春ですね。春ですよ。
ガチャッ。ギギギ、と音をたてながら狭い部屋に一つしかない扉が開いた。
誰だろうか。まだもう少しだけ1人で居たかったのに。
春の陽気に包まれ気持ち良い風を浴びながらどこかの有名人のように、
「春ですね。はるですよ〜」と言っていたかった。悲しくも一人でだが。
そんなことよりもあいさつしなきゃ。
座っていた椅子を立ち、相手の顔を見るよりも先に礼をしてしまった。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
なるべく固くなりすぎずまた、ラフになりすぎないように、はじめましてを言った。
及第点じゃないだろうか。それなりに上手く言えたのではないか。
「、、、お、おはようございます。貴方は誰ですか?」
、、、失敗した。扉が開くと同時に挨拶をしたせいで驚かせてしまった。
「3314上大岡行通です。今年からこの研究室に所属することになりまし、、、」
「どうしたの?」
「あっ、い、いや何でもないです。大丈夫です」
「それならいいけど」
いや、大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。だって僕の目の前にいる人は、
見惚れてしまうほど美しかったのだから。
凛とした佇まいで髪の毛も黒髪ロングではっきりとしたキューティクルリングができるほど髪の毛一本一本が均一になっていて、さらに艷やかだった。細身の身体であるが出るとこは程よく出ている。計算されたようだった。『万物は数で出来ている』言った偉人に激しく共感できる瞬間でもあった。いけない。会話を続けなければ。
えーと、えーと、な、何を言おう.......
「先輩のお名前は?」
「川崎柚利よ」『ゆずり』.....かわいい。
「川崎先輩は……」
「ごめんなさい。この研究室には2人川崎が居るの。だから下の名前で呼んで。」
「そうなんですね。わかりました。ゆずり先輩」
初めから名前呼びか。......ラッキー。
内心もう一人のまだ見ぬ川崎先輩へ心から感謝しつつ、応えた。
それからは各自の準備に時間を費やした。すると再び扉が開いた。これまた、条件反射で席を立ち今度は先ほどの失敗を省みて、相手をみてから頭を下げた。深く深く。それは深く。なんせ、狭い研究室に入ってきたのは高身長で強面な男だったからだ。
「こんにちわ!!お世話になります!!」
待って、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
なんだこの人。
殺されそうなんですけど。
死にそうなんですけど。
死まで5秒なんですけど。
「あら、おはようございます。久里浜先輩」
「おう。おはよう。元気か?」
「はい。元気ですよ」
「それはよかった」
待て待て、なぜ物怖じせずに話しているんだ?
正気か?正気なのか?
「新入生か。よろしくな。俺は久里浜圭人だ。お前は?」
3314の上大岡行通です、と応えた。そして、時間を空けずにもう一人やってきた。
「やあやあ、おはよう、君たち。元気か?」
この研究室の長にして、助教でもある方が、やって来た。
ゆずり先輩は穏やかに応えた。
「はい。元気ですとも。おはようございます。英利花先生。」
下の名前で呼ぶなんて仲がいいんだな、と思っていると、ゆずり先輩はその先生を紹介してきた。
ちなみに高専ではあまり教授や准教授とは呼ばず、先生呼びが多い。
「この人が川崎英利花先生よ。上大岡君」
「よろしくお願いします。英利花先生」
さっき感謝したがもう一回しておこう。感謝。この先生も美人だな。ゆずり先輩とどこか似たように見える。似た雰囲気の人だからだろうか。でも英利花先生は焦げ茶色の髪が印象的な人だ。
「よろしくな。行き道君」
、、、今なんつった?まあ気のせいか。
「行き道君は、、、」
「違います。行通です」
「あー澄まない。行き道君」
「先生何も変わってないです。誰もそんなの求めてないです。」
「うっ。なかなかグサグサくるな、君」
訂正しておかなければ他人から変人ネームになってしまう。
「僕は変人ネームだと思われたくないですから」
「分かったよ。回り道」
「ほんとに回り道ですよ!正解から遠ざかってますよ!迷子になってるよ」
「はっはっはっ面白いね君。気に入ったよ」
良かった言うべきか、はたまた変なのに目をつけられたか。
「さっ。朝のコーヒーを淹れて研究だぞ」
「「はい」」ゆずり先輩と久里浜先輩は当たり前のように言った。僕はといえば、へっ?コーヒーブレイクするの?大丈夫かなこの研究室。
それぞれが準備をし終えた頃。
「さあ、始めよう。講義の時間だ」
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講義が終わった。電気電子工学科の僕たちは電気工学の講義を受けた。
ちなみにこの学校には、
機械工学科、AI工学科、電気電子工学科、情報工学科、物質工学科の5工学科がありそれぞれM科、A科、E科、I科、S科と呼ばれる。
やっと一息つける。
「どうだった?疲れた?」
涼しい顔して川崎先輩は話しかけてきてくれた。
「疲れましたよ〜。なんで僕だけ指名されるんですか」
英利花先生はとんでもないほど指名して来た。
講義中。
時には、
「ねえ行き道。1足す1は?」
「2!!」
そしてある時には、
「ねえ行き道。円周率は?」
「3.14……これ以上は知りません!」
「私3.14までしか知らない。」
カチン!!!!
こいつ!!許さん!
「なっ、なんで聞いたんですか?!」
「なんとなく」
こっ、こいつ!きれいな人だからって許さん。絶対に許すまじ。
最後には、
「行き道。電話番号は?」
「え、080……って何言わせようとしてんですか!」
「答えるかなって、思って。」
「そんなわけないでしょうが!」
「ええ〜ん。ゆずちゃん、行き道が怒ってくりゅ~」
なんてやつだ、自分の学生に泣きつくとは。
「先生が悪いです。あと最後に『りゅ~』は普通に痛いですよ」
「うっ。い、痛い」
ゆずり先輩は泣きついてきた英利花先生を思いっきり正論パンチで叩きのめしていた!
(さ、さすがだぜ!一生ついていきます!ゆずり先輩!!)
※ ※ ※
講義中は終始こんな感じだった。
「ゆずり先輩は疲れないんですか?」
「慣れたわ」
「ほ、ほんとですか?僕は慣れたいないですよあのコントには」
「そうかな?私には君が楽しそうに見えたよ」
ゆずり先輩は少し羨ましそうな顔をしながも、美しい笑顔でこう言った。
「だって君はとても笑顔だったから」
ゆずり先輩は澄み切った声を小さい研究室に響かせた。
著者より
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