
「じゃあ、キリヤさん、ちょっと調べてください」
「え? ぼくが?」
「さあさあ、どうぞどうぞ」
トトは彼を、井戸のそばへ押しやった。
「このなかに落ちてるの? だったら、トトさんがのぞきなよ」
トトは、両手のひとさしゆびを胸のまえであわせて、くねくねさせた。
「わたし、死体が苦手で……」
「警察なんでしょ? きみの仕事だよ」
「そこを、なんとか……チラっと、のぞくだけでいいですから」
トトは、霧矢の背中をおした。その外見からは想像がつかないくらいの馬鹿力だった。霧矢は抵抗したものの、文芸部員の腕力など、たかが知れていた。ムリに押し返そうとして、足もとがすべった。そのまま草むらに転倒する。トトは、あわてて彼を抱き起こした。
「だいじょうぶですか? ケガはありませんか?」
トトはペンライトで、霧矢の肌を照らした。
「ち、血がでてます!」
霧矢はおどろいて、体のふしぶしをみた。しかし、ケガはなかった。
「どこ?」
「そこです」
トトは、霧矢の腕ではなく、草むらをゆびさした。ペンライトの灯りをたよりに、彼はそのゆびさきを追った。すると、タンポポに似た植物の葉に、どす黒い液体がこびりついていた。それはたしかに、血のように思えた。
「こっちにもついてる」
霧矢は四つんばいになって、血痕を追った。それは井戸をこえて、川のほうへ続いていた。ふたりはさらにたどって、ついに切れ目をみつけた。石畳の川岸。血痕は、川のなかへ消えるようにとぎれていた。
「死体を、川へ捨てたんでしょうか?」
「ちょっと待って」
霧矢は、岸に這いつくばって、川をのぞきこんだ。水面は、岸からさらに五十センチほどひくくなっていた。そして、その水面と岸辺のあいだ、霧矢がちょうどのぞきんでいる壁面に、おおきな排水口がみえた。
「キリヤさん? なにかありましたか?」
「横にも穴がある」
血痕の位置からして、死体はこの排水口にもちこまれたような気がした。霧矢はトトからペンライトを借りて、なかを照らしてみた。そして、アッとさけんだ。水の流れにさからって、一枚の布切れが、ゆらゆらと揺れていた。霧矢は棒きれをさがして、それをすくいあげた。
「これは……衣装のきれはしかな?」
ペンライトでねんいりに調べていると、赤い染みがみえた。
「血がついてる」
「すごいです。証拠物件ですよ」
「ここでなにかあったのは、まちがいなさそうだね」
じぶんの台詞に、霧矢はみぶるいした。彼はそれをどうしていいのかわからず、トトのほうにさしだした。トトは、両手でそれをこばんだ。
「証拠品くらい、あずかってよ」
トトはしぶしぶ、ポシェットから試験管のようなものをとりだした。布をピンセントでつまみ、そのなかに押しこんだ。
「その血痕から、被害者はわからないの?」
「セシャトさんがいれば、なんとか。彼女、医学博士ですから」
「そのセシャトっていうひとは、どうしてこないの?」
トトはくちびるに指をそえて、しばらく考えこんだ。お腹が痛いとか、迷子になったとか、そういう心配をし始めた。霧矢には信じられなかったし、信じたくもなかった。おとぼけエルフがふたりでは、捜査もなにも、あったものではない。
「セシャトさんが、別行動してるってことはない?」
「集合場所は、ここにしましたからね。被害者をさがすためには、犯行現場にいないといけないです。だから、ここにくるはずです」
「そうかな? 死体をみつけても、判別作業が必要だよね? そのために、町の顔役をさがしているとか、そういうことも考えられない?」
「検史官があつかうのは、メインキャラクターの犯罪だけなんですよ。死体をみつけた時点で、だれかわかるはずです。犯人も、メインキャラクターのなかにいます」
霧矢は念のため、登場人物をゆびおり数えてみた。まず、主人公のアルマ。その継母のメラルダと、メラルダのふたりの娘、長女ローザ、次女ハンナ。この町を乗っとろうとしている豪商ジャコモ。最後に、狂言回しの猫耳娘、スフィンクス──ぜんぶで六人だ。彼らがくりひろげる恋と冒険と陰謀の物語こそ、『海に凪ぐ人魚の恋』にほかならない。その舞台である水の都ベネディクスに、霧矢はいた。
そして、被害者も犯人も、この六人のなかのだれか、ということになる。ずいぶんと話が簡単になったな、と、霧矢は思った。同時に、セシャトという人物が抜けがけをしたのだ、ということにも気づいた。
犯人候補が六人なら、さっさとその六人に会うほうが早い。
