02-02 一日目の買い物
今回は(何故か)長めになります!
短い時の二倍近く、五千字程度です。
アレイシアとフィアンの学園生活一日目、学園の話がようやく始動します。
「アレイシアさん、朝で……じゃなくて夕方ですよ!」
「ぅ、あと少し……半刻だけ」
夕方になり、カーテンの隙間から橙色の夕日が差し込む頃。フィアンはアレイシアを起こそうと、幾度となく彼女を揺すり続けていた。
しかし、先程から寝坊の典型的文句である『あと少し』を繰り返し、寝返りを打ってはまた眠りに落ちてしまう。そんな彼女を見て、フィアンは遂にアレイシアの耳元で叫んだ。
「起きて下さーいっ!!」
「わきゃぁっ!?」
突然の事に思わず声を上げたアレイシアは、じんじんと痺れる右耳を抑えながらフィアンの方へと向き直る。
「も、もうちょっと優しく起こして……」
「優しく起こしても起きなかったんです……」
「……ごめん」
フィアンの声で完全に目を覚ましたアレイシアは、トランクの中から黒いワンピースと魔導書を取り出す。そのすぐ隣では、フィアンが水色を基調とした装飾の付いた服に着替えていた。
「これから行く場所は学園街でいいですね、買い物もしたいですから」
「うん、私も買いたいものがあるから探してみる」
この時点でフィアンは着替え終わり、所持金が入っていると思われる袋を手に持っていた。アレイシアは今からワンピースを着る所なのだが、その時フィアンは首を傾げる。
「あの、ちょっと……」
「何?」
「同性なのに何で隠れて着替えているんですか?」
「なっ……そ、それは別に……!!」
顔を赤らめながらも着替えを済ませたアレイシアは、ワンピースの上から茶色のベルトを腰に巻く。財布、魔法薬などのホルダーにもなる非常に便利なもので、今回は財布だけを腰の右側に固定した。
魔導書を手に取り玄関へと向かうと、待っていたフィアンは感心した様にアレイシアの服装を観察する。
「ワンピースの上からベルトというのも良いですね……参考にしてみましょうか」
「私はいつもこんな感じよ」
「へぇ、そうなんですか」
「そうなんです、とか言ってる暇があったら早く行きましょう?」
「そうですね。……あゎ、待ってー!」
高揚した気持ちで思わず駆け出してしまったアレイシアは、後から着いてきたフィアンと足並みを揃え、二人で学園街へと向かって行った。
二人が到着したのは、道の両脇にありとあらゆる店が並ぶ場所だ。食材、洋服、武器、果てには魔導具まで、様々な物をここで揃えることが出来る。
この場で食材も売っているのは何故かといえば、全ての寮にキッチンが付いていて自炊も可能となっているからだ。しかし後に、アレイシアもフィアンも料理にはほぼ縁が無いという事が分かり、結局は寮の下のレストランで食べる事になるのだが。
「本当に何でも売っているわね……こんなに賑やかなのは久し振り」
「私もです」
女二人の買い物の割には衣服関連の店に行く様子は無く、ずっと本屋や魔導具店を回る。アレイシアは本屋で、フィアンは魔導具店で、他の客とは違った食い付きようを見せた。
辺りも暗くなり、フィアンの腹の虫が鳴いた頃。最終的には海鮮専門のレストランで食事を取る事となった。二人は向かい合うように座り、一つしかないメニューの板を覗き込むように見ている。
「ここは、魚介と山菜のスープが美味しいそうですよ?」
「なら……私はその一つ下で」
「えーと、貝尽くしプレート? ……美味しそうですね、私もそれにしてみます」
「呼ぶよ? すみませーん!」
アレイシアが選んだ貝尽くしプレート。値段は高くなく、どちらかと言えば安い程だったというのに、出て来た料理は予想外の大きさだった。
初めは食べ切れるか心配だったのだが、フィアンがもういっぱいだと言うと、アレイシアはその残りまで全て平らげてしまった。これでもアレイシアは、常識の範囲内で良く食べる方なのである。
「……ふぇ、食べ切っちゃったんですか?」
「うん、美味しかったわ。私もいっぱい」
席に座ったまま支払いを済ませ、二人は寮への帰路に着く。この日は結局何も買っていない事に気が付いたのだが、フィアンはまた来る時こそは買おうと変な意気込みを見せていた。
