第一話 男とスキマ妖怪
以前は東方のクロスオーバー小説を投稿していた、きれぇ丸です。
もう「小説家になろう」では二次創作の波が去ってしまったかもしれませんが、何卒よろしくお願いします。
うららかな昼下がり。外でひとっ走りでもすればさぞかし気持ちいだろうが、せっかくの休日でわざわざ体力を使う気はサラサラ起きない。
だからこそ、布団から一歩も出ずにゴロゴロしているわけである。
「あー」
なんもやる気がせん。かと言って、別段眠くもない。
しばらく呆けていると、最近バイトが忙しくて積んでいるゲームのことを思い出した。買ったはいいが、なにせ時間が無いのだ。昼は大学、夜はバイト。自分で決めた方針とはいえ、こう何日も休みが無いと精神的に辛いものがある。
掛け布団を押しのけ、枕元に畳んで置いていたシャツの袖に腕を通す。時計を見れば、現在の時刻は午後1時。昨夜床に入った時間を鑑みれば、幾分寝不足のようだ。
そこで、とある異変に気がついた。
部屋の中に、オレ以外の気配が一つ。
合鍵を渡している相手なんかいない。つまるところこの気配は、オレが歓迎している相手ではないということだ。
しかし――この気配には、嫌というほどに心当たりがあった。
「ったく、最近見ねぇと思ったら……」
毎回、必要な時に来やしない。そのくせしつこく、いくら嫌だと言い続けても懲りずに嬉々として襲撃してくる。
「あら。おはよ、由良」
「おはよじゃねぇ。いつもいつも不法侵入しやがってこのスキマ」
ご丁寧に自分用のマグカップにコーヒー(高級)を淹れ、まさしく今オレがしようと思っていたゲーム(新品)に興じているこの少女こそ、オレの目下の悩みのタネであった。
「で」
美味いはずの豆が何故か不味くなる不思議な体験をして、まぁ落ち着いた頃。
相変わらずTV画面と睨めっこしているバカを眺めながら、その不味いコーヒーを啜っていた。
現代とは酷く時代錯誤な服を身に纏い、これまたお伽噺にでも出てきそうなほど幻想的な顔立ち。
しかし慣れとは怖いものである。腐るほどに長いこと見続けた結果、今となっては少々面倒くさいという評価を下すことができるまでだ。
「また来たのか」
「当然。時間はたっぷりあるもの、貴方が首を縦に振るまで諦めるつもりは無いわ」
いい迷惑、とはまさにこのことを言うんだろう。毎度のことでもうとやかく文句を言う気も起きないが、とりあえず面倒くさい。
そんなオレに僅かな遠慮も見せず、彼女はのんびりと文明の利器に興じていた。
「――多くの同胞たちを招き、泡と消えるはずだった人々たちを受け入れたわ。後は、その功労者たる貴方が腰を降ろすだけ」
なんつー勝手な言い草か。苦労はしているが、別にオレが好きでやっているんだ。確かに何の面白味も無い質素で人間臭い生活だが、なんも不満なんて無いしな。
しかも受け入れたって……人間たちに限っては、閉じ込めたと言った方が正しいだろうに。
「別にオレは、こっちの生活の方が性に合っているんだよ」
「何言っているの。こちらにはもう、貴方を知っている者はほとんどいないのよ」
彼女の名は、八雲紫という。妖怪だ。
忘れられた者たちの楽園、幻想郷を確立させた賢者でもある。
そんな賢者が、何故オレをここまで執拗に勧誘するのか。まぁもっともな理由があるんだが、それは紫の尻拭いであり、オレの意思とは全くの逆方向のものだ。
当然なんのメリットも無いオレには従うつもりなんて無いし、長い長い付き合いだといっても、わざわざ火中に飛び込みたくは無い。
TV画面にはGAME OVERの文字。紫はゆっくりとコントローラーを置き、オレと向かい合う姿勢になった。
「確かに、鬼たちがオレを所望しているならオレにも責任の一端は有るだろうよ。
だが、それは人間に甘い蜜を吸わせすぎたお前の落ち度だ。いくら人間が弱い立場にあるとはいえ、食いつ食われつの関係は無くてはならない建前なんだぞ」
