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第11話 矛盾調和症候群

【前回までのあらすじ】死体の回収をあきらめたトトは、オオカモメといっしょに神殿を脱出することになった。地下水路をさまようなか、トトはオオカモメと、奇妙な会話をくりひろげた。オオカモメには、なにか大きな秘密があるようだった。グリフォンの飛行場へ出たふたりは、見張りをかいくぐり、一頭のグリフォンを奪取。そのまま上空へ逃げ去った。

 霧矢たちを乗せた船は、ローザの催促で、帰路を急いでいた。幾度となく警笛を鳴らし、まえを行く船を左右に斜行しゃこうさせる。交通をみだされた人々は、不満げなまなざしを向けた。霧矢は、すこしばかりもうしわけない気持ちになった。

「キリヤ、わたしの留守のあいだ、なにごともなかったでしょうね?」

「ええ、なにもありませんでした」

 ローザは半信半疑のようだが、実際になにも進展はないのだ。霧矢には、こうとしか答えようがなかった。死体は、いまだに見つかっていない。それに、雇われたばかりで、屋敷のほうでなにかあったとしても、知りようがなかった。

「それは感心ね」

 霧矢はキャラの情報を、頭のなかで整理する。主要な登場人物は、全部で六人。そのうち五人までは、顔を合わせることができた。ローザは、その五人のなかで、一番影の薄いキャラクターだ。設定が平凡すぎるのだ。エシュバッハ家の次期当主という肩書きは、彼にとってどうでもいい代物だった。性格にもとがったところがない。いわゆる普通の、お嬢様である。

「アルマは、どうしています? おとなしくしているのかしら?」

 アルマの名前が出たとき、霧矢は妙な安心感をおぼえた。これまで起こった出来事のなかで、ゆいいつの安らぎを与えてくれたのが、彼女との出会いだったからだ。

「アルマさんなら、元気に薬屋をやってますよ」

 霧矢のうれしそうな返事が気に入らなかったのか、それとも、アルマがこの街を出て行かないことに腹を立てたのか、ローザは眉間みけんにしわをよせた。

「まだ居座る気なのですね。いいかげんに、出て行ってもらわなくては」

 ローザがアルマを嫌っているのには、ワケがある。後妻の娘という立場が、ローザに複雑な劣等感をいだかせているのだ。

「わたしが跡を継いだら、追い出してやりましょう」

 ローザの啖呵たんかは、高慢にも聞こえたが、負け惜しみにも聞こえた。

「どうやらアルマは、街の住民にも、うとまれているとか。謀反むほんを起こすかもしれませんし、早めに手を打っておいたほうが、ベネディクスのためにもなるでしょう」

 ローザのひとりごとをよそに、いくつかの不安が、霧矢のなかをよぎった。ちはるは無事だろうか? トトは? さきほどのアラームは、だれの死を告げたのだろうか? メラルダ? ハンナ? アルマ? スフィンクス?

 二人目の犠牲者が出たという事実を、霧矢は受け入れられなかった。

 船内の重苦しい雰囲気をやぶったのは、セシャトだった。

「ローザ様、ご旅行はいかがでしたか?」

 ローザはクッションの位置を変えながら、つまらなさそうな顔をした。

「あまり、面白くありませんでしたわ。一人旅は退屈たいくつですのね。先月末に、お母様たちと行ったときのほうが、飽きませんでしたことよ」

 そこまで言って、なぜかローザは口をつぐんだ。使用人に話すことではないと思ったのだろうか。それとも、なにかマズい情報がふくまれていたのか。霧矢は、神経を研ぎ澄ます。登場人物の一挙手一投足が、ヒントになるかもしれないからだ。

 セシャトも気になったのか、今回の旅行のことを、根ほり葉ほりたずね始めた。さりげない世間話をよそおっていても、霧矢には、彼女の目的が分かった。

 アリバイをチェックしているのだ。

「それで、ルートを変えなければなりませんでしたの。これがまた荒れた街道で、馬車が壊れるかと思いましたわ。そうそう、壊れると言えば、お母様との旅行では、宿泊先の部屋で、鏡が壊れていました。まったく支配人は、なにを考えているのやら……」

 その瞬間、霧矢の記憶の琴線ことせんに、ふれるものがあった。

 人魚の館でメイドからうけとった、なぞの絵葉書だ。あの絵葉書には、鏡をのぞきこむ少女のイラストが描かれていた。

「鏡? ……鏡が壊れていたんですか?」

「ええ、使用人を呼びつけて、散々にしかりつけてやりましたわ」

「ハンナお嬢様は、それについて、なにかおっしゃっていませんでしたか?」

 霧矢の質問に、ローザは眉をひそめた。彼女は妹のハンナと、あまり仲がよくない。権威主義的でベネディクスの風習を重んじるローザと、自由奔放じゆうほんぽうでやりたい放題のハンナ。そりが合わないのは、当然だった。

