表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

第19話 男装の麗人

【前回までのあらすじ】霧矢とセシャトは、ちはるたちを救出するため、水誕祭を利用することになった。地上がお祭りさわぎのあいだに、地下牢へもぐるというプランだった。霧矢はローザたちを地上に引き留め、セシャトが地下牢を担当することになった。ところがそのとき、水路を泳ぐあやしげな影が現れた。

 ちはるは思った。自分は、うぬぼれ屋ではない。剣道がすこしばかり得意な、普通の女子高生だ。それ以外に、とりえなどない。彼女は、そう信じている。

 だが、自己評価というものは、かならずしも他人に共有されない。クラスメイトたちによれば、彼女にはもうひとつ、うらやむべき点がある。その容姿だ、と。そう言ってくれるのは、いつも同性の人々ばかり。バレンタインにもらうチョコの数は、そこらの男子よりも、はるかに多かった。

 ネクタイをしめて、えりをただす。男装の麗人が、鏡のなかに立っていた。

「そろそろ、行こうかしら……じゃない、行くか」

 ちはるは、紳士用の礼服に身をつつみ、更衣室こういしつを出た。赤い絨毯じゅうたんのろうかをすぎると、にぎやかな音楽が聞こえてくる。

 正面にあらわれたとびらを押すと、そこは舞踏会ぶとうかいのホールだった。

 見知らぬ貴公子の登場に、女性たちが色めきたつ。

「まあ、ご覧になって。どちらさまのご子息かしら?」

「きっと異国の方ですよ。ぜひうちの娘と、踊っていただきたいものですわ」

 ちはるは、女たちのまなざしに何の感動もおぼえず、セシャトの姿をさがした。打ち合わせどおりなら、ローザ嬢の付きそいをしているはずなのだが――ホールの目立ったところには、見当たらない。ちはるは、場所を変えることにした。

「お飲物のみものは、いかがですか」

 若々しいメイドが、お盆を手に、グラスをすすめてきた。

 ちはるは、とまどいつつも、グラスをひとつ選んだ。

「そちらはジュースです。こちらがアルコールとなっております」

「ごめん、まだ酒の飲める年齢じゃないんでね」

 ちはるは、オレンジジュースをあおり、グラスを盆にもどす。

「どなたか、おつれさまをおさがしですか?」

 グラスを器用に受けとったメイドは、とうとつにそうたずねた。

「ん? ……ああ、ローザ様を、ね。この機会にぜひ、と思って」

「ローザお嬢様でしたら、中庭にいらっしゃいます」

「そうか……手間がはぶけたよ。ありがとう」

 ちはるは、ツイていると思った。ホールを出て中庭へおりると、夜の心地よい風が、彼女のほほをなでた。耳を澄ませば、噴水の音が聞こえる。その音にまじって、ふたりの女の声がした。

 ちはるは軽い足どりで、声のする方向へと歩き始める。

 暗闇のなかで最初に認識できたのは、セシャトのメイド服だった。

「こんばんは、お嬢さん」

 ちはるは、百点満点の笑顔をつくった。雑作ぞうさもないことだ。女の子たちのプレゼントにかえす表情を見せれば、それでこと足りるのだから。

 まずセシャトがふりむき、それにつられて、もうひとりの少女も視線を動かした。

 ブロンドカールの令嬢――彼女がローザだろうと、ちはるは推測する。

「こんばんは、チハル様」

 さもVIPがあらわれたかのような態度で、セシャトは頭をさげた。

「セシャト、この方は、どなた?」

 ローザが、さっと食いついてきた。どうやら、手づかみでれる魚らしい。

「こちらは、東洋の島国からいらっしゃった、チハル・クキ様でございます」

 ちはるは胸もとに右手をあて、うやうやしく一礼した。

「お目にかかれて光栄です、ローザ・フォン・エシュバッハ様」

「はじめまして……わたくしも、お会いできて光栄ですわ」

 ローザはスカートのすそを持ちあげ、会釈えしゃくをかえす。

 出だしが好調なところをみて、セシャトはスッとうしろにさがった。

「ローザ様、なにかお飲物でも?」

「そ、そうね……お酒を持って来てちょうだい」

 みずから厄介ばらいされたセシャトは、ちはると目を合わせ、ホールにもどる。その背中を見送ったちはるは、ひと呼吸おいて、ローザとむかいあった。

「ふたりっきりになってしまいましたね……」


  ○

   。

    .