妖怪は人を食い、人は妖怪に食われ、妖怪を人自身が退治する。それは、幻想郷という過去のシステムによって成り立つ小さな世界の運営条件。
人間を守るきまりばかり作り、妖怪のアイデンティティを脅かした代償だ。
「お前が敷いた掟の穴を利用して、鬼たちがどうしても反撃できないような攻め手で人間たちは鬼を打倒する。鬼は嘘を吐けない、そうだろ?」
良くも悪くも正直な鬼は、一度約束をしたら二度と破ることは無い。逆に破られたならば、例え女子供が相手だろうと容赦なく殺しに来る。
そんな最強種と呼んでも謙遜ない鬼が、人間の汚い企みにより苦汁を舐める。キレる理由としては十分だろうよ。
「……で、本心は?」
「シティー派なんでね、悪いね」
色々御託を並べたが、ぶっちゃけ田舎は暇すぎるんです。
シティー派と言いきった由良の様子に、紫は大きなため息をついた。
「シティー派って貴方……やっぱり、無理矢理閉じ込めた方が良かったかしら」
「あの田舎臭さはたまらんけど、やっぱりこっちの方がいいわぁ」
由良はテーブルの上に投げ出されたタバコを手に取り、慣れた手つきで火を付ける。
幻想郷の創設に際し、当初結界が無かったころ。
特別プライドが高く、事実上一人の妖怪の傘下に収まることを良しとしなかった妖怪たちを黙らせたのが、古くからの知己たる坂本由良その人である。
鬼たちが「由良はよ」と急かすのも、この妖怪が圧倒的に不利となった状況を打開する、一番の手段だと考えたからだ。
「元々弱い立場だった人間からしたら当然の措置かもしれないけど、もう少しフランクに行ったらどうだ?
こう、遊び心を加えるとか……」
紫煙を吐き出し、由良は身ぶり手ぶりでイメージを伝えようとする。
しかし紫の心中は、呑気に一服している由良ほど穏やかではなかった。
「……はぁ」
本日二度目のため息。迫り来る有害物質を手でパタパタと仰ぎながら、心底疲れると本音を漏らす。
「ほんっと、貴方って鈍いわよね」
「おぉ?」
彼自身いたって真面目に生きているつもりかもしれないが、彼を少なからず意識している者からすれば心中穏やかではない。
その性質上、彼を一点に留めることは出来ない。先の話と同じように、妖怪にしても何にしても、自己同一性というものがあるのだ。
「ま、別に絶対に行きたくないってわけじゃあないし」
「ほんとッ!?」
うって変わって態度を180度転換させた由良に、紫は思わず身を乗り出して声を荒げる。
そんな紫の様子を気にも留めず、由良は続けた。
「お前が、幻想郷を完成させたなら――その祝いにでも顔を出してやるよ」
彼が嫌がっている理由は、面倒事が多いから。鬼、天狗、神々、霊、閻魔、死神……後ろ二つは別として、彼は幻想郷に多くの友人がいる。
そしてほぼ全員が、何らかの理由で由良を慕っているのだ。悩みがあれば、直ぐに相談を持ちかけるほどに。
「ま、頑張れや」
外の世界にもたくさんの知り合いが出来た今、それらを蔑ろにしてまで苦労するつもりは無い。由良は、そう言っているのだ。
紫自身、そんなことは解っていた。
しかし――ゆらゆらと所在ない彼を拠り所にしている彼女にとっては、どうしても彼の来訪を諦められないのである。
そう。他でもない、彼女自身の為に。
結局、八雲紫はもう一杯コーヒーを飲んで渋々退散した。
ようやくうるさいのが言ったとばかりに、本日六本目のタバコを咥える。と同時に、充電器を突き差したまま布団の上に放置してある携帯電話が、無機質な着信音とともに振動する。
嫌な予感とともに酷い疲労感が由良を襲った。
現在午後2時。由良と同じ曜日を無理矢理休みにし、大体この時刻に連絡を寄越す人物と言えば――
From 蓮子
To 由良
本文
アタシん家集合!
「ですよねー」
いざ携帯を開いてみれば、やはり由良の予想通りの人物だった。