交渉 出発
「大陸に匹敵し
王国を作り上げ
都市を制御し
城塞を構え
館を持ち
小屋に住み
道具を操る」
――導師 矢本吉太郎
「第一の秘蹟は、大陸を造り出しましょう。
第二の秘蹟は、並ぶモノ無き異形の王国を現しましょう
第三の秘蹟は、貴方の夢見た都市が立ち並びましょう
第四の秘蹟は、城を建造し、一つの広大な範囲が貴方のモノになりましょう
第五の秘蹟は、館あるいは一つの家に困ることがなくなりましょう
第六の秘蹟は、快適な一室、様々な道具を収めた小屋や倉庫を呼び出せましょう
第七の秘蹟は、便利なことに、貴方の欲する道具がいつでも手元に貸し出されるでしょう。
姫、以上のことから私たちが常に何もかもを吸収し、
そして自らの王国を一つ一つこと積み上げていくことが、どれだけ大切なのかが分かるでしょう。
石瓦の一片から、住民まで、その貴方の世界を、世界に造り出すことが秘蹟です。
強く、高い精神をお持ちくださいませ、姫」
――王国暦555年 宮廷秘蹟士バルザックが第7姫アーバルシュタトに告げたとされる言葉。
1
地に伏せていた獣たちは消え去った。
そして目前には槍を構えた騎士アレーアと、
赤の書を構えた俺。
右手には迷宮のミニチュア。
「貴様、何者だ」
当然のように警戒している。銀騎士。
俺は真顔だ。
ここからが正念場であるのだから。
「言っただろう? 通りすがりだと」
うむ、気障な物言いになってしまった。
案の上、目前の騎士の頭部に青筋、思った通り、こういった物言いは好まない性質らしい。
「今の術、第四秘蹟」
睨み、言う。美しいが射殺すような目をしている。
不審者、いや敵を見るような瞳。
「第四秘蹟とここでは言うのか?」
「そんなことはどうでよい、
……貴様、何処の手の者だ?」
俺は喉で軽く笑った。
眼の前の騎士の気勢が可愛らしく思えたからだ。
「騎士エルデルは、第五の秘蹟、もしくは第四秘蹟に掛かるかどうかというところか?
推測だが」
「質問に答えろ」
声音は変わらず、目元も鋭い。
それでも些細な反応から、彼女が図星を突かれたことが把握できた。
「異世界の者、と言って信じるか?」
試しに会話のジャブ。
傍から見て、異様な光景だな、これは。
多分俺は、騎士の言動から、そして自分自身の推測からだが、
多分14~5歳の少年に見えるのだろう。
それが一回りも歳が違って見える、精悍な女騎士を圧迫しているのだから。
「戯言を」
騎士は吐き捨てた。
「戯言でもあるまい」
何を言うつもりか、と睨みを強めるアレーア。
「俺は本当に異世界の存在だ。
あるいはそれが信じられないのなら、遙か他国の存在と考えよ。
そしてまた、俺が年相応であると考えるのも止めてみたらどうだ?」
「……信用できんな」
騎士は睨み続けている。目が痛くならないのだろうか。
しかし鋭い眼光、そして冷たい研ぎ澄まされた殺気だ。
「考えてもみろ、第四秘蹟を使える無名の存在が国にどれほどいる?」
これは半ば賭であった。
館の位階(第五秘蹟)を越えるかどうかというこの騎士アレーア・エルデルの自負。
そして俺が城塞の位階(第四秘蹟)の魔導をあの精度で使ったことへの驚き。
そこからの推測として、この世界でも、城塞にまで至る者が少ないのならば、
「……む」
騎士は眉尻を少し緩めた。
草原に吹く風に、髮を煽られている騎士は警戒をほんの少し緩めたのだ。
「どうだ?」
「……秘匿されていた無名の秘蹟士かもしれない。
あるいは雇われた暗殺者かもしれぬ。
世界は広いのだ」
「そう、世界は広い。
だが、考えても見よ、私は先の村でも怪物を屠り、
そして今もまた、怪物を屠った。そして騎士殿を助けたではないか。
私が敵対する存在であれば、どうだ? そんなことをしたか?」
騎士は鼻で笑う。
槍を構え、力を込めている。
「それこそ、演技である可能性も捨てきれないだろう。
面妖な餓鬼を信用して、後ろから刺される、操られる。
姫を罠に嵌め、死に至らしめることになりかねない」
「ふむ、最もな話だ」
俺は楽しくなってきた。
口ぶりが、若かりし頃の勢いを取り戻し、
そしてまた、晩年、狂気に墜ちた時の狂熱をも内包する。
「では、どうかね?
ここで私を殺すかね? 見逃すかね?」
俺は書に力を込める。
とは言ったが、この距離の一体一の戦闘では分が悪いだろう。
本来ならば俺はこの距離では詠唱の隙を突かれることになる。
ただ現在は朱の本が手元にある。
これはタイムラグが殆ど無い、それ故、運試しにもなるが、そう易々と殺されることは無いとみた。
「……むう」
騎士は唸った。
様々な思惑が、思考が脳裏を巡っているのだろう。
「ふむ、君の主には敵が多いのだろう?