「セシャトさんが、抜けがけ? 現場に来ないのに、ですか?」
「六人のなかに、被害者と犯人がいるんだろう? こうやって闇雲にさがしまわるよりも、だれがいなくなったか調査するほうが、早いじゃないか」
トトは、ポンと手をたたいた。
「さすがはセシャトさん、首席だっただけのことはあります」
「あのさ……ぼくたち、すっかりバカにされてない?」
セシャトという検史官のイメージが、霧矢のなかでかなり悪くなった。
「とりあえず、ぼくたちもメインキャラをさがそうよ」
「犯行現場は、ここなんですよ? 排水口の奥は、調べないんですか?」
「排水口にもぐるより、キャラをさがすほうが、ずっと安全で確実だよ」
そのときだった。あたりが、急に明るくなった。
そして、女の声が聞こえた。
「そこで、なにをなさっているのですか?」
霧矢たちは、いっせいにふりむいた。
闇のむこうに、ぼんやりとランプの光がともった。そして、うつくしく面長な、少女の顔がうかんだ。髪の毛は、闇にとけてみえない。おそらくは黒だろう。衣服は深い青のワンピースで、これも夜目にはわかりづらかった。
「そこで、なにをなさっているのですか?」
少女は、霧矢たちにおなじ質問をぶつけた。霧矢とトトは、おたがいに視線をかわして、ごまかしの笑みをもらした。
「ちょっと、道に迷っちゃって……」
「道に? ……海のむこうから、いらしたのですか?」
海のむこう。その表現に、霧矢は心当たりがあった。この作品の舞台ベネディクスは、海によってほかの大陸からへだてられた、辺境の地だ。日本とおなじように、外国はすべて海外になる。彼女は、ベネディクスの住人にちがいなかった。
「夜のベネディクスは危険です。むやみに出歩いてはいけません」
少女は歩みよって、霧矢とトトを交互に照らした。
「変わった衣装ですね……ご出身は、どちらで?」
霧矢は、どう返したものか迷った。そして、すなおに日本だと答えた。
「ニホン……ぞんじあげませんわ」
「とっても遠い国だよ……ところで、きみは?」
「わたしの名前は、アルマ。この町の薬売りです」
「アルマ? ……薬屋の人魚と呼ばれてる、アルマ・フォン・エシュバッハさん?」
「なぜわたしの名前を、ごぞんじなのですか?」
メインキャラクターだから、というのが、霧矢の本音だった。
目のまえに、モブではない登場人物が立っている。そのことに、不思議な心地がした。
しかし、ごまかしが必要だと考えて、次のように続けた。
「ベネディクスの町を治めるエシュバッハ家なら、海外でも有名だよ」
「そうでしたか……わたしは、この町を出たことがないもので」
アルマはそう言って、カンテラで川辺を照らした。
「なにか、落としものでもなさったのですか?」
「え……あ、うん……指輪を……」
自分のウソのまずさを、霧矢は身にしみて感じた。アルマはひざを折り曲げ、水面をのぞきこむ。霧矢は、かまわないでくださいと言ったものの、アルマは手伝うつもりのようだ。水に手をふれて、川底をさぐった。
「安物だから……あした、ぼくたちでさがすよ」
「いえいえ、そのようなことをおっしゃらずに……あら」
アルマは口もとをほころばせて、水中から手を引いた。
そのゆびさきで、ちいさな金属のリングが光った。
トトはびっくりして、
「す、すごいです! ほんとに指輪が出てきました!」
とさけんだ。
霧矢はトトをだまらせて、アルマに愛想笑いをむけた。
「あ、ありがとうございます」
「お気をつけください。この街は呪われていますから」
アルマはそう言って、霧矢に指輪を手渡した。
彼はホッとしながら、その指輪を受けとった。しばらくながめたあと、ギュッと奥歯を噛みしめる。アルマはそのしぐさに、目をほそめた。
「どうか、なさいましたか?」
「いえ……なんでもありません」
霧矢は指輪を手のなかにかくして、アルマにお礼を言った。
「異国のひとが深夜に徘徊するのは危険です。宿にお帰りください」
アルマはそう言いのこして、大図書館のまえを去った。
それを見送った霧矢の背中に、トトが声をかけた。
「その指輪、だれのなんですかね?」
「被害者の、だよ」
霧矢は、トトに指輪をみせた。彼女はペンライトで、それを照らす。どうやら銀製のようであった。そのうちがわには、べっとりと血糊がついていた。
「だれかが殺されたのは、まちがいないらしい……だれかが、ね……」