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初めての冒険

罪は贖うものではない、忘れ去られるのを待つものだ。





人間は世界を持つ。

比喩的な意味ではない。


一つは己が認識できるもの全て、己を中心とした主観的な世界。


そしてもう一つは魂の内に存在する世界。


人はその二つの世界の王である。


生まれた瞬間から宿命付けられている王として役目。


前者は経験と知識の蓄積、なによりも思考の醸成により広く、深まる。


後者も大差はない、成長と共に高まり拡がるものだ。

それはしかし核を持ち、より具体的な情景として現れる。



あるモノは、親しみ住み慣れた街を魂に持つようになるかもしれない。


あるいは空想の中で作り出した国家を。


もしくは仮想の己が設計した都市に。


さらにはかつて読み望んだ書の中の架空の世界を。


人は皆、持っている。



魔導とは、塑像だ、彫刻でもあり、絵画でもある。


それは像を造り、絵を描き、己の望みを現す、

正しく言うのなら魂にある理想の、そして己の核たる世界を、

現実に表そうとする試みである。


彼らは彫刻家であり、画家であり、そして大工である。


彼らは魔導士である。


己の内側の世界を、現実世界に作り出す。



世界に満ちる魔素マナを素材として、

魔素を石材として、木材として、あるいはアスファルトとして、

もしくは金、銀、銅として、さらにはヒヒイロカネ、ミスリルとして。


魔導士は理想の世界を、現実に彫り起こす、美術家なのだ。


魔素を使い、世界へ表された物質は、現実にはありえない空想的な異能を持つ。


とはいえその建造物も無軌道に作られる訳ではない。


それは夢のように儚いものでもある。


現実に存在することの本来ありえない物質は、

時を経て魔素へと還っていく。


そしてまた、それは魔導士の精神力により支えられるものである。


架空の物質は、人の住む世界よりも低次の存在であり、その世界は永く維持されることはない。


かつて地中海世界に存在したとされる。

英雄の巨大石像も、存在したと考えられている巨大な灯台も。

それを造り出した者の死と共に、綺麗に消え去った。


己の夢見る、あるいは望む世界をどれほどの精度、規模で表すことができるのか、

それこそが魔導。

魔素により、世界へと導く法。


神話時代、英雄の時代、人間の時代、神の時代、鉄の時代、科学の時代

それらを問わず受け継がれ研磨された技術。


それこそが魔導!


さあ、夢を見よう、そして君たちも、今日から魔導士だ、弛まず生きよ!


             ――ドイツ神秘教団 自称ヤーコプ・ベーメの弟子、ヴォルフガング

             

             

             

             

             



光が止んだ。


目を開く。


地の上にちゃんと俺の足はある。


どうやら成功したようだ。


俺の魂はかの故郷が存在する宇宙、そして次元より切り離された。


この世界は既に己の通い慣れた地球ではない。


かつて幻視したと己が信じている神の国でもない。


俺が居た世界と同じように、地球と同じように、地に足を付けて生きる者たちが暮らす世界。



ここで俺は命を長らえた。

あの神。傲慢なツクヨミという男神が言ったように、

俺は、俺が何故か、助かり、今度こそ天寿を全うするようにと言われたのだ。


無數の命を殺め、犯した罪に対する報いがこれなのか?


分からない、それでも俺は感謝している。

これにより、俺は再び神の国を目指すことが出来るのだから。



ともあれ現状を確認しよう。


俺の手を見る。足を見る。鏡がないから顔は確認できない。


既に記憶が遠く遠く昔のことのように感じられているが、

俺の悪逆はそう昔のことではない。

神の言った魂の洗浄によるものか?


いけすかない。

それでも感謝しよう。

神とも、大天使とも言えるかの者たち。

神話の住人どもに。


あの記憶は重すぎる。

罪の意識がない訳ではない俺には、

正気の俺には重すぎる。


妹よ、ああ、妹よ。


何故、なぜ?