騎士殿が死んでも元も子もないと思うがね」
嫌みったらしく言う。
自然このような口調になってしまう。
覚醒してきたのか? あるいは若さを取り戻したのか。
我ながら嫌な餓鬼だなぁ。
ともあれ、先ほど、騎士が口を滑らせた情報を口にする。
己の失言に気付いたのか、騎士はこちらを睨む力を強くした。
「気に食わんな」
「結構、さて俺は異世界人だ」
まだ言うか、コイツ、とでも言いたげに、騎士はこちらを睨んでいる。
「とすればこの世界に地盤がない、己の存在に裏付けがない、それは不便だ」
「それがどうした」
「どうだ? 俺を貴様の雇い主の下に連れて行っ」
槍の突き込みが来た。
一拍の動作で、無駄なく、蛇のように合間を縫って、
俺の首元に迫ろうとする――のを俺は火で阻んだ。
「くっ」
「俺はこの世界では真っ当に生きたいのだ」
「繰り言を、先ほどからぺちゃくちゃと、餓鬼が」
「騎士殿よりも歳上なのだがなぁ、俺は」
騎士は未だにこちらの隙を窺っている瞳だ。
目には怒りと不信、この騎士殿の心は、人を阻む銀と水晶によって出来ているらしい。
「騎士殿の主は敵が多いのだな、そして騎士殿はその尖兵というところか?
普段からこの辺りに任を持っている騎士という訳ではあるまい」
騎士はなぜそれを?と不信を色濃くした。
「推測だ……騎士殿の任務、これは急なものであったのではないか?」
「……」
「肯定か、先ほど刑門、おそらく番所の類に俺を置いていくと言った。
つまり、これは本来騎士殿の仕事ではない」
「それが、どうした」
「想像に過ぎないが、頼まれたのではないか?
そして騎士殿は、主の立場を考えてそれを断れない」
相変わらず月は明るい、風も冷たい、
そして雰囲気は暗い。
それでも俺は構わず饒舌だ。
「先程の村の敵、今戦ったものよりも恐ろしいものであったよ」
目を見開く騎士アレーア。
信用できない俺の言葉、それでもそこに真実味を感じたのか。
「騎士殿は嵌められたのではないか?
騎士殿を殺めるための、騎士殿の主の駒を潰すための策に」
主の命。
急な頼み。
恐ろしい敵。
幼女の態度。
襲ってきた敵、しかし騎士のみを狙う。
名前を呼んだときの不審な態度。
何もかも疑うような騎士の姿勢。
そして姫には敵がいる。
「主の命と言ったがこれは本当に主の命だったのかね?」
瞬間。
騎士の脳裏に稲妻が走ったかのように、目を見開き、驚いた。
「……まさか、いや、ハフカース伯爵かっ!?」
と驚きを言葉にした、後に、しかし気を取り戻したのか、首を振り、また俺を睨んだ。
「しかし貴様は信用できぬ」
「そのようなことを言っている場合か?」
「ふん、貴様も言っていたであろう、姫には敵が多いのだ。
貴様が手の者でもおかしくはない、そしてこの策略自体の構成員ではないと誰が言える?」
キリがない、決定的な交渉の材料がない。
楽しい、しかし不毛だ。
そして材料はないわけではない。
一つある。
「少し待て」
言って俺は、赤の書を地面に叩き付け、その魔素を全て火へと転換した。
およそ二〇秒の燃えさかる豪炎の壁。
『赤の本 一』
そして俺は唱え、謳った。
燃える草原、地面の中で。
驚きこちらを睨み警戒している騎士アレーア。
それらを笑って、見て、そして詠んだ。
……
…………
………………
そして騎士は頭を垂れて、俺を認めざるを得なかった。
俺は頷いて、そして二人で進むこととなった。
2
あれから歩き通しだ。
騎士アレーアに従って、俺は道を歩いていた。
「『工匠』」
アレーアが憮然とした顔で、しかし畏怖を込めて俺をそう呼んだ。
彼女は認めたのだ、俺を。
そして彼女は選択した。
俺を取りこむ方が早いと。
「単純な暴力が大きな者は、小賢しいことを企まない」とまでは言わないが、
それでも直裁を好む。
彼女はそれを知っていた。
そして、俺もこの世界についての知識、俺の足場が欲しかった。
その結果がこれだ。
「ヨシタカでいいのだぞ? 騎士エルデル」
「ふざけたことを言うな」
変わらず冷たい目でこちらを睨むのは、やや前を歩く騎士アレーア。
「態度が変わらないのはよし。
事実この至近距離ではお前の方が圧倒的に有利だ。
実際、俺はお前に近接されたなら、呆気なく死ぬぞ?」
沢山だと言うように大きく嘆息し、
騎士エルデルは、無表情を作る。
「ふむ、ともあれ信用したか、あるいは俺を利用する腹づもりか」
「そういうことを自分で言うな餓……ヨシタカ」
などと話をしていた最中。
「お? アレか?」
城塞が見えた。
その周囲には都市。
「そうだ、城塞都市エーデン。
このクトリノス王国の東の要。第六軍と第二軍が駐留している国防の要所」
「ふむ、中華風の城塞都市?