「なにも……ただ、そこへ寝るのは、ハンナになりましたが」

「ハンナお嬢様が? ……くじ引きかなにかで?」

「いいえ、自分からそう言ったのです。普段から貧民街に出入りしているようですし、きたならしい部屋でも、気にならないのでしょう。そうそう、その翌日に……」

 かくしてローザの話は、館に到着するまで、とぎれることなく続けられた。

「では、お母様に、ごあいさつしてまいります。出迎え、ごくろうでした」

 船から降りたローザは、正面玄関の奥へと消えた。

 あとに残された霧矢とセシャトは、あらかじめ打ち合わせたとおりに行動した。

 霧矢はまず、船の運転手に声をかけた。

「すみません」

「なんだ? 忘れもんか?」

「メラルダ様から、アルマさんの様子を見て来いと言われたんですが」

 運転手の男は、あからさまにイヤそうな顔をした。

 だが、言いつけとあっては、断るわけにもいかないはずだ。霧矢が期待した通り、男は不承不承ふしょうぶしょうといった感じで、エンジンを駆けなおした。

「しょうがねぇな。俺も用事があるから、帰りは歩いてもらうことになるぜ」

「ええ、かまいません。お願いします」

 そのとき、一羽のグリフォンが、霧矢たちの頭上を猛スピードで飛び去った。運転手はひさしの下から顔を出し、遠ざかって行くけもののうしろ姿を目で追った。

「おいおい、なんだありゃ?」

「え? 空港のグリフォンじゃないんですか?」

「ああ……ハンナお嬢様のだぞ。館のうえは、飛んじゃいけねぇってのに」

 グリフォンが空の一点と化したところで、男は座席にすわりなおす。

「まあ、どうでもいいこった。乗れよ」

 館の波止場はとばをはなれた船は、幹線水路に入り、だんだんと密度の濃くなる船のあいだを、ゆっくりと南下した。速度が一定したところで、運転手は布袋をとりだし、中身をあさる。ひとかたまりのパンがつまみ出され、男はそれにかぶりついた。

 霧矢はふと、自分が朝から、なにも食べていないことを思い出した。

 セシャトのほうを見て、

「……昼食にしようか?」

 とさそった。

「そうね」

 ふたりは、ランチボックスを開けた。サンドイッチが、ふたつ飛び出す。

 すきっ腹にぐいぐいとそれを押し込みながら、霧矢は、ぼそりとつぶやいた。

「ねえ……前提がまちがってるんだよ」

「前提?」

 サンドイッチを咀嚼そしゃくしていたセシャトは、口もとに手を当てて訊き返した。

「事件なんか起こってないのさ。機械が壊れてるんだ」

「それはないわ」

 セシャトは、十分にこなれたパンを飲みこむと、力強く反論した。

「最初の警報は本庁、二回目はわたしの端末。あなたの仮説が正しいなら、ふたつとも壊れてるってことになるわよね」

「うん、だから、ふたつとも壊れてるんじゃない?」

「わたしはトトとちがって、メンテをさぼったりしないわ」

 セシャトはスカートのすそで、指をぬぐった。

「大した自信だね」

 霧矢はあきれ気味に、そうつぶやいた。

「なんとでも言いなさい……ところで、オオカモメの正体に、心当たりはないの?」

 霧矢は残念そうに、首をふった。

「となると……パラドクセス・ハルモネンディ・シンドロームね」

「パラド……なに?」

「パラドクセス・ハルモネンディ・シンドローム。日本語で、矛盾調和症候群よ」

 セシャトは塾講師のように、ひと呼吸おいた。

「例えば小説で、『あるところに一匹のイヌがいた。そのネコはまだ赤ん坊だった』という文章があるとしましょう」

「……それは猫なの? それとも犬?」

 セシャトはしたり顔で、霧矢の目のまえに、ひとさし指を突き立てた。

「そう、そこが問題なの。すべての作者が、無矛盾な物語を書くわけじゃないわ。そういうエラーが生じたとき、物語は自力で、それを修正しようとするの」

「修正……? どうやって?」

「それは、物語のタイプと自由度に依存するわ。ノンフィクションなら、かなり現実的な調和になるでしょうね。例えば、ネコという名前の犬だとか、イヌという名前の猫だとか、そんな感じ。ファンタジーなら、犬から猫にトランスフォームする架空生物って線も、ありえるかしら」

 霧矢は、『海に凪ぐ人魚の恋』のジャンルを検討する。人魚や呪いが出てくる以上、ノンフィクションとは言いがたい。どう考えても、ファンタジーの一種であった。

「まいったな……可能性が広過ぎて……」

「ストーリーの矛盾点をさがしましょう。それが解決の糸口になるはずよ」

 霧矢は、頭をかかえる。この街でシナリオ上のミスをさがすなど、雲をつかむような話だ。本書を最後まで読んだ霧矢だが、おかしな印象は受けなかった。致命的な誤字があったようにも思えない。それともなにか、見落としている点があるのだろうか。

 ゆっくり記憶をたどっていくと、ある事実が、彼の脳裏のうりをかすめた。

「ねえ……カレンダーの狂いは、その症候群にふくまれるの?」

「カレンダーの狂い?」

「正確に言うと、こよみがおかしくなること」

 セシャトは、一段とマジメな顔になった。

「もちろんよ。心当たりがあるの?」

「心当たりって言うか……この作品、七月三一日が、消えてるんだよね」

「消えてる……? どういうこと?」

 霧矢は、アルマの薬屋でトトに話したことを、船上でくり返した。イラストレーターが、七月三一日のないカレンダーを描いてしまったこと、それにもかかわらず、物語のなかでは、その日の言及があること──セシャトは、するどく目を光らせた。

「重要よ……めちゃくちゃ重要だわ。なんで今まで話さなかったの?」

「そのパラドなんとかを、知らなかったからだよ。きみが言ったように、物語はムリヤリ辻褄つじつまを合わせたみたいだね。その一日は、『犠牲の日』と呼ばれて、人魚の魂にささげられたらしいから。こんなの、原作にはなかったよ」

「人魚の魂に? それって事実?」

「……わかんない。街には、そういううわさがあるんだってさ」

「それじゃあ、決め手にならないわね。もっと証拠が……」

「おーい、おふたりさん、もうすぐつくぞ」

 ふたりの議論をさえぎって、船は貧民街へと到着した。

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