悪役令嬢は、聖女を立ち直れなくしたい
悪役令嬢の誤算シリーズ2
「ベル」
「はい、お嬢様!」
午後のティータイム。
セレスティアは優雅に紅茶を口へ運び、一言だけ告げた。
「聖女ソフィアを、立ち直れなくしてきなさい」
ベルは勢いよく立ち上がる。
「ついに心を折るのですね! では、靴を隠しましょう!」
「却下です」
「悪口を書いた手紙を送りつけます!」
「却下」
「暖かいスープを冷やして出します!」
「論外です。嫌がらせが地味すぎます」
ベルはガクッと肩を落とした。
「難しいです……」
セレスティアは静かにカップを置く。
「あなたは発想が幼稚なのです。人というものは、努力を認められた直後に、それを否定されるのが最も堪えるもの。明日は慈善活動の表彰式。きっと聖女も表彰されるでしょう。その場で『聖女には荷が重かったのでは』という空気を作ることができれば――」
ベルはハッと息を呑んだ。
「一番つらいやつ……! 皆の前で自信を失い、二度と立ち直れなくなる……。さすがお嬢様、底意地が悪いです!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
その時だった。
「お役に立てそうですね!」
聞き慣れた声と共に、白い翼を揺らしながらルミエルが現れた。
セレスティアは嫌そうに視線を向ける。
「……聞いていましたか」
「はい! 任せてください! 完璧に『立ち直れなく』してきます!」
ふわりと光に包まれ、その姿が消える。
ベルが恐る恐る口を開いた。
「お嬢様」
「ええ」
「また嫌な予感しかありません」
「奇遇ですね。私もです」
**
翌日。王都の中央広場。
慈善活動の表彰式で、司会が高らかに宣言する。
「今年最も多くの人々を救った功績を称え、聖女ソフィア様へ特別表彰を授与いたします!」
盛大な拍手の中、ソフィアは恐縮しつつも壇上へと上がり、恥ずかしそうに表彰を受けた。
壇上から降りた彼女のもとへ、一人の老婦人が駆け寄ってくる。
「聖女様、これは庭で咲いた花です。どうかお受け取りください」
「あ、ありがとうございます……!」
すると、それを合図にしたかのように。
「うちの畑で採れた野菜です!」
「焼きたてのパンをどうぞ!」
「妻が織った極上の布です!」
「娘が作ったお守りも!」
次々と彼女の周りに人々が集まってくる。それも、尋常ではない数と量で。
「えっ、あの、その……!?」
ソフィアの腕には大量の花束。足元には溢れんばかりの野菜籠。隣にはずっしりとした布袋。
どこかの誰かが「さあ皆さん!今こそ聖女様に感謝を形で伝えるのです!」とでも祈ったかのように。
「皆さん、お気持ちだけで十分ですから……!」
ソフィアの両腕が限界を迎えても、人々の感謝は止まらない。
感謝の品は、みるみるうちに彼女の周りで山のように積み上がっていく。
「ふぇぇ……!」
ついに、ソフィアは贈り物の総重量に耐えきれなくなり、どさっとその場に尻餅をついた。
「た、立てません……!」
会場は一瞬静まり返り――次の瞬間。
「あははは! 欲張りすぎですよ、聖女様!」
「違います~! 動けないだけです~!」
荷物に埋もれて足をバタつかせるソフィアの姿に、会場はこれ以上ない温かな笑いに包まれた。
**
少し離れた物陰。
ルミエルは満足そうに腕を組んで頷いた。
「大成功です!」
「……何がです」
セレスティアの低い声が響く。
「約束通り、立ち直れなくしました! 皆さんの『ありがとう』の重みです!」
視線の先では、「家に帰るまで荷物を持つのを手伝うよ!」と笑顔で街の人たちがソフィアを助け起こしている。
セレスティアはゆっくりと目を閉じた。
「……確かに。物理的に立ち直れて(起き上がれて)いませんね」
「ですよね!」
「ですが」
セレスティアは冷たく言い放つ。
「私が望んだ意味とはまったく違います」
ルミエルは本気で首をかしげる。
「難しいですねぇ」
「あなたが毎回、違う方向へ全力疾走するからですわ」
**
その夜。公爵家の自室。
セレスティアは机に向かい、一冊の革張りの手帳を慎重に開いた。
表紙には金文字で『聖女××計画帳』と刻まれている。
羽ペンを手に取り、今日のページを開く。
――作戦2
結果:失敗。
敗因:天使。
ぱたん、と手帳を閉じる。
「……次こそは、次こそは絶対に……」
その決意とは裏腹に、廊下の向こうから、ルミエルの楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。
『明日もお役に立てるように頑張ります!』
セレスティアは静かに額へ手を当てた。
「……それが一番の恐怖ですわ」
終
【登場人物】
セレスティア:公爵令嬢。完璧主義で、今日も華麗な計画を立てる。
ベル:セレスティア専属メイド。お嬢様を慕う、元気なメイド。
ルミエル:ひょんなことからセレスティアへの恩返しに奮闘する押しかけ天使。
ソフィア:庶民出身の聖女。
※ルミエルは、基本的に関係のない人たちには見えていません。