その日の夜。アレイシアは二段ベッドのある寝室で、机に向かって何やら作業を行っていた。卓上に魔導書を広げ羽根ペンで書き込んで行く彼女の様子は、どこか近寄り難いような鬼気迫る雰囲気を醸し出している。
「ふぅー……」
——ガチャッ
「アレイシアさん?」
ひと段落着いたのか、アレイシアが椅子にもたれかかった時。寝る準備を終えたフィアンが部屋の中へと入って来た。
「……何をやっているんですか?」
「魔法の研究よ。中級魔法の効率化が出来ないかと思って」
「それは、凄いですね……」
暫しの沈黙。紙と羽根ペンが擦れる音だけが聞こえて来る。
「あの、寝なくても大丈夫なんですか? いくら夜派だとはいっても、一学期が始まる頃には直さないといけませんよ?」
「きっと、少しずつ直して行くから多分大丈夫だとは思ってるわ。……恐らく」
「……かなり、自信が無いんじゃ?」
「…………うん」
屋敷にいた頃は常の事としてやってきた、吸血鬼としての夜型の生活。学園が始まる頃には直さなければいけないというのに、どうもアレイシアとしては直せる自信が無いのであった。
「フィアンは先に寝ていて? 私はきっ……とじゃ無くて、絶対に大丈夫だから」
「はい、おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
フィアンが二段ベッドのはしごを登って上層に乗ったかと思うと、気付く頃には静かな寝息が聞こえて来ていた。
その後、深夜の零刻を過ぎた所で休憩を取るアレイシア。喉が乾いているのか、水がなみなみと注がれたワイングラスを傾けていた。口の端から水が滴り落ちているが、それを気に留める様子は無い。
「……っぷはぁ!」
彼女は学園に来てからずっと気になっている事があった。それは、十二歳になれば使えるようになると言われていたあの能力の事である。
"矛盾を操る"とは言っても、どの様な感覚を掴めば良いのか分からないため、練習のしようが無いのだ。まさか、何も分からないこの状態から方法を見い出さなければならないのか。そう考えると、能力の使用は絶望的にさえ思えてくる。
こうして、どうすれば能力が使えるかと思案を巡らせている内に、アレイシアは何時の間にか眠りに落ちてしまっていた。
「おーい」
「……ぅ?」
何やら聞き覚えのある声が聞こえた気がしてアレイシアは薄っすらと目を開ける。すると————
「……ぁ、わ、顔近いっ!!」
「やっと起きた……寝起きが悪いわね。ちょっと伝えたい事があったから催眠をかけて呼んでみたの」
「……今日こそは名前を教えて貰うわ」
「私の名前は教えないわよ?」
またか、と呟きつつもアレイシアは腰を上げ、ここに来る度に会うこの神の目の前に立つ。黒髪の美人さん、略して黒美さんとでも呼べばいいのか、と少々違った方向に頭が働いた。何故なら、呼び名の一つも無いのは流石に不便だからだ。
「で、重要な知らせって?」
「えーと……まぁ、順を追って説明して行くわ。まず、全ての世界は一つの神界、六つの魔界、そして次元を跨る無数の現界と区別される。これは分かった?」
「え、ぁ、分かったわ」
あまりに唐突な説明への導入に、アレイシア少々困惑気味だ。
これは要するに、彼女が知っている二つの世界以外にも、数えられないほど沢山の世界が存在するという事である。その中には俗に言う、並行世界や異次元といったものもあるのかもしれない。
「これを踏まえた上で、魔界について。魔界にあるいくつかの国は、既に神界と……えー……分かりやすく意訳すると、平和条約を結んでいるのよ。攻め入るな、争うな、仲良くあれ、という簡単な約束事」
「……でも、その魔界の国が必ずしも平和条約を守るとは言えないんじゃ?」
「そうね、察しがいいわ。中には神界と物流のある国まであるんだけど、条約を結んでいない、あるいは条約を守らない国もある。今回の件は、魔界のいくつかの国が協力して神界に攻め入る不穏な動きがあったから、戦力確保のためにも、なるべく早く貴女に能力を使いこなせるようになってもらいたくて」
「まだ私は能力を全く使えないけど……」
たった今まで気にかけていた事ゆえに、アレイシアは心配そうな面持ちで言う。