なぜ……


……


…………止めよう。


辛い道をわざわざ歩く意味はない。

進むならな楽な道がいい。

まあ、楽な道を選べぬからこその俺だったのかもしれないが。


ともあれ、一つ分かったこと、あるいは思い出したことあがある。


俺の生前の年齢は確か70以上だったはず。

しかし今、俺の肉体は若い。

多分 10代かそこいらの若造にしか見えないだろう。


手に皺はなく、足の筋肉も健康的だ。


神がなにかをしたのか。

もう一度、生を送る上での贈り物か。


わからないが有り難く受け取っておくべきか。


思考が働かない。

空白が多すぎる。

狂気の残滓が思考の網に掛かったままなのだろうか。


ともあれ現状を確認しよう。


夜だ。

辺りは森。

満月だ。そのせいかやけに明るく、世界は白い。


春なのか冷気はそこまででもない。



久方ぶりの若い肉体でよかった。

この冷気は老体には厳しいだろう。


どこだかは分からない。


ただやはりここが異世界だと思えるのは、月の大きさだ。

大きい。巨大だ。

俺の記憶が確かならばだが、地球の世界の月よりも2周りは巨大だろう。


植生も全く見覚え無いの樹木ばかり、鳥の鳴き声も不安を煽る。


心は肉体に引きずられる、と言ったのは誰だったか。

ともあれ、不思議なことに、俺は今ワクワクしているようだ。


多くの事件を、あの島を、あの家を、部屋を、家族を忘れることは出来ないだろう。

それでも、この世界で、生きていくことに俺は思いの外、積極的になれそうだった。










とりあえず、歩いてみる。


赤の万年筆は袖にある。

迷宮のミニチュアもしっかりと胸のポケットに。


土を踏み、暗い森へと進む。


神を信じないわけではないが。

この世界の魔素が元の世界と同一であるのかを確かめるつもりで魔導を起動する。


迷宮のミニチュアを握りこみ、唱える。




『書よあれ、汝こそは叡智の一端


己が蔵書の一片よ、命に従い此処へ』



最小の詠唱。

これをトリガーとして、己の心が描き出した本。


予め魂の内の設計図の一端に描き込んであった書物が、引き出され、

目前の魔素が俺の詠唱に従って形を取り始める。



精神にかかる負荷。

軽い鈍痛が頭に走った。


魔導により造り出した物質は、存在するだけで己の精神を圧迫する。


その代価に現れたのは朱色の書物。


金糸により彩られた表紙をなでる。


『赤の本 一』


俺の蔵書の一冊だ。


森の中にある開けた位置に立ち、月明かりを背にその表紙を撫でた。


書が開く。


効果は火炎『魔導的な意味での火の出現と操作』。


魔素を使い、現れた書は、その使った分の魔素を内蔵燃料として持っている。

この燃料を使い。


「火よ」


呟き、目前の空間に炎が現れた。


暗かった森が突然現れた赤い光源に照らされる。


火の玉は、森を焦がさぬように、己の目前を浮いている。


「うむ、森林火災には気を付けねばな」


こんな時に、懐中電灯でもあれば楽なのだが、無い者ねだりをしても意味はない。


進もう。






歩きながら、蔦を避け、時折聞こえる獣のうなり声を聞き逃さぬように気を付ける。



木の根を避け、魔本の残量が尽きたのなら、再び造り出す。


この世界は魔素が濃厚で有り難い。


科学の発達は、なぜか魔素の減少を促した。


この世界では未だに魔導が健在なのかも知れない。



気を付けなければならないのは、物理法則や常識の違いだ。


地理は地球に似ていると言われても、住む者、住む生物は違うのだ。

法則も違えば、危険も違うだろう事は簡単に推察できる。

ならば、まずなによりも必要なのは、情報だろうか。



ふと、気付く。


俺の燈りではない燈りが見える。


森、木々の生い茂りの間から、ちらちらと覗けるのは、月の光、

陰気な森の闇と影、そして民家の明かりだ。


有り難い。

思いの外、集落が近かったことも。

なによりも迷わずその集落の下へと辿りつけたことも。

幸いだった。



「ん?」


ふと、足を止める。


悲鳴が聞こえた。


方向は、前方、森を抜け出た先に在るらしい集落からだ。


何物かに襲われている?


