02-09 吸血行為
リビングルーム中央の机を囲んで談笑をする四人。フィアンもシェリアナ、クレアと共に仲良く出来ているようであった。
そんな中、シェリアナは机の上へと身を乗り出し、三人が自然と注目してくれるように促す。
「はい提案っ! 隠し事一切無しの自己紹介しない? 少なくとも学園証に書かれた事は全て言う事、っと」
勢いのある主張に、彼女の結ばれた髪は左右に揺れる。普段は落ち着いたシェリアナであるが、友人といたり、楽しかったりすると、思わず興奮してしまうのだそうだ。視線を合わせ、彼女はこの提案の反応をうかがう。
「えっ、私は……」
「それはいいですね」
「やってみましょうよ、面白そうですし」
一番初めに反応を示したのはアレイシアだったが、それに覆いかぶさるように後の二人は快い反応を示す。
アレイシアがあまり快く賛成出来ないのは、言いたくない隠し事も沢山持っているからだ。少し慌てるアレイシアをよそに、シェリアナは早速と言わんばかりに自己紹介を始める。
「三対一で決定ね。じゃあまずは私から……ごほん。私の名前はシェリアナ・レイン、十二歳。種族は吸血鬼で、魔力量七百三十一のSクラス、イルクス王国の出身よ。次はフィアンね」
アレイシアは、フィズ先生の魔力検査の時の言葉を思い出す——さっきここを通って行った吸血鬼の娘も七百だったのに——それはもしかしたら、シェリアナのことだったのかもしれない。
次を促されたフィアンは、何を言えばいいのかと少々悩んだ様子を見せつつも、それからすぐに話し始めた。
「私ですか? ……えーと、私の名前はフィアン・エルマ・エンレイス、十歳、種族は猫人です。魔力は五百十五でSクラスに入っていて、メアル皇国の出身なんです。次はクレアさんでいいですか?」
「えっ、十歳?」
アレイシアはように言う。何故ならこの学園に入学出来るのは、例外はあれど十二歳以上十七歳未満の筈だったからである。
「はい、私の父様が十歳の猫人の割にはかなり多い魔力持っていると、学園長に頼んでくれたそうです。母様によれば、私は極東の地のヨウカイの血を引いているそうですが、もしかしたらそのせいかもしれませんね」
「へぇ……妖怪?」
二人の発言に首を傾げるシェリアナとクレアに対し、アレイシアはもちろん『極東の地』『ヨウカイ』という単語に思い当たる節があった。興味は高まるが、実際に行けるのは当分先のことだろう。
「話してもいいでしょうか? 私はクレア・フレイルと言います。年は十二歳です。種族はエルフで、魔力量は七百八十三、クラスはみんなと同じくSです」
別に大して変わった所のない自己紹介だった。しかしクレアは言い終わると、途端に少し表情を暗くする。
「……実は私、イルクス王国の森にあるエルフの里の姫なんです」
「なっ、なんだってー!?」
「クレアってそうだったんですか!」
アレイシアとシェリアナは驚きの声を発するが、フィアンは逆に驚きのあまり固まってしまった。
エルフの里の姫――そのようなヒトが、どうしてこの学園に通っているのか。あるいは姫だからこそなのか、アレイシアとフィアンの二人は考えていた。
「皆さん本当のことを言っているのに、私は嘘をつけない性格なので言っておくべきかなと……す、すみません……」
「いいのよ、私達はそれを知っても今まで通り。接し方を変えることも無いわ」
申し訳なさそうに謝るクレアに、そう言ったのはシェリアナだった。その言葉にはどこか、励ましの念や、自己紹介をしようと言い出したことへの責任が感じられた。
「だから、ほら、深く考えないでいいの!」
「そうですよね……では次、アレイシアさんお願いします!」
シェリアナが一人で話を纏めたかと思うと、クレアは唐突にアレイシアへと話を続けさせた。彼女は遂に来てしまったかと覚悟を決める。
「分かった」
こう返したはいいものの、自分が言うべきことに関しては全く分からないも同然だった。本当の年齢を明かしたフィアンに、本当の身分を明かしたクレア。それに続く自分が、果たして嘘を言えるのだろうか。
この状況を考えると、それはもちろん出来ない。なるべく本当の事を打ち明けて、これからの付き合いを大切にするというのも重要な事だと彼女は感じていた。
シェリアナがクレアに告げた言葉が、アレイシアの背中を押す。少なくとも魔力の量に関しては、本当の事を言おうと決めた。
「私はアレイシア・ラトロミア。ミドルネームにメルヴィナの略でメルを挟むわ。年齢は十二歳……種族は吸血鬼よ。他もあるけど一応、魔力は七千五百のSクラス」
アレイシアが言ったことにクレアは唖然とするが、自分の聞き間違えではないかとすぐに聞き返した。
「魔力、えっ、七百五十です……?」
「七千五百よ」
「……七百五十?」
「七千五百」
しかし聞き間違えというわけでは無かったと知って、クレアは改めて驚き感嘆の息を漏らす。これは長命な種族が何十何百年と生きてやっと辿り着けるような魔力の量だと彼女は知っていたからだ。――それも自分と同じ年齢で、なのである。
――ガタッ!
