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※ 蛇足的な話 一応師弟の小話。魔導の設定が分からないよ!という方のための話とも。まあフィーリングで楽しめるというかたはわざわざ読まなくても大丈夫だと思います。

一応対話形式なのですが設定羅列的になってしまったので、

読んでやってもいいぜ、という方どうぞ。

とりあえず頑張って読みやすい会話の流れを構築しようとしたのですが。


長ったらしい設定はNO!という方、フィーリング型の方は回れ右でも大丈夫かと


「私の中に住む者を、私は大切にしたい」


         ――導師 矢本吉太郎



「神々とは神の意識の機構、制御と管理を委任された存在でもあり、また幻想でもある」


         ――二一世紀のある新しき魔導士の言葉

         

         

         

         

         

         




一人の若い、若すぎる女が深く椅子に腰掛けている。


蒼い、通常の世界では有り得ない髮色。


齢は一〇を越えるかどうか、というところか。



そしてまた一人の老いた男がいる。

彼は組織の正姿として蒼いローブに身を包み、椅子に座る女の傍に侍る。


二人の眼差しの先、

年の頃20を越えるかどうかの、見目良い、しかしどこか細く頼りない青年。



彼らは、何事かを熱心に話し合っている。


いや、正しくは話し合っているというよりも、青年が教示を受けているのだろうか。



「では、魔導とは、一体なんなのです?」


青年が聞いた。


そして老人は嘲るように笑った。


小さな女は無表情を一切動ぜず。



「まさか孤島の名門、あの歪な離宮島、迷宮の一族にそれを聞かれるとはな」


老人にしては若々しい声。


青年はしかし、表情を変えず、真剣な眼差しで老人と女を見ている。




どこかの書斎、赤い絨毯、蝋燭の燈り。


嘆息し、老人は力のこもった眼差しを生み、今度は皮肉気に笑った。


「このような熱意をもった若者を、閉じ込め、そして歪め、

あのような弱卒を当主に据えるとは、名家の名が聞いて呆れる」



「ヤモト」



水のように澄んだ声。


波打った水面の響きに従うように、老人は急に声を低く落とした。



「相分かった、ヨシタカと言ったか……貴様に答えよう」



青年は、ヤモトと呼ばれた老人から目を離さない。



「魔導とは何か。


ふん、まず、前提からだ。


何分難しいが、やってみようか。とはいえ長い話になるだろう。


しかしまあ、話半分でもよい、後でそういうモノを、一から学び行くのが普通なのだからな。


……さて、まず問おう。


世界とは客観的世界と主観的世界の二つが存在すると仮定できる。


これは分かるな?」


青年は頷いた。


「そうだ、人は己の認識するように世界を認識する。


お前を中心とした、お前が存在するゆえに存在する世界を主観的世界と考えよう。


お前を真ん中に置いた、お前が認識できる全てだ。


耳、舌、鼻、手、目、それを使って作られる世界。


……これは個々人によって違う、当然のことだ。


色覚異常の人間の赤と、貴様の赤は違うように、

また同じように、

お前の世界、お前が見る電柱と、他人が見る電柱の印象も、形も、完全に同じとは限らない」


「哲学の話ですか? 認識の」


問いに、老人は首を振る。


「そうだ、しかしそれは問題ではなく、またこれは前提だ。


……この個々人の認識により違う、あるいは個々人があるからこそ存在するとも言える世界を、


個々人の見た夢、魂にある世界で塗りつぶす。


個々人の認識する主観世界を、客観世界へと浸食させる」



――これが大まかに言った魔導だ。


青年は頷く。しかし不満気だ。


老人は頷き、話を続ける。



「分かっている。


今の説明は説明になっていない、だろう? 曖昧で、大まかに過ぎるだろう。


――ところで、ヨシタカ、貴様は神を信じるか?」



しばしの間、やがてヨシタカは頷く。


老人は嬉しそうに笑う。


「そうだ、神の実在、あるいは神的な何かの実在は、魔導の基本。


疑い得ない真実だ。


しかし、その真の意味を貴様は知るまい」



青年は、不思議そうに、首を傾げた。


少し溜めて、老人は、ローブ姿の老人は、囁くように大声で話を再開した。




