01-05 急襲
2011/1/9追記:
感嘆符(!?)の後にスペースを入れました。
若干の訂正をしました。
アレイシアは今年で十二歳になる。飛行魔法は一応周りには公表しないという事になった。これはアレイシアがあまり有名になっても困る上に、飛行魔法を悪用されたくないという理由による両親からの願いであった。
だが、それよりも重要な問題が今のアレイシアにはある。普通は十歳頃に始まる吸血鬼独特の吸血衝動がアレイシアには無いという事であった。アレイシアはそろそろ十二歳になるのだが、未だにそれらしい症状は見られない。吸血衝動というのは吸血鬼にとって食欲の一部であり、魔力を得る為の重要な手段でもあった。遅くとも十四歳までに吸血衝動が起きなければ、魔力枯渇状態になりやすくなってしまい、危険と言えるのである。とは言っても、もともと魔力が一般的な吸血鬼の平均を大きく上回るアレイシアはどうなるか分からないのだが……
アレイシアは結局、十二歳になったばかりの一月十日から国王が直々に誘って来た魔法魔術学園に入学する事が決まった。現在は一月六日、誕生日の一月七日を前日に控えている。
当然、魔法魔術学園に入学するとなれば準備すべき物も多く、学園指定のローブに靴、自身の魔導書となる白紙の厚い本など、他にも多くの物が必要となる。これらの買い物は既に済ませてあり、今すぐにでも行ける状態になっている。ちなみに白紙の厚い本の表紙には英語で『the Grimoire of Alysia』、要するに『アレイシアの魔導書』と書かれており、アレイシアが作った飛行魔法含め二十を超える数の魔法が術式化されて収められている。……つまり、既に白紙ではなくなっている。
アレイシアは、魔法魔術学園ではどの様な事をするのかと楽しみにしていた。確かに今まで独学で魔法魔術の勉強は進めて来たが、この世界での基準としてどの様な勉強をするのかと思うと東次は自然と動悸がする程の興奮を覚えた。これまでの日々であまり友人と呼べる『ヒト』が居なかったのも原因の一つだろう。学園は全寮制になっているので、どの様な友人ができるかとでも期待しているのかもしれない。
学園はアレイシアが二歳の頃、始めて本を買った時に行った町であるラ・レティルの先にある山脈を超えた場所にある。大体道中馬車で丸一日といったところだろう。アレイシアは夜明けと共に馬車で出発、夜明けと共に学園に到着という予定となっていた。
学園ではどの様な事をしようかと思いながら誕生日を前日に控えるアレイシアは、魔法魔術研究中に突然強い睡魔に襲われ気付けばそのまま眠ってしまっていた。
次の日の昼、アレイシアは突然の轟音で目を覚ました。
ズゥゥーン
「……せっかく人…じゃなかった、吸血鬼が気持ち良く寝てるのに……!」
吸血鬼だろうと、寝ている時に起こされるのは嫌なものだった。本来は夜が活動時間の吸血鬼にとって、昼に起こされるという事は人間にとっての夜に起こされる事と同義である。
とは言っても、轟音の正体が気になったアレイシアは眠い目をこすりながらも研究机の上に置いてある魔導書を手に取って立ち上がるが、何故かバランスを崩してそのまま転んでしまう。いくら起きたばかりとはいえ、あまりにも重過ぎる自分の身体を不思議に思うが、その疑問もすぐに解決する事となる。アレイシアが研究の為に集めた魔法魔術の資料の中に、催眠魔法の後遺症として翌日の不調と書いてあったのを思い出したからである。自分の中に他人の魔力が極めて微量残っているという事も感じ取れたため、ほぼその推測は当たっているだろう。これなら昨日の研究中に突然寝てしまったのも説明がつく。問題はその魔法をいつ掛けられたかという事だったが、襲撃の可能性もあるこの事態にその様な事も気にしていられないと、急いで屋敷へと戻って行った。
「闇壁!!」