中世において、村を収奪する騎士崩れ、あるいは土地を捨てた農民が後を絶たなかったと聞いたことがある。


「その類か?」



しかし、聞こえてくる音がおかしい。


女の悲鳴。男の怒鳴り声。受け手の声。

しかし襲う側が恐ろしく無音だ。

襲撃者の時の声も聞こえない。


わからぬ、が悩む暇などはない。

未知には直進しろ、がかつての師の教えだ。


この場合もそれで十分。


森を脱けて、斜面へと出る。


襲撃者は何処だ?


規模は?


考えながら見る。


村は燃えていた。

民家が数十。

小さな集落だ。

襲っているのは。


「怪物?」


それは翼を生やした蜥蜴にもにた生物。

ワイバーンとでも言うべきか。

地上を襲っていたのは巨大な恐竜にもにた存在。


幻想生物か?


見れば、数人の男がそれに果敢にも立ち向かっているようだった。

手に槍を持ち、その背後には女性や子供。


恐竜は全長六mほど、余り大きくないが俊敏だ、火を吐いている上に肉体が強靱なようだ。


村の中心には村人の者らしき死骸。

尾で砕かれたか、噛み付かれたか、あるいは空からたたき落とされたか、いづれにしても惨たらしい。



ともあれ、肝心の情報源だ。

殺させてはなるまい。


襲っているモノ、あれは何物かが作った魔導生物と考えるべきか。


彼我ひがの距離は数十メートル。




『書よあれ、汝こそは叡智の一端


己が蔵書の一片よ、命に従い此処へ』



『灯される火は叡智の火


潰える火こそ破壊の火


文明は火により起こり


火により潰える』




二重の詠唱。


迷宮のミニチュアを握り込み、手中に新たな書を表す。


『叡智と灯火の書』

誰もこちらへと気付いていない。




「火よ」


なんとなく気分で呟いてみる。

そもそも書を造り出す、魔素を加工する段階における鍵のようなものとしての詠唱だ。


この段階では必要でもないのだが、無音では味気ない。

その呟きに反応したのか、あるいは何かを気付いたのか、プテラノドンもどきがこちらを睨んだ。


しかし



「遅い」



『叡智と灯火の書』に込めた魔素は家一軒は軽く建造できるようなものだ。


道具の位階、小屋の位階、館の位階、城塞の位階、都市の位階、国家の位階、大陸の位階。



館の位階に位置する魔導が、火を起こす。


単純な効果だ。


莫大な量、半径三〇m規模の火が密集し、渦を巻きながら目的のプテラノドンもどきへと飛んでいく。


そもそも俺は、戦闘を本分とする魔導士ではないが、しかしそれでもこれぐらいは軽い。



炎の渦は対象に絡み付き、焼き尽くそうとこびり付きながら焼く。

火力はそこまでではない。

対象のプテラノドンもどきも魔導により造られたのか頑丈だ。

それでも纏わり付いて焼き続ける赤は、段々と、そして確実に目標を焼いている。


怨嗟の声を上げ、こちらを睨み付けながらも、しかし炎に阻まれこちらへと向かっていくことは出来ない哀れな翼竜。


「みじめな」


ものだなあぁ、とは口にしない。


もう一頭、背に歪な尾を生やした、地竜がこちらへと駆けてきたのだ。



迷宮のミニチュアを握り込む。


自らの魂に刻まれた己の王国を現実世界へと表す。


『我が世界こそ、真の世界。


叡智の集積、その一室なり』


と俺が言ったと同時に、魔素が物質へと変貌する。

現れたのは部屋。

小屋程度の大きさの小さな一室。


頑丈な石とコンクリートと煉瓦の合わさった四方体が俺の周囲を包み敵性体の突進を受け止める。



『書よあれ、汝こそは叡智の一端


己が蔵書の一片よ、命に従い此処へ』


ともう一度詠唱。



『朱の本 二【赤竜】』


一室にある部屋に座り、俺は敵の突進がこの急造の司書室を破壊しようとしているのを感じる。


壊れないことを命じた第4区画の確か67番司書室だったか。


座って、近くにあった机に書を置き、それを開く。

撫で、目を通し、言葉に出す。



『赤竜は、己の鱗から模られた剣によりその心の臓を破壊された。


その剣は、赤竜七つの鱗により朱と黒に輝き、そしてまた心臓から血を吸った。