「――この世界は、神の夢だ」


……


…………



「……意味が分からないという顔だな。

――文字通りだヨシタカ。


この世界は真実、神の見る夢なのだよ。

あるいは我々が、神と呼ぶ何かの見る夢と言ってもよい。

神とされる一人の人間の夢かも知れない。

遙か上天に住まう一個の生命の魂の中に住んでいるものかもしれない。


ともあれ、間違いなく私たちは神の内にいる。

神の魂の内で、神が夢見る存在として生きている。


広大無辺、無限にも近しい次元の、あらゆる可能性を持った夢に生きる存在。


……それこそが私たちだ」



ヨシタカ青年は首をますます傾げながらも、


しかし次第にその意味するところが理解出来たのか、


徐々に顔色が明るくなり、そして驚愕が生まれた。



それを、冷たい、一切微動だにしない顔で眺めるのは女。


理解の早い生徒を嬉しそうに眺めるのは矢本老人。



「そう! 我々は神の中で生きている。


我々は夢の中の存在だ。しかし意志を持っている。


複雑か?

この現実世界が、肉が、匂いが、そして音が、夢のような曖昧なモノと思われないか?


だが、この世界は、我々は……夢を元素に生きている夢中の存在なのだ。


……言いたいことが分かってきたようだな。いやそれともますます混乱に包まれたか?


だが続けさせてもらおう。


さて、そうだな、私たちもまた夢を見る。


それは我々の中にも魂はあることを意味している。


それはつまり、我々一人一人も、


また一つの夢の世界の造物主ということではないかね?」



沈黙。


老人のしわがれた息づかいのみが響く。


「私たちが見るこの世界を我々は現実という。


神から見れば夢で、神にとっては己の内にある空想のようなものかもしれない。


だから実のところは、この世界は曖昧で、神の見る多くの夢と交雑するようなものかもしれない。


ただ、一つの事実を思い出せ。


我々も夢を見る。


曖昧で、魔素を含んだ可変性の肉を持った我々は、しかし夢を見る。


魂という閉じた世界を意識に映し出し夢として見る。


そして神の見る夢がこうして生きている、我々のように生きて確かにあるのなら。


……我々の見る夢もまた生きて、そして確かにあるのではないか?


当然、それは私たちの生きるこの現実よりも、より曖昧なものかもしれないがな」



調子が乗ってきたのか、一気呵成に言葉を進める一人の老人。


愉快そうな喜悦。


「私たち・我ら・己、は神の一部であり、その内に住む、故に鮮烈な祈りは、

神というモノに届くし、願えば、神の意識の中に浮上することができる。


この世の全ては神の表れと、すべては神の現れと、この世は神の見る夢と理解せよ青年。


そして、私たちの見る夢の世界、それを現実に、神の見る夢、つまりこの現実世界へと表出する。

これこそが魔導だ!」



青年の顔には、理解の色。

そして驚き、恐怖、絶望、希望、それらが混在化した表情。


氷の彫像のように一人の女は動かず。


一人の老人は、ローブを激しくはためかせて興奮に浸る。



「とはいえ無に有を生じることは、そう生やさしいことではない。


あるいは何かがあるところ、満杯である器に、新たに水を流し入れることは不可能だ。


それが魔導だとするのなら。水は入れ替えねばならない。


魔素マナと呼ばれるものは、世界に満ちている。あるいは世界を構成している。


これを己の夢と置き換える。


置換し、現実に己の世界を造り出す。


まるで彫刻家のように、石を削るようにマナを削り、そして世界は現れる。


そうしてお前の夢見た仮想の世界――魂の世界は造り出されるのだ」


「……魔素とはなんなのですか?

そして……なぜ我々はそれが可能なのですか?」


――そもそも、と理解したようで、しかし未だに理解しきれていない青年が言った。


「マナとはな、簡単なことだ。


それは曖昧なモノ。もやだ。


貴様も経験にないか? 夢を見たときに視界の端に掛かっている。


あるいは焦点をおいた場以外を覆い隠すようなやわらかな、白とも灰とも黒とも言えるあのもやを。


神の見る夢のもや。それがマナなのだヨシタカ。


可能性であり、変化の源であり、神の意識である。

そして可変し、いかようにも変化する曖昧なもの。


それがマナなのだヨシタカ。


そしてそれはなヨシタカ、我々とはそう遠くも無いモノだ。


貴様も感じたことはないか?


