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第20話 スキャンダル

【前回までのあらすじ】霧矢は、ちはるに男装させて、ローザから日記のありかを突き止めることにした。これは成功して、日記はベネディクスの大図書館にあることがわかった。霧矢は図書館へ移動した。

「ローザ、よそ者と話してはいけないと、何度言えば分かるのです!」

「も、もうしわけございません、お母様……」

 ニスをられたとびらごしに、メラルダとローザの会話が聞こえる。なぜこのふたりが図書館の応接間にいるのか、霧矢には見当がつかなかった。ウラをかいたつもりが、さらにそのウラをかかれた格好だ。

 霧矢は身じろぎもせず、じっと闇のなかで息をひそめた。

「ローザ、あなたには、しばらくこの街をはなれてもらいます」

「お母様、なにをおっしゃるのですか!」

「状況が変わりました……最終便で、街のそとへ避難ひなんしなさい」

「避難……? ま、まさか人魚が、うらぎったのでは……?」

 霧矢は、喫驚きっきょうをあげかけた。

「ローザ、なにも、心配する必要はありません」

「そんな……お母様は、どうなさるおつもりで……?」

 沈黙――息をのむ音が、少年の鼓膜こまくをふるわせた。

「とにかく、あなたはこの街を出なさい。すでに船は手配して……」

 そのときだった。図書室のほうで、物音がする。霧矢ではない。メラルダとローザもそれを聞きつけたのか、会話を中断した。反対がわのとびらがひらいて、ふたつの足音が遠ざかる。どうやらメラルダたちは、応接間から逃げ出したようだ。

「……」

 静寂がおとずれる。霧矢はなやんだ。容疑者のメラルダを追ったほうがよいのか、それとも、このまま日記をさがしたほうがよいのか。霧矢は機転を利かせて、ちはるに連絡を入れた。メラルダの追跡を、彼女とセシャトにまかせる。

 彼は、図書室へのルートを選択した。絨毯のうえを進み、とびらを開けると、思ったよりも明るい空間が、目のまえにひらけた。壁にならぶ窓から、月明かりがさしこんでいる。ななめにかたむいた窓枠のかたちが、床へと伸びていた。

 霧矢は、部屋の一番奥にある、エシュバッハ家専用の書架しょかにむかった。

「これが、ローザのかな……」

 ローザの棚は、そうとうな数の蔵書をおさめていた。霧矢は、HISTORICAを通じて聞いたタイトルを思い出す――『ベネディクス民謡集』

 背表紙の文字に四苦八苦しながら、霧矢は目当ての本を見つけた。そっと棚から引きぬき、ページをひらく。

 それは、一冊の日記帳だった。民謡集に見せかけるため、カバーをとりかえてあったのだ。木を隠すなら森のなか――ローザの狡猾こうかつさに、霧矢は舌をまいた。

 霧矢は日付を確認しつつ、一枚一枚、日記帳のページをめくった。

「すごいや……ほんとに毎日つけてる……」

「ほほお、わたしにもひとつ、見せてください」

 霧矢の肩ごしに、太い手がのびた。そして、日記帳をかっさらう。

 悲鳴をこらえた彼は、ふりむきざま、とうとう大声をあげた。

「じゃ、ジャコモさん!」

 ジャコモは、くちびるに指をそえて、静かにするよう命じた。

「キリヤくん、そんなに怖い顔をなさらなくても、よいではありませんか。日記など、いくら読んでも、減らないものです。ふたりで仲よく拝見いたしましょう」

 利害調整のうまい奴だと、霧矢は感心せざるをえない。

 自分も、中身さえ分かれば、それでいいのだ。争ってだれかに聞きとがめられるよりも、ずっと合理的な提案だった。霧矢は、くびをたてにふった。

「お若いのに理知的だ。それでは、さっそく……」

 ジャコモの肉厚な指が、紙のすきまに押し込まれていく。

「やはり、最近の話がよろしいですかな……先月あたりから始めますか……なになに、七月一日……ほお、こりゃすごい!」

 ジャコモは、歯をむき出しにして笑った。

「いやあ、これはちょっと朗読できませんなあ。あのひとが、こんな破廉恥はれんちことを……おお、これは聞いたことがありますぞ、ワルですねえ……おっと、ここにわたしの名前が……キリヤくん、今のはナイショにしておいてください」

 霧矢は苛立いらだった。一歩まえに進み出る。

 そのときジャコモの顔から、下品な笑いが消えた。

「ふむ……これは女の子らしい記事ですな。なになに、『七月三十日。明日はお母様と旅行。日帰りだけど、ひさしぶりに家族いっしょだ。ハンナは、相変わらず街で下賎げせんなマネをしている。信じられない。家出でもすればいいのに』。いやいや、家出はいかんですぞ。親に心配をかけますからな」

 ジャコモは、わざとらしく嘆息たんそくした。そして、ページをめくった。

「……ん、続きがあるぞ。『八月一日。朝起きたら日付が……』」

 

 ガシャーン!