《ふたりっきりになってしまいましたね……》

《あら、おいやでした?》

《いいえ、その逆ですよ。今夜は、どうも運がいいみたいだ……》

 暗闇のなかで息をひそめたまま、霧矢は端末を耳に押しつけていた。盗聴するまでは、音量に懸念けねんがあった。しかし、ひと気のない中庭ならば、十分に聞きとることができた。

 彼が使っているのは、セシャトのHISTORICAだった。それが、ちはるのポケットにあるHISTORICAと連動して、ローザの声をひろいあげていた。

《ローザ様は、孤独こどくがお好きなのですか?》

《い、いえ、そういうわけでは……ただ、ダンスがあまり……》

奇遇きぐうですね。ダンスは、ボクもあまり得意ではありません。どうです、似た者同士、ここでステップの練習でも。見ているのは、星々だけなのですから》

 ちはるがいてくれて助かったと、霧矢は心の底から思う。自分がおなじ台詞をはいた日には、羞恥心しゅうちしんで、もだえ死んでしまうだろう。

《やだな、踊れるじゃないですか。人魚姫は、ウソをつくのもお上手なのかな》

《そんな……からかわないでください……》

《あなたにだまされるのなら、いくらでもだまされてさしあげますよ》

 はやく本題に入ってくれと祈りつつ、霧矢はそっと目を閉じた。


  ○

   。

    .


「へえ、ローザさんも、日記を書いていらっしゃるんですか」

 ちはるは、上機嫌じょうきげんだった。今回の任務も、なにかしら愉快ゆかいなものに思えてくる。世間話に華を咲かせながら、ついに、獲物の近くまでたどり着くことができた。

 あとは、本丸をのこすのみ。

「じつはね、ボクも日記をつけているんですよ」

 ウソではない。ローザも、興味をしめしてきた。

「まあ……どのようなことを、お書きになられていますの?」

「そうですね。日々、思ったこと、感じたこと……それから、詩なども少々。ローザ様も手習いで、詩をお書きなのでは? あなたにお似合いの趣味ですから」

「え、ええ、そうですわね……」

 ローザは、こまったような顔をみせた。この少女、ろくでもないことを書いているにちがいないと、ちはるは勘をはたらかせた。

「自作の詩って、他人に見られると、恥ずかしいじゃないですか。だからボクは、日記をひとに見られないよう、ちょっとしたところに隠しているんです」

「まあ、わたくしもですわ」

「ボクたち、ほんとに気が合いますね……机に鍵をかけてるとか?」

「いいえ……だれにも見つからないような場所ですわ……」

 そこまで告げて、ローザは言葉をにごした。

 ちはるは、最後の猛攻もうこうに出る。

「ボクは、東のエデンから来た旅人。秘密を得たところで、風とともに去ってゆくだけの存在。さあ、お聞かせください、人魚姫、日記の在り処を」

 ちはるは、そっと顔を近づけ、グラスを上げると、ウィンクを決めた。

 ローザの顔が、ワインのように赤くなる。

「そ、そうですわね。あなたは旅人、あしたには、海のむこうへ行ってしまうお方……ならば、お聞かせいたしましょう。あなたが日記をお書きになられるたびに、わたくしのことを思い出してくださいまし。わたくしの日記は……」

 少女は、日記の在り処をつたえた。

「へえ……そんなところに……」

 ちはるは、感嘆の声をあげた。本心だった。

「それは見つからないでしょうね、だれにも」

「ええ、ですから……」

「ローザ、そこでなにをしているのです?」

 第三者の乱入を予期していなかったちはるは、思わずグラスを落としかけた。スーツにワインがこぼれたことも気にせず、闇のなかへ目をこらす。

 威厳をたたえたメラルダが、月明かりのなかへと歩み出てきた。

「お、お母様!」

 ローザが立ち上がり、ちはるもそれに続く。ちはるは顔を見られないように、あかりのそばからはなれた。一礼するふりをして、あたまを思いっきりさげる。

「こんばんは、メラルダ様……」

 ちはるのあいさつを、メラルダは端然たんぜんと聞き流した。

「ローザ、話があります……」


  ○

   。

    .


 霧矢は通話を切り、部屋を飛び出す。

 まさか、屋敷のそとだったとは。ローザの部屋にしのびこむ予定だった彼は、意外な情報に背中をおされ、階段を駆けおりた。

 正面玄関が閉まっていたため、裏口から出る。水路をはさんで一ブロック先に、例の舞踏会場が見えた。しかし、用があるのは、そこではない。外堀そとぼりへと走り出す。

 目指すは、彼が最初におとずれた場所──ベネディクスの大図書館だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=454038494&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