うっすらと思い出せないか? あるいはいつの間にか意識のうえに浮かび上がらないか?


さあ、目を潰れそして思い出せ、

あの暗く、あの白く、奇怪な感触を覚える、まるで暗い映画館で、古ぼけた白いスクリーンに掠れたように映し出される映像を見るような夢の情景を。


あるいは、感じたことはないか? 体験したことはないか?

真実そのものであるかのように実感できる、奇妙に明るくしかし突拍子もない、あの一連の夢での情景を。


崖下、塔の下、建造物の高みより墜落する実感を。


火口から、地獄から、大地から、遙か天に飛翔する感覚を。


味わったことはないか?


なにもかもがありえるということ。


その世界にある、あの曖昧さ、次に何が起こるのか分からない無限の創作の可能性。


変化と唐突さ、それらの無量の源泉たるもの……それこそがマナ。


神の夢たるこの世界は全てその曖昧マナで構成されている。



そしてその魔素、それを使って……神の見る夢にして神の魂に住まう我らは、


己が見る夢と魂に在る物者ものもの


それらを描き出すのだ。曖昧ゆえに世界は実のところ如何様にも変わることが出来るのだ。


夢ではどんな突飛なこともあり得る。夢に現れる登場人物は好き勝手に動き出す。


そしてどんな奇怪なことも、己の現実と思っているこの世界にはありえないことも、容易くあり得る。


それもまた夢らしいことだ。


……我々は夢に生き、そして夢を見るのだ」



青年は理解に苦悩し、呻く。


あるいは理解出来たからこその懊悩が呻きとなって漏れ出たのか。


「……つまり、私たちが見る夢とは、私たちの魂の内側の情景ということですか?」


「今の会話の流れで、それしか分からなかったのか?青年。


……だが、そうだ、その通りだ。

無意識的にしろ意識的にしろ、我々が見る夢は、我々が望んだ世界だ。

作り上げた世界と言ってもいい。


……我々が現実を生きている最中、そして眠っている最中も、我々の魂の中では、

我々が作った、願った存在が生きているのだ。

私は、私の中に住む者を私は大切にしたい。彼らは今このときも私の中で生きているのだから」


「それは、本当のことなのですか?」


「ああ無論だ。無論だとも青年。

我々は生きる、我の魂にある者も生きる。


世界にあるもや――神の見る夢に、つまりは我々が認識するこの現実世界に、

私の見る夢をどれだけの精度、精密さで再現できるのか。


そしてどれほどの大きさで、どれほどの範囲を、どれだけの質で現せるのか。


その技量を競い、あるいは求道する者、それこそ、


――それこそ魔導士だ!


神秘に生きる夢と魂の彫刻家、己の魂の造園家、そして一つの世界の造物主。


これらは事実ある。私はあると、この矢本吉太郎はあると確信している。


ならばいま私が長々と説明したことも、確かにある、のだ」



青年は頭を垂れる。


女は動かない。


「では、私の見る夢、あの図書館、迷宮のような図書館は」


青年は胸に手を当てる。


「ここにあるのですか?」


「――確かに、そしてこの上なく」


「曖昧で、狭く、不確かなあの夢の世界と、この確かな、何もかもが存在する、

この現実が同じようなモノとは思えません」


「それを整備するのだ青年、魔導士を志すものよ。


魔導士の能力、位階とは。……いやもっと正しくは魔導士の在り方とは。


夢の世界、また仮想の世界、また空想の世界をどれほど現実世界へ浸食出来るか、

そして速さや、精度や、規模や、高さを求めることだけではない。


己自身と、そしてその魂をどれだけ丹念にそして誠実に耕したか、だ」


「……それは、私の魂の世界、私の夢の世界は、また私が願った世界でもあって、

それは私が、強い意志と理性を持てば干渉する事が出来る、と言いたいのですか?」


青年の言葉を喜ぶように、老人は笑った。


「……そうだ。その通りだヨツキヨシタカ。


貴様自身が意識していなかった暗い願望や欲望、

あるいは抑圧され、押し込められた感情や記憶、

貴様の人生を決めることとなった、貴様の人格の形成の核となった様々な経験に記憶。

また忘れていたそれら。


そういった無数のモノの表れとして、夢はあり。

夢の世界は在り、己のそういった出来事の象徴として夢に現れる道具がある。


そうだ、多くのモノが貴様の魂の世界を作るのだ。


いや、人の魂の世界、人が夢に見る世界を形作るのだ!