 

 突然割れた窓ガラスの音に、ふたりは衝撃を受けた。

 ガラス片がキラキラと舞って、一羽のカモメが飛びこんでくる。

「オ、オオカモメ!」

 最初に声を上げたのは、ジャコモだった。

 オオカモメは霧矢をきよせ、首に短剣をそえる。

「動くな! 動くと、こいつの首をはねるぞ!」

 オオカモメのおどしが効いたのか、それとも、動く必要をそもそも感じなかったのか、ジャコモはおとなしくなった。オオカモメは彼をにらみながら、霧矢の耳もとでそっとささやく。

「逃げるぞ……」

「え……?」

「そとを囲まれている……メラルダの衛兵だ……」

 図書館の入り口から、足音が聞こえてくる。ひとりやふたりではない。

 ジャコモの顔色が変わった。日記帳を手に、右往左往うおうさおうし始める。

 オオカモメはわざとらしく、短剣を霧矢ののどもとに突きつけた。

「こいつは人質にもらう! さらばだ!」

 不自然なほど歩調を合わせて、ふたりは窓からそとに出た。

「こっちだ、急げ」

 オオカモメは、庭先へと駆けだした。霧矢も、あとを追う。

 指笛ゆびぶえとともに、一羽のグリフォンが、植えこみから首をのぞかせた。

 オオカモメはそれに飛び乗り、霧矢をサポートする。

 兵士たちの声がせまってきた。

「あそこだ! オオカモメは、あそこにいるぞ!」

 ひとりの男がさけぶのと同時に、グリフォンは羽をひろげ、助走を始めた。

 せまり来る巨体に圧倒され、兵士たちはちりぢりに逃げまわる。

「飛べッ!」

 異様な浮遊感におどろいて、霧矢はオオカモメの背中にしがみついた。風が耳鳴りのようにざわめき、メガネがずり落ちる。

 霧矢は視力を矯正きょうせいし、したを見ようと首をのばした。

「見るな。トトは目をまわしたぞ」

 霧矢は、オオカモメの忠告にしたがった。

「あぶないところだったな」

「どうして、図書館に?」

「館でおまえを見つけて、あとをつけたのだ。今日は舞踏会で、メラルダたちの寝室を調べるチャンスだと思ったが……そうだ、これを返しておこう」

 オオカモメは、ふところから黒い板をとりだし、霧矢に手渡した。

 それは、霧矢が水路に落とした、あのHISTORICAだった。

「どうして、きみがこれを?」

「おまえたちが去ったあと、水路にもぐってひろいあげた。魔法の箱のようだが、使い方が分からなくてな」

「そっか……それで位置情報が……」

 霧矢は、今夜の出来事にめまいをおぼえながら、端末をじっと見つめた。

 すると、あるアイデアが、彼のあたまに浮かんだ。

 自分の端末を口にくわえ、もう一台のHISTORICAを、ポケットから取り出す。

「ちょっと手をはなすから、絶対にゆらさないでね」

 霧矢は、セシャトから教えてもらった操作をマネた。そして、右手にセシャトの端末を、左手に自分の端末をにぎりしめた。セシャトのレンズを、自分のHISTORICAに合わせる。ボタンを押すと、画面に指紋が浮かびあがった。

 霧矢はしばらくそれを見つめ、静かにくちびるをうごかした。

「そうか……そうだったんだ……」

「どうした? なにか分かったのか?」

 オオカモメは首をひねって、肩ごしに霧矢の顔をのぞきこんだ。

 そのオオカモメの耳もとで、霧矢は彼女の本名ほんみょうをささやいた。

「うわッ!」

 グリフォンがバランスをくずして、霧矢はあやうく死にかけた。

 オオカモメはあわてて手綱たづなを持ちなおし、グリフォンをなだめる。

「ど、どうしてバレたの?」

 素にもどったオオカモメの声に、霧矢は自分の推理が正しいことをさとった。

「ついに分かったよ……だれが殺されたのか……だれが犯人なのか……」

 霧矢は、オオカモメの瞳を見た。天空のようにどこまでも澄み切った透明感が、彼の興奮をやわらげてくれる。それは、自由をはぐくむ、大気の色だった。

「朝までに犯人をつかまえよう……手伝ってくれるよね?」

【読者への挑戦状】

ヒントはすべて提示された。


1 死体のない被害者たちはだれか?

2 怪盗オオカモメの正体はだれか?

3 人魚の都連続殺人事件の犯人はだれか?

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