「……っ、まさか、アレイシアさんって何かの生まれ変わりとかじゃないですよね!」
「えっ、ちょ……えっ?」
たった今まで落ち着いていたフィアンは、突拍子も無い疑問と共に勢い良く椅子から立ち上がる。それは彼女の幼さ故の疑問なのだろうが、ある意味では隠し事を言い当てられたようでアレイシアはかなり混乱してしまう。
「ち、違うわ、ほら――」
「凄い!!」
必死の弁明を始めようとする彼女だが、それは今までノーリアクションだったシェリアナによって遮られた。それと同時に金色に染まるアレイシアの視界。それがシェリアナの髪だと気付くのに数瞬を要し、抱き締められている事に気付くまで更に数瞬。
「凄いわよ、私の十倍以上じゃない! ……やっぱり翼を隠していたり?」
「あ……つ、翼なんて無いって」
褒めちぎるシェリアナに、それによって戸惑うアレイシア。最悪嫌われるかもしれないと思っていたため、むしろ褒めちぎられるのは嬉しい誤算だった。
「……ちょっと、血を吸わせてもらってもいい?」
「えっ、なんで?」
「だから、血を、いい?」
「……えっ?」
実は、魔力量が多ければ多いほど、その者の血は吸血鬼にとって上質なものになるのである。そのうえ魔力を得ることにも繋がるため、シェリアナはこの場を逃すまいとしているのだった。
そういえば、とアレイシアは思い出す。彼女はもう吸血衝動を経験した筈の年齢なのだ。親しくなろうとしている以上、彼女に吸われない道理は無いようにさえ思えた。
シェリアナは左手で胴を持ち、右手は左手に絡めて同じ体格のアレイシアを抑えようとする。気付けばなすがままに扱われていたが、抵抗する気は不思議と浮かんでこない。
「吸っちゃうよ?」
「お好きにどうぞ」
首の前面に顔を寄せ、牙を軽く肌に添える。シェリアナは一度確認するが、アレイシアは自然とそう答えていた。
「……っはぁ……」
一瞬、首に痛みが走り、それはすぐに脱力感へと変わる。もう血は傷から溢れ出ていることだろう。フィアンとクレアは、何も言えないといった様子で二人をじっと見つめていた。
美味しさのあまり、シェリアナはそれからしばらくの間血を吸い続けた。そしてアレイシアはとうとう、体が痺れて力が入らないままシェリアナと共にベッドへと転がり込んだ。
「あっ私のベッド……」
またしてもフィアンのベッドを取ってしまったアレイシアだった。既にベッドには血の跡が付いており、静かな寝息も聞こえてくる。
「……シェリアナさん寝ちゃいましたし、私も今日は泊まって行って良いですか?」
「あ、良いですよ」
結局、遊びに来ただけのシェリアナとクレアは、こちらの部屋に泊まって行くこととなってしまった。特にアレイシアだが、明日の朝が大変そうだとクレアは思っていた。
今回はようやく吸血がありました!
が、描写は薄めにさせて頂きました。本編で遠慮がちに書くよりも、番外編として思いっきり全てを描写した方が良いと思ったからです。
また、感想にあった意見もここで取り入れてみました。
では、感想やアドバイスなどはいつでも大歓迎です! また次話、遅くならないよう頑張ります(