……例えば荒廃した、無数の燎原の火に包まれた世界。


あるいは無数の住民がお互いを犯し合っている世界。


あるいは湖面のみが存在し一人の釣り人が住む世界。


あるいは宇宙そのものとも言える世界に無数の空想生命が住まう世界。


そのどれもが人が好む好まからずに願い、人が生み出しざるを得なかった様々な想いの現れだ」


「では、私の世界は、そして時折、見えるあの景色は……」


「詳しくはわからんよ、私は貴様ではないのだからなヨシタカ。

その風景をここに現すことができれば、また別だが。


見もしないで、貴様の世界を判断は出来ん。

夢判断は恣意的なモノになりがちなのだ。


……ともあれ、その世界は魂にある。


個人がいつもいつも夢見る魂の世界は。

しかし曖昧で断片的だ。


それでも、我々はその世界を、こうして此処に現すことが可能なのだ」



老人は、言葉を切って、そして手のひらを天井と平行にして掲げる。



『火の切片、氷の残影』



老人が詠唱し、現れたのは、蒼く燦めく炎。



「これは私の世界の最小の構成単位。

道具級の顕現だ。

私の魂の世界。いつも夢見る世界を、詠唱を鍵に、あるいは幻想の糧として、

強く想像し、感じる魔素マナへと置き換えた」


青年は、口を開けて、呆然。


それは美しい炎だった。



『火の切片、雪の切片、切り株の陰、大木の冠雪』




そしてまた、変化が巻き起こる。


書斎は塗り替えられ、壁は消え、周囲を囲むのは大木の輪。


そして部屋の中心には切り株。



降り積もる雪。空は雪を載せた大木の手に覆われ、


切り株の中心には小さな蒼い炎が燦めいている。



見れば、小さな女が座っていた椅子もまた切り株になっていた。



「これが小屋あるいは部屋ルームレベルだ」



青年は、その情景を綺麗と感じて、そして次に寒いと感じた。


「これが私の魂の中にある世界。

私が夢見て、私が育て、作り直した世界だ ――どうだ?」



青年はぼうと、世界を見ている。



「美しいか?

