02-14 エルフの里 2
「あのー、すみません」
「ん? 何だお前達、こんな夜中に……っ!?」
正門前に立ったアレイシアは、門番の男に話しかける。だがその瞬間、彼は手に持った槍を構えて後退った。
それもその筈。蝙蝠の様な翼を広げるアレイシアの後ろには、学園に行った筈のこの里の姫がいたのだから。
姫がいるだけなら問題無い。姫様、お帰りになられたのですか、で済むだろう。だが問題はアレイシアだ。蝙蝠のような翼も、滲み出る魔力も、門番にとっては威圧されているに等しい存在感を持っていた。
「くっ、貴様!! 姫様に手を出すなど……!」
余計に警戒を強める門番に対し、アレイシアとクレアの二人は、何か興味深い物でも見るかのような目を門番に向けていた。
「……私ってクレアに手を出したっけ?」
「いえ、私は何もされてませんよ……ね?」
「私に同意を求められても困るって」
「姫様にその様な口の聞き方をするとは! 何なんだ!!」
何故その様な事を言われなければならないのかと、不思議そうに話す二人だが、門番の男にはその態度が気に食わなかったようだ。
「あの、彼女はアレイシア・ラトロミアといいます。学園での友達ですよ」
「……姫様の友達であれば、失礼しました、無礼をお許し下さい」
すると突然、門番は弱気になってアレイシアに深々と一礼し、その端から門を開けた。二人はこの変わり身の様子が面白かったらしく、その後、案内の者が来るまで思い出し笑いを幾度となく繰り返していたという。
メイドに当たる従者のもと、巨大な木の根元にある扉をくぐり抜けて家の中へと入る。アレイシアは、もう家というよりは屋敷、むしろ城の様な気がしてならなかった。
辺りに置かれた置物、壁に掛けられた絵画、天井から吊り下げられたシャンデリアなど、そのどれを取っても、それがかなりの代物だという事が素人目にも理解出来るだろう。シャンデリアには、炎魔法の魔法陣を利用した明かりが幾百と輝いていた。
辺りをきょろきょろと見回しながら、木をくり抜いた様な長い廊下を歩いて行く。そこは上り坂になっており、壁に空いた穴から見える景色も少しずつ高くなってきていた。
壁の穴から木の上部の葉が見える程まで登った所で、従者は立ち止まる。そこにはやはり両開きの扉が――アレイシアは、この場所の大体の察しがついていた。
「ここが、レラーク様の書斎に……」
「分かっています」
案内人の言葉を遮ったクレアは、両開きの書斎の扉を押し開ける。中に見えたのは、横長の大きな机と部屋の脇にずらりと並ぶ本棚。
机よりも奥に座る青年は、クレアの父なのだろう。しかしクレアは、父には目もくれずに、扉の近くに置かれた小さい棚の引き出しを開けた。
「父上、書庫の鍵を借りて行きますわね!」
「あっ、クレアやめなさ……!!」
「アレイシア、行くわよ!」
父の制止の声には耳もくれず、二人は鍵だけを持ってすぐに書斎から出る。扉の前で待っていた従者は驚いた様子だったが、状況を察するとすぐに書庫のある方向をアレイシアに伝えた。
「ありがと、気が利くわね」
「ええ、姫様の友達というのなら信頼が置けますから」
そう見られていたのか、とアレイシアは考えていると、従者は書斎へと入っていってしまった。恐らくは、クレアの父を説得しているに違いない。
「クレア、あれでいいの?」
「いいのですよ、学園に行く事に反対したのは父上ですから」
「……ありがと」
照れくさそうに斜め下を向きながらアレイシアは言う。するとクレアは彼女の手を取って、上り坂の廊下を更に上へと登り始めた。
「そこ、ハシゴの上の本はどうですか?」
「んー……ここにあった。棚番号百十五、十七段目は全部同じシリーズね」
そう言い、棚から大量の本をごっそりと取り出すのはアレイシアだ。二人は現在、本のジャングルと呼ぶに相応しい書庫の中から歴史書、特に吸血鬼関係を片っ端から網羅していた。
既に百冊近くは見つかっているのだが『多い事はいい事だ』というアレイシアの謎理論により、今まで探し続ける結果となっている。
「そろそろ読んでみるわね」
