03-09 リセルの訪問
学園の南部、幾つもの寮棟が立ち並ぶ場所へと戻って来た二人は、リセルの寮室があるというA棟を通り過ぎ、アレイシアの寮室があるD棟へと入って行った。
紅いカーペットが敷かれた廊下を進んで行くと、その一番奥に扉が見えて来る。その扉には『D204』と彫られた木の板が貼り付けられていた。それが、アレイシアの寮室だ。
と、そこで。学園証を取り出したアレイシアの耳元に、リセルは顔を寄せて小声で話し掛ける。
「ちょっと」
「わひゃっ……!?」
耳元に突然話し掛けられたものだから、アレイシアは驚いて、つい変な声を上げてしまう。若干顔を赤くしながら、さっとリセルの方へとアレイシアは向き直る。
「な、なな、何よ……!!」
「いや、別にそんな意味でやった訳じゃ……学園証、貸してくれるかな?」
「……うん」
アレイシアは小声で、斜め下を向きながらそう言うと、手に持った学園証をリセルに手渡した。
実際の所彼は、アレイシアよりも先に寮室の中へと入り、フィアンを驚かせてみようと思っただけなのだ。だから、部屋に入るためにアレイシアから学園証を借りたのであった。
ガチャッ
「誰か居……!?」
しかし、扉はリセルでは無く、どうやら話し声を聞きつけたらしいシェリアナが開けてしまった。部屋から出て来たシェリアナは何故か、その場で固まって動かなくなってしまう。
「セリア? どうしたの?」
アレイシアはそう言うと、自分が今どの様な状況になっているのかを確認する。リセルが耳元に顔を寄せた後、アレイシアは振り返ったのだ。当然、互いの顔は近くにある訳で————
「……アリア、彼氏いたの!?」
「ちがーうっ!!」
恥ずかしさのあまり、シェリアナに掴み掛かるアレイシア。当事者であるリセルは、端から二人を見ているだけだ。彼が一言いうだけで、シェリアナのこの勘違いは収まりそうなものなのだが。
そこでシェリアナは、アレイシアの彼氏と勘違いしてしまった青年が、一体誰なのかを察したらしい。彼女は、恐る恐るといった風にリセルに尋ねる。
「あの、リセル……くん?」
「そうだけど?」
そして、帰って来た答えは肯定。そこからシェリアナは、二人の関係を間違いだらけに推測して行く。
————やっぱりアリアって、弱い人には気を向けなさそうな感じがするよね……リセル君は、闘技大会で見た感じかなり強かったし、リセル君がアリアを好きなのだとしたら、あの時アリアに勝ちを譲ったのも納得できる……!!
「ちょっとフィア、クレア!! アリアに彼氏ぐぁっ……」
「だから、ちーがーうーっ!!」
何を思ったのか、突然部屋の奥に向かって叫び出したシェリアナを、アレイシアは襟元を掴んで止める。勿論、その先が超危険事項だからだ。
見ているだけで何もしないリセルと、虚構を拡散するシェリアナ。二人の襟元を掴むと、アレイシアは寮室の中へと幾分ご立腹な様子で引き摺って行った。
寮室の中に入った三人は、元々中にいた二人と机を囲んで座る。先程の騒乱があったにも関わらず、アレイシアのすぐ右隣にはリセルが座っていた。
アレイシアから見て左側に座っているシェリアナは、やはりそれを不思議そうに眺めるも、アレイシアの鋭い視線に阻まれる。
「……一応言っておくけど、リセルは友達だから。勘違いしないでよね」
「は、はいっ!」
アレイシアの威圧的な言葉に、思わず身を震わせるシェリアナ。それに対し、フィアンとクレアは何の事か分からないといった表情をしている。
「で、リセルは何しに来たの?」
「暇つぶし。ラセルも何処か行っちゃったしな」
ラセルとは、リセルの義弟の名だ。この前、闘技大会で会った時にはあまり話が聞けなかったのだが、どうやら思いのほか、兄弟としての仲は良いらしい。
「分かったわ。なら、アテを淹れてくるから話でもしながら待っててね」
アレイシアは料理が苦手である。しかし、嗜好品の類、例えば薬草などから湯を淹れる事に関しては、人一倍上手なのであった。
勿論アテも例外ではなく、貴族の嗜みということで、アレイシアは母親から淹れ方を教わっていたのである。曰く、淹れる事も楽しみの一つ、従者に任せっきりではいけない、との事だった。
「はい」
コトッ
数分後。トレーに淹れたてのアテを乗せて、四人がいる机の前に立ったアレイシア。皆の話を聞きながら、それぞれの前にアテを置いて行く。
「美味しいですね」
そう言うのは、一番始めにカップを手に取ったクレアだ。美味しいと言ってもらえて嬉しいのか、アレイシアは満面の笑みを浮かべて自身のカップに口を付ける。
「ねぇ、アリア?」
「何?」
アレイシアが一口、こくっと音を立ててアテを飲んだ直後。既に半分以上飲み終わっていたシェリアナは、カップを机の上に置いてアレイシアに問う。
「約束、忘れてないよね?」
「…………あ」
シェリアナにそう言われ、アレイシアは出掛ける前に何と言われたかを思い出す。
——戻って来たら血を吸わせて?
何故、シェリアナが今尋ねたのかは分からないが、アテの朱色を見た時に血を連想したのかもしれない。
「……あ、後でね」
「やだ、いま吸いたいの」
シェリアナは立ち上がると、アレイシアの椅子の後ろに立つ。逃げても追いかけられるんだろうなぁと、アレイシアは半ば諦め気分でシェリアナの吸血を受ける事にした。
それから一刻もの間、シェリアナとアレイシアは血を吸い続け、最終的にはリビングの床に倒れる事となる。
それを見ていたリセルはというと……
「……吸血鬼って、凄いな」
「貴方も、吸血鬼に適合してれば……ハァ、良かったのに……」
「正直後悔してるよ。でも、あと十年はこのままだな」
二人のこの会話が妙に印象的だった。適合はどうやら、あと十年は元に戻れないらしく、それが終わらない限りは吸血鬼になれないのだそうだ。
勿論フィアンとシェリアナ、クレアは、この会話の意味が全く分からなかったのだが————
「いつか自分も吸血鬼に……」
「何か言った……?」
「いや、何でも無いよ」
そして、アレイシアが気絶する直前に、彼女とリセルが交わした会話がこれだった。
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アリア「私との約束よ! 感想評価、入れて行ってね!!」
セリア「絶対だからねっ!」
アリア「そうそう、次回に閑話で吸血を入れるか悩んでるらしいんだけど……読者さんは見たい?」
セリア「という訳で、そんなリクエストもお待ちしておりま~す!」