ともあれここまでの物を造るには、才能と弛まぬ整備と訓練が必要だ」


「整備?」


「そうだ、私たちは、夢を世界へと現す。

しかし夢とはそもそも断片的だ。己の核となった経験を中心とした、曖昧な世界。


世界に現すには不備多く、支離滅裂なものだ。


そこでそれを使えるモノ――明確なモノとするためには、

先ほども言ったように己の空想の世界を整備する必要があるのだ。


悪夢の世界でなく、理想の輝く空想世界へとな」



老人が言うと同時に、世界が元の書斎へと戻った。


「空想の世界は現実にあるものではない。


置き換えられた魔素自体が元の状態へと戻ろうとし、

また夢見る神の無意識が、このあるべきではない状態を元に戻そうと負荷をかけてくる。


世界は神の夢であり、その多くは曖昧さを内包しているからこそ、

こうして私たちが一時的に自らの世界へと変貌させることができるが、


しかし何時までも、永続的にこの現実世界に在ることはない。


それこそまさに夢、現の夢の如く、一時の幻として消え去る運命にあるのだ。


だから……ほれ、こうして維持を放棄すれば、この通り、あっという間に元通りよ」



そしてまた、暗い書斎の中、ゆらめく蝋燭の燈りの中で、老人は滔々と話を続けた。



「整備とは簡単だ、貴様の強く望むもの、理想とするもの、あるいは己の思いを持って、

己の夢の世界をより精密に造る。


庭園に樹木を植え、花を植え、犬を置き、道を整備するように。

己の世界をより確かな物として作り上げていく。


まずは己の心の庭園にある道具からだ。

夢の世界であり魂の世界である我々の世界にあるものは皆、何かを象徴している。


例えば鞭が鮮明にあるいは多く登場する少女の夢。

その少女にとって夢の鞭は己の虐待の記憶、怒りの感情、

そして加虐と被虐の象徴であるかもしれない。


それはしかし曖昧で、己の感情と結びついている。


だからそれを克明にするため、眠りに付いた折にそれらを確かな形にするために、

その少女は努力する必要が在る。


その道具と向き合い、その道具を認め、己の世界へと置き直し、

そしてその鞭に理想を仮託し、あるいはもっとファンタジックな、楽しいモノとして、

自らの意志で置き換える必要があるのだ。


そして現実へと変換された鞭は、特別な異能を持って、彼女の望んだ異能をもって現れる。


また例えば、小屋の位階であれば、夢の世界を一つの小屋の分、確かに整備し、それを実在する物として、魂に打ち立てる必要がある。


その内装、その部屋の効果、物理条件、道具、用途を設計する。

かつて夢見たそれを確かなものとし、支離滅裂な曖昧さを形のあるものへと置き換える。


こうして魔導士は、己の理想の世界、あるいは悪夢の世界、象徴の世界を、より精緻に造り変える。



魂の世界とは抑制された悪夢、制御された空想、理性的な狂気に他ならない。


その開拓、己の魂の広大無辺をどれほど広げたのか、


それがまた魔導士の位階として考えられているのだ。


そうして造られた世界は、生きた世界でもある。


それまで混沌とした宇宙、無意識と感情、憎悪と希望が入り交じった無秩序の中を生きていた夢の住人達は。

その整備された小屋、館、城、都市、国、大陸に住み生きることとなる。



勿論それはこの現実とは似ても似つかない、独自のルールと現象に満ちた世界だがね」



青年は納得、あるいは理解と疑問、あるいは恐怖の入り交じった複雑さを顔に見せている。


そして口を開いた。


「その魂の整備、でしたか?


……それはどうやって行うのですか?」


好々爺然とした顔で笑うヤモト。


白い髭、禿頭、刻まれた皺が揺れる。



「理論は簡単だがな、実践は簡単ではないぞ?


まず強く念じ、そして思い、眠りに就く、あるいは仮眠、あるいは白昼夢、あるいは夜の眠り。


そのどれでも良いが、ともあれ眠りに就いた時に、己の意識を持って、魂の世界を整備する。


例えば、館級、城塞級の魔導士はその世界で人が暮らしていることが多いだろう。


夢の世界という、

様々な異様があり得る世界で、その魔導士が意味や理想をもって、己の心に人を造る。


意味をもたせて、あるいは己がこうありたいというような人や道具を造るには、


強靭な理性と奔放な想像力、抑えきれない程の感情をそれぞれ制御し、

また細部まで、

想像にありがちなあの曖昧さを持たずに、人や道具を脳裏に描き想わなければならないのだ。


まあ人を造るというのは、かなりの難易度だ、

……まずは物質や現象、もっと己の記憶に刻み込まれた、

忘れ難い記憶や経験を象徴するようなモノから取りかかった方がよいだろうな」



理解出来たか?と言ってニヤリと笑う老人。


青年は苦悶に似た表情を浮かべながらも、頭に手をやり、


そして言葉を絞り出す。



「……どうにか」


「優秀だ、孤島の名門、四木の天才。


最後に付け加えれば、

己の魂にある世界を、大きく豊かに、精密に、細部まで造り上げ。


多くの象徴、一つ一つ意味と用途の違う想像や仮想を付与し、

練り上げたその世界を、現実に生み出す存在をもって、最高の魔導士と言えるのだろう。


願わくば、期待の新人たる貴様にその頂にまで至ってもらいたいものだな」



満足そうに頷き、老人はそうして講釈を終えた。


そしてその場には、


大きく口を開いて笑う老人と、


最後まで微動だにしなかった女と


自嘲するように笑う一人の青年の三人が。


2021年のことだったが。



確かにそこにいた。

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