「ここに積んであります」
机を指差すクレアに促され、アレイシアは椅子に座り、机の上に建てられた本の塔を上から崩して行く様に読み始めた。
「ん……これって……?」
「何かありましたか?」
読み始めてから一刻。夜も更けてくる時間になり、アレイシアはようやく関係のありそうな本を見つけることができた。
「これ、吸血鬼向けの歴史書。翼を収納可能にするとかいう魔法陣が、資料として載っているのよ。これを使った後は、魔力を流して念じるだけで発現、収納が自由に出来るらしいわ」
本に描かれた魔法陣を、アレイシアの横からクレアは覗き込む。
外側に描かれた二重の円と、内側の六芒星。六芒星の内側に出来る六角形の頂点を結ぶように、更にもう一つの六芒星が描かれていた。外側の二重の円の間には、いくつもの直線、曲線、記号が埋め尽くされるように描かれている。
「うわっ、複雑……」
その内容を読み解こうとしたアレイシアだが、そのあまりの複雑さに思わず目を背ける。
魔法陣とは基本的に、どのような手順を以てその現象を起こすのかという事を表す物であった。この場合、内側に描かれている二つの六芒星は必要な魔力を表し、二重の円の間に描かれた線が、それぞれの記号、つまり現象一つ一つを繋ぎ合わせる役割を果たしているのである。
内側に描かれる図形は、直線、正三角形、正方形、五、六、七芒星という順に使用魔力が多くなり、何重にも重ねて使えるのは、例えば六芒星なら、直線、正三角形、六芒星と、頂点の数の約数の頂点を持つ図形のみである。本に描かれていた魔法陣はつまり、魔力使用量が二千を越える大魔法なのであった。そのことをクレアに伝えると――
「魔力量二千越えの大魔法ですか……あ、大して問題ありませんでしたね」
「大して問題なかったわね」
このような会話が行われたのは余談である。
アレイシアは、一度諦めていた魔法陣を分析する作業にかかった。まず一番始めに座標指定で術者の背中、翼の位置を把握させ、次に翼を構成する物質を魔力に置き換えて体内にしまい込む。あとは意思と魔力を媒介に翼を発現させる魔法陣を背中に刻むという内容だった。
ありとあらゆる超常的事象を意思の力で可能にする魔力は、物質と化す事まで可能なのだが、それは本来神力が成し得た事であり、創世の時に神力から派生して生まれた魔力は、そのような事に対して劣っているといえた。
「んー、魔力じゃなくて神力に変換するように改良を加えるには、ちょっと時間が足らないかな……」
「えっ、なんですか?」
「よし、これを紙に書くわよ。部屋からこれ持って来たから」
そう言うとアレイシアは、持参の鞄から絶縁紙と魔導インク、そして神界の黒美さんから半ば奪うように貰って来た万年筆を取り出し、紙を広げて魔法陣を写し始めた。
学園の寮室にて、フィアンはかなり苛立っていた。アレイシアもクレアも未だ戻って来ないからである。そんなフィアンを、シェリアナは必至に押さえ続けている。
「何でまだ戻って来ないんですか! もう授業が始まってしまいますよ?」
「きっともう少しで戻って来るから、もう少しだって!」
フィアンは開けっ放しの窓に目を向ける。丁度その時、アレイシアとクレアが窓から入って来た。そして、アレイシアの背中の翼は光の粒子——魔力に姿を変え、足下に現れた魔法陣をしばらく回ってから彼女に取り込まれて行く。
「ごめん遅くなって! 一応何とかなったわ」
「すみません、徹夜でやっていましたから。里も遠くて行きに三刻、帰り二刻もかかってしまいましたし……」
そこで、今までフィアンを押さえていたシェリアナは、アレイシアの方へと駆けて行った。その反動で一瞬よろめく彼女は、少々困り顔でシェリアナの頭を撫でる。
「私は無視ですか? 無視なんですか!? ルームメイトなのに……」
フィアンの悲痛な叫びの後、朝食を犠牲として、ギリギリ授業には間に合ったそうだ。
GW最終日の更新でした!
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