「貴女の魔導書に魔法陣を追加しておいたわ。その魔法陣を使えば私の家まで引っ張ってあげられるから、特別にレッスンを付けてあげる」
「ありがと、細かい事は後にして起きたら行ってみるわ。……あ、あれ……」
と、この時アレイシアは何処かに引っ張られて行くような不思議な感覚を覚え、間も無く意識は再び眠りへと落ちて行った。
「アレイシアさーん! またですか……朝ですよー!!」
フィアンの叫び声が寝室内に響き渡る。アレイシアは机の上に突っ伏したまま、また昨日と同じ寝起きの悪さでフィアンの手を煩わせていた。
「うー……あと少し……半日だけ……」
「起きて下さーい!!」
結局アレイシアは、フィアンの猫パンチに殴り起こされ、まだ眠いにもかかわらず寮一階のレストランで朝食を取ることとなる。今回もまた、二人揃ってオススメを頼まなかった事を除けば特に何事もなく食事を終えた。
「あ、今日はちょっと出かけて来るわ。夕方までには帰るんだけど大丈夫?」
「はい、大丈夫ですけど……学園内なら一緒に着いて行っても?」
「ん、あー……そうね、でも学園の外の用事だから」
学園どころか世界の外かも分からないわ、とアレイシアは脳内で付け足す。これから向かう場所は、黒美さんが待っているであろう神界だからだ。
寮の部屋へと戻って来たアレイシアはすぐに準備を始める。ベルトに魔導書と魔法薬のホルダーを装着し、寝室の机の上に置いてあった魔導書を回収した。
魔導書を見てみると、アレイシアは一番後ろの方のページに見覚えの無いしおりの様なものが挟まれている事に気付く。緋色のリボンで飾られた、彫刻入りの洒落たしおりだ。
そのページを開いてみれば、上級者向けの書籍でも見たことが無いほど、複雑で入り組んだ形状の魔法陣が描かれていた。その幾何学的な美しさと入り組んだ記号の精密さ、その全てに息を呑んで圧倒される。これが恐らく、黒美さんが追加したという魔法陣だろう。
「……凄い、けど、これは書き写さなきゃ……」
これほど大規模な魔方陣となると、本からそのまま魔法を発動させる訳には行かなくなってしまう。発動させるにしても、魔力の損失が非常に多くなってしまうからだ。
それを抑えるため、"絶縁紙"と呼ばれる魔力を通さず弾く紙に、魔力伝導率の高い"魔導インク"で魔法陣を書き込んで行く必要がある。
幸い、アレイシアは母親の御下がりとも言える絶縁紙と魔導インクをトランクの中に詰めて来ていたため、それを用いて正確に魔法陣を書き写して行った。
それから一刻後、魔法陣の九割方を写し終えた所でフィアンが寝室の中へと入って来る。今日は出かけると言いながら、未だに出かけようとしないアレイシアの様子を見に来たのだ。
「……それは、何ですか?」
「あ、フィアン。これは、えーと……場所を伝えるための魔法陣よ」
「もしかして、それで誰かを呼んで今日は出かけるんですか? ……それにしても複雑ですね」
「違うわ、どちらかというと私が呼ばれる方……出来たっ」
写し終えた魔法陣の紙をアレイシアは床に敷くと、その上に裸足で立った。三テルム(七十五センチメートル)四方の薄い紙、破れてしまわないか心配でもあるのだが、魔法陣の中央に人差し指と中指を添えると一気に大量の魔力を流し込んだ。
「うゎ……」
魔力は周囲にも影響を及ぼし、フィアンは少し気分が悪そうにへたり込む。アレイシアは更に二段回目の魔力を開放、一点に魔力を詰め込むような気持ちで魔法陣に集中させた。
しかし、一般的な魔法使いを優に上回るその魔力量でも、魔法陣はまだ発動する兆候を見せない。
「す、凄い魔力ですよ! 明らかに十二歳で出せる魔力じゃ……」
「……三段回目も開放しなきゃ。っ、来た!!」
アレイシアが三段回目の魔力を開放した瞬間、彼女を白い光が包み込み、フィアンは目を開ける事すらままならなくなる。しかし一秒と経たない内に光は収まり、フィアンが気付く頃にはアレイシアの姿は完全に消え去っていた。
感想評価はいつでも大歓迎です!
誤字脱字、描写のアドバイスなどもお待ちしております。
途中、地味に展開が加わっている^^;
改定後の総合評価が三千を超えました!
読者の皆様、本編の続きを待たせてしまって申し訳ありません。そして、ありがとう御座いますっ!m(_ _)m