そして生まれるは真紅の剣、燃えさかる火を持った灼熱の刃』




赤い表紙の、数百ページはあるだろう書が、言葉通りの真紅の剣へと変貌する。



「疾く去れ」


若い頃の己として言うのなら。


「さっさと消えろクズが」


あるいは


「マジ、消えてくんない?」


か。




どちらも俺には合わんな。


ともあれ、真紅の剣を、そのまま司書室。

敵性体である恐竜もどきのいる辺りへと突き出す。


剣は透過し、向こうにいたらしい、恐竜に差し込む感触が手に伝わった。



うめき声、怒りの声。


そしてそのまま真紅の剣が、火へと変貌する。


差し込まれた剣は、注射器のように、地獄の滾り、あるいは灼熱を地竜の体内へと送り込む。


体内を火に焼かれ、浸食される感触に、絶叫するように、


月下、地竜はのたうち、声を上げずに炭屑へと変化していく。




……


…………



「終わったか」


俺は、魔素を全て開放し、造り出した物質を消失させる。


いや、護身のため朱の書を手中に置いたまましておく。


そしてこちらを呆然と、そして警戒するように見ている、数人の男。


どこからか帰ってきたのか、俺の周囲を囲むように、また数人の男。



彼らの背後には老人や、女性、子供がいた。



……ふむ、こちらの年齢や、そして今見せた異能に驚いている、のだろうか。



言葉は通じるのだろうか?


わからない、ともかく彼らは遠巻きだ。


関係ないが俺の精神年齢がやはり肉体に応えたのか急激に瑞々しさを獲得し初めている。

つまりは柔軟だが、何処か稚拙さを持ったモノ。若さを再生させているのだ。


「あ、あんた何者だ?」


ともあれ、問いの声。


驚くべきことに、あるいはご都合的と言えばいいのか、

俺には彼らの言葉が理解出来た。


響きは英語に似ている。

しかしラテン語のようでも、ギリシャ語のようでもある。

ともすれば韓国語、中国語、ベトナム語の響きもある。


語の意味は、活用は、文法は理解出来ない。

しかしそれでも、俺はなぜか、彼らの言葉、名辞の裏に潜む意味が理解出来た。


これは……


「通りすがりの魔導士だ」


「魔導?」


言葉は通じた。意味が分からない。

だが魔導が通じない?


「あんたの使っていた神の秘蹟のことかい」


と中年の男が言った。


神の秘蹟、秘蹟か。


「そうだ」


と此処は言っておくべきか。

郷には入れば鄕にと言うものだ。


「じゃ、じゃあ貴方は騎士さまなので?」


騎士?

この問いは難しい。

秘蹟=騎士なのか?


「この場で秘蹟を使える者は?」


とりあえず質問には答えない。

質問に質問を返す。


「へ、へえとりあえず皆、道具を生むことくらいはできますが」


「ふむ」


それが平均か。


ということは、俺の魔導が派手すぎたのか?


特権階級が使うような規模だったということか。



見れば、幾分警戒が途切れたのか、少し輪が近づいていた。

隠れるように俺を見る幼女と目が合う。


人の死。

そして己の死を覚悟した者たちの瞳だ。


しかし思わぬ救いの手が来たことに、

呆然としているようだ。


己の村の火災よりも、放ってある屍体よりも、俺が気になる程に。


まあ、胡散臭いのだろう、俺は、

黑いローブ、文明を考えれば有り得ないような服飾。

そして10代の少年だか青年が、

己を救ったかことに驚き、不信を隠さないのも当然のことだ。


「まあ」


言って、見渡す。


「まずは、亡骸を弔おうではないか、……手伝うよ」








【問答】



「魔導士が道具を持つのはなぜかって?


象徴だよ。己の持つ世界と近しい現実の物を持つことによって、それを表しやすくするんだよ。


そしてまた、それは彼らが魔導を使う際の杖であり、ノミである。

またコンパスであり、ペンであり、筆でもある。


それによって彼らは現実世界を、空想世界で彫り削るのだよ!」



            ロンドンの魔導士 アーサー・ガブリエル



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