02-17 魔法魔術研究科の場合
群がる人間や獣人をかわし続け、アレイシアとシェリアナが辿り着いたのは、校舎の五階の隅にある広い部屋だった。
高い三角屋根の天井には、炎の魔法陣を使用した明かりが設置されており、窓一つ無いこの部屋を薄暗く照らしている。そのためか、この教室はどこか怪しげな雰囲気だ。
「そこのお二人」
そこで突然、後ろから何者かに話しかけられる。あまりにも唐突だったため、驚きながら後ろを向けば、そこには真面目そうな白髪眼鏡のおばさんが立っていた。
「時間丁度ですよ。次からはなるべく、時間前には席に着いていなさい」
「……はい」
「分かりました」
どうやらこの科目の先生のようだ。二人は隣り合った席を選んで座り、先生の方に注目した。
「では、これから研究科の授業を始めます。研究科は、あらゆる魔法魔術がどの様にして発動されるのかなどの理論を学び、新しい魔法魔術の開発を促すという、魔法魔術の未来を作って行く重要な科目です」
それはあまり人気のない科目になる筈だとアレイシアは考える。新しい魔法魔術の開発などしなくても、現状存在するものだけで十分だと思う人が多く、魔法魔術研究者が減っているのが現状だ。だからこの世界の文明は、地球でいう中世程度を千年近くも保っているのだ、というのはアレイシアの推測である。
これから永くのの時を過ごすであろうアレイシアにとっては、魔法魔術の研究及び開発はいい暇つぶしになるのではないかと考え、この科目を選んだのである。
「私の事はロネル先生とお呼びなさい。では早速、授業を始めて行きますよ。まずは基本的な魔法魔術の原理を説明して行きましょう」
そう言い、おばさん改めロネル婆……もといロネル先生は、手に杖を持ち、クラス前方の板の前に立つ。手に持った杖は勿論、板に文字を書くためのものである。
「魔術は例えば、水系統の場合、その空間にある見えないモノを集める様にイメージします。このイメージのことを『式』と言い、ありとあらゆる他の系統も『式』を持っています。風系統の場合は、何も無い空間を掴んで動かす様にすれば、動かした方向に風が流れ、火系統の場合、ある物が超高速で動く様にイメージすれば、その場所に炎が灯ります。これらの『式』が何を意味する物なのかは、未だ誰も解き明かせていません」
ロネル先生の説明を聞いた多くの生徒は、そのイメージは何を意味する物なのかと議論を交わしたり、首を傾げて疑問の表情を浮かべたりと様々であったが、アレイシア一人は違う。どこか確信したような表情で、この事に関しての考えを巡らせていたのである。
――やっぱり。水系統の場合は、空気中に含まれる微量な水を凝縮する。風系統の場合は、空気を掴んで移動させる。火系統の場合は、運動を活発にし、温度を上昇させて火を発生させる。つまり、魔力とは元素を人為的に操作出来る超自然的物質……!!
アレイシアは、未だ誰も解き明かせていない完全な魔力の正体を、地球での知識を併せて理解することが出来た。
だが、全く観測されていない元素など、こちらの世界の住人に受け入れられる筈が無いと、アレイシアは複雑な気持ちになってしまう。
「んむぅぅー……」
アレイシアは机に突っ伏してシェリアナの方を向く。すると彼女はむしろアレイシアの行動を不思議に思っていたらしく、心配したように声を掛けてきた。
「大丈夫?」
「うん……」
「えー、皆さん、次に他の魔法についての説明をして行きましょう」
しばらく間を置き、ロネル先生は再び板の前に立ち話を再開する。その瞬間、教室内の多くの生徒がロネル先生に目を向け、話を聞く姿勢を整えた。やはりこのクラスは、比較的真面目な生徒が多いようだ。
「他の魔法、それは例えば、催眠であったり、念話であったり、系統を持たないこれらの魔法は、それぞれが独立した『式』を持っているのです。それはつまり、もっと系統を増やせるかもしれないという事でもありますが……」
ここで先生は話を切り、注目させるようにとためを入れた。
「皆さん知っての通り、ここ約百年系統は増えていません。新たな系統の発見は難しいだろうというのが、多くの魔法魔術研究者達の意見です。ここまでで質問は?」
先生がそれを言い切ると、多くの生徒が挙手し、ロネル先生は順番に質問に答えて行く。そんな中、またもやアレイシアは
(新しい系統……? それよりも氷系統は、水と風魔法を使わなくても炎魔法の逆で温度を低下させればいい。雷系統も、電子を移動させれば……うわぁ、魔法凄っ!)
次々と、魔法魔術に関する新しい考えを展開させていた。もしもこの事をロネル先生が知ったらどうなるのかと、考えただけでも恐ろしい。
「では、今日の説明はこれ位にして、図書館に向かいましょう。学園地下の図書館には、研究に使える部屋もありますしね」
すると教室の扉を開け、ロネル先生はついて来るよう促す。それに続き、アレイシアとシェリアナも学園地下図書館へと向かって行った。
現在、研究科の皆は図書館の地下一階に来ている。辺りを見回せば、本、本、本。立ち並ぶ本棚が天井にも届くこの図書館の規模は、アレイシアにはエルフの里の書庫を思い起こさせた。
生徒全員に配られた地図がなければ、迷って丸一日は出られなくなる。そう言っても過言ではない。何せ、どこまでも同じ景色がずっ続くように見える程なのだ。
と、そこでロネル先生が立ち止まる。
「皆さん、この列に置かれた本が大体役に立ちますよ。読みたい本を持ったらここに戻って来なさい」
ロネル先生がそう言うと同時に、クラスの皆は散らばり、それぞれが欲しい本を探しに行った。
「どうしようか?」
「私は……この本がいいわ」
「えっ、もう決めてたの?」
アレイシアが指差したのは、普段は手に入りにくい光闇系統の魔導書だった。以前、やっとの思いで手に入れた学習書も、中級魔術しか書かれていなかったため、かなり苦労したのを憶えている。
「なら、セリアはこれでどう? 私も勉強手伝えるし」
「えーと……全系統マスター初級魔法魔術?」
「私もこれを使って勉強したことがあるわ」
それを聞いたシェリアナはすぐに、これにするっ、と言ってロネル先生の元へと戻って行った。シェリアナがアレイシアを尊敬しているのは、今でも同じ事なのである。アレイシアは、そんなシェリアナの様子を不思議に思いながら、急いで追いかける様に走って行った。
私情で、というか試験前なので、しばらく更新を止めます。
……というか、うん。いつも止まったようなものですが来週くらいまで!
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