いや西洋の都市か」
解説に、知らず知らずそう返していた。
案の上、アーレアは
「チュウカ、セイヨウ?」
と首を傾げた。俺はなんでもないと首を振る。
意味のない発言は独り言と大差がない。
自重すべきだろう。
「ふむ、入ろうか」
「貴様に言われなくとも」
やはり俺の見た目がやりづらいのか、無意識に年下に見ているのか。
アレーアはなんとなく偉そうと言うか、上から目線だ。
というよりも多分、俺の力に対しては信用しているのだが、
異世界だとか、年齢だとかに関しては、半信半疑のままなのだろう。
門衛になにか紋章を見せて、アーレアそして俺ことヨツキヨシタカは城塞に入る。
「人口は?」
「詳細は国家機密だが、まあ大体一〇万前後というところか」
「ほお、かなりでかいな」
言って、俺は街を見渡す。
夜半だ。明かりはなく。
人の声も疎ら、まれに酒場から聞こえてくる程度。
要所要所には夜警が立っている。
想像以上に近代的な制度により、都市や国家が運営されていることが見て取れた。
「で、目的地は何処だ?」
「あれだ」
言って、白銀の目立つ鎧を着たままの、槍を背負った銀髪の騎士は、丘の城塞の麓にある。
無骨な四角形の茶色い建物を指差した。
「行くか」
「言われなくとも」
3
「衛士ノーデンホースはどこだっ!?」
怒鳴り込むというべき形容で、彼女は衛士、あるいは下級騎士の詰め所に怒鳴り込んだ。
単体でそれなりの武力を持った秘蹟使いは、こうした治安維持や、様々な存在の退治、問題解決に使われるらしい。
格好は揃いも揃って、色の濃い布を使った制服。
ふと自分の服を見る。
ローブはいいが、その下、シャツやらベストやらズボンやら、
どれも材質からデザインまで怪しさ一杯だ。
ふむ道理で!この都市に入ってから奇異の目で見られていたのだな。
思えば、村人や騎士殿も同じような目で……
とそこで怒鳴り声。
「居ないっ!? 居ないはずがないだろうっ!?
何処に消えたっ! 隠し事をすると為にならんぞ!!」
興奮しすぎだな、騎士殿は。
クールとも見えるが、実のところ直情径行なのだろうか。
思えばそれらしい所はあった。
いきなり攻撃、恫喝。うむ!
だが、それでいて、冷静なところもあり、疑い深い。
忠誠心も高い。人間らしい複雑さだ。
ホントに騎士殿は、部下に欲しくなるような性格である。
「まあ待て騎士殿、件の人物。
失敗の報を聞いて逃げたか、あるいは消されたか、と考えるべきではないか?」
「っ……ちっ」
舌打ちをして、頭を振った騎士。
俺は溜息を吐く、さてこれからどうすべきか。
とそこで騎士が俺に手招きした。
乱暴な態度から、どれだけ不満が溜まっているのか、そして危機感に駆られているのかが分かる気がした。
「さっさと行くぞ!」
「? 何処に?」
「カッセンだ、ヨシタカ!」
凄い剣幕だ。
なんだか俺の思考が大分ほぐれてきたのも相まって、少し怖い。
いつの間にか俺の精神年齢が少し下がっている気がした。
神に意図的に下げられたのか、もしくは俺が無意識的に下げたのか。
そしてまた、騎士アレーアがいつの間にか俺を、名前で呼んでいたことに今気づいた。
「カッセンとやらでいいのか?」
「ああ、カッセンは姫の館がある王都の衛生都市だ、そこに姫がいる」
「心配か?」
決まり切った事を聞くな、と俺を一瞥する騎士殿。
騎士アレーアは、激情をどうにか押さえ込んで戦う人物という所か。
ともあれ、推論を披露し、カードを切って、信用は勝ち得た。
この世界の情報のため、これでよかったのだと思う。
方針は問題ないだろう。
順調にものごとが進んでいる気がして、少し安心した。
そういえばどうでもいいことかもしれないが、
先ほどから騎士殿の背負った槍が、天上や壁に当たっていて、耳と目に煩い。
興奮している本人に言ったら怒られそうだ。
4
そして俺と騎士殿は馬を借り、丘に城塞があり、それを放射状に街と城壁が囲んでいる都市から、
速やかに出発したした。
素早い移動だ。好ましい。
疾風のように素早く駆けつけ、そして主に従う。
むかし読んだ騎士の話を思い出す。
妹が好きだった。
もう50年以上も前の話だ。
そして俺と騎士は夜が明けるまで、馬で走り来むことになったのだった。