今は昼のため、未だ日光に慣れないアレイシアは、自身で開発した日光を遮る小さい壁を上空に出現させる魔法を魔導書を利用して発動した。自身の上空六テルム程度の位置に現れた円状の闇壁は、アレイシアの上をすーっと滑る様についてくる。催眠魔法の後遺症がある中でもアレイシアは闇壁を軽々と扱うが、実は闇の中級魔法でもかなり上位にあたる魔法なのである。
屋敷の中に入るが誰もいなく、完全に静まり返っていた。何かがあったのは確実だろう。いつもなら従者が何処かにいる筈なのだから。
誰も居ないのは変だと思い、再び魔導書を利用してある魔法を発動した。
「気配探索!!」
この魔法は名前の通り、周囲に存在する気配を察知するものである。半径百テルム程度は既に察知出来る様になっているので、一応屋敷の殆どを把握出来る位である。
アレイシアは、厨房の奥に眠っていると思われる沢山の気配を感じ取る事が出来た。その中でも特に大きい魔力を感じ取れる三人の内二人は、恐らくナディアとオーラスだろう。誰かが分からないもう一人は、厨房の入り口に近い場所に居る。
アレイシアは駆け出した。既に催眠魔法による後遺症も殆ど無かったため、少し前に使える様になったばかりの身体強化を掛けつつも魔法をいつでも直ぐに発動出来るようにと準備しておいた。
僅か数秒で厨房に辿り着き、両開きの大きな扉を両手で開けた時、突然目の前に小さい火の球が出現した。アレイシアはそれをなんとか当たる直前で魔法障壁を張って防ぐ事に成功したが、その直後に真上から剣の一閃が迫って来ていた。その剣を掠りながらも斜めにしゃがんで避けたアレイシアは、厨房の中で剣を振って来た張本人に対峙する。思えば、ナディアとオーラス以外のもう一つの強い気配はこの男のものだったと気付いた。
「……貴様がアレイシアか。国王の頼みを断る様な無礼者は斬り捨ててくれる!」
「いやいや、少し待ってよ。平和的に話して解決した方が互いに得策……」
「お前と話す事など無い!!」
アレイシアの話に全く聞く耳を持たない男は、また剣を持って突撃して来た。剣がたまにバチバチと空中に放電するのは雷魔法を剣に纏わせているからだろう。それに対して魔導書以外の武器を持たないアレイシアは、剣から逃げる様にしつつもお返しにと初級魔法を放っていく。
アレイシアは困っていた。このまま男に大魔法を放てばすぐに決着がつくというのは決まり切った事だが、屋敷に被害が出る上に厨房の奥で眠らされている人もいる為、避難させる事も出来ない。このままでは防戦一方になってしまう。逃げつつも放っている初級魔法は殆ど男の魔法障壁に防がれてしまっている。
気付けば、アレイシアが男と戦っている内にいつの間にか眠らされている人の近くにまで来ていた。ナディアとオーラスもその中に居るのが確認出来る。
だが不幸な事に、アレイシアは両親の居場所に気を取られていた為、すぐそこまで迫って来ている的確に心臓を捉えた剣の突きにギリギリまで気付く事が出来なかった。それ程の至近距離では勿論魔法障壁を張るのも間に合わずに……
サクッ……
男が放った雷を纏った剣の一突きは、正確にアレイシアの心臓を貫く。男はアレイシアから剣を抜き、そのまま厨房から去って行った。厨房の中には眠らされた沢山の屋敷の住人と多量の血を流すアレイシアだけが残されていた。
何とかこの状況を打開出来る方法はと、遠のく意識の中で考える。もともと高い治癒力を持っている吸血鬼でも、少なくとも百年生きなければ心臓を貫かれて回復するという荒技は出来ない。治癒魔法もまだそれ程使えないため、あまり頼れないだろう。それでも唯一の方法があるとすれば、不老になる事である。不老に成れば死ににくい身体になると、あの黒髪美人さんが言っていた。方法は簡単、強く念じるだけであった。
(神様神様、正直死にそうだから私を不老にしてくれ。約束だろう?)
最後に了解、と軽く楽しげに言う声が聞こえ、そのまま意識は闇に落ちて行った。
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