第4章 フェン
〇月〇日、晴れ。
今日もよく歩いた。足が少し痛い。でも悪くない一日だった。
新しい街に入った。石造りの建物が多くて、少し古い感じの街だった。噴水があった。広場で子供たちが遊んでいた。いい街だと思った。
宿を取って、夕飯を食べた。豆のスープが美味しかった。おかわりしたら笑われた。旅人はよく食べるな、と言われた。そうかもしれない。
明日も晴れるといい。
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〇月〇日、曇り。
街をぶらぶらした。特に目的はなかった。旅はそれでいいと思っている。目的がなくても、歩いていれば何かに会う。
市場をのぞいた。果物が安かった。買いすぎた。荷物が重くなった。
午後、少し迷子になった。路地が入り組んでいた。困っていたら、通りかかった人が案内してくれた。黒髪の人だった。
案内してもらいながら、少し話した。旅をしているというと、どこから来たのかと聞かれた。答えたら、へえ、と言って笑った。遠いね、と言った。
笑顔が穏やかな人だった。
広場まで連れてきてもらって、そこでわかれた。ありがとうございましたと言ったら、気をつけて、と言った。それだけだった。
でも——なんだろう。
その言葉が、ずっと耳に残った。
気をつけて。
旅人に言う言葉として、普通の言葉だ。でも、あの人が言うと少し違った。ちゃんと僕のことを見て、言ってくれた気がした。
うまく言えないけど。
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〇月〇日、晴れ。
昨日の黒髪の人のことを、また考えた。
なんでだろう。一度しか会っていないのに。案内してもらって、少し話して、それだけなのに。
旅をしていると、いろんな人に会う。親切にしてもらうことも多い。でも、あんなふうに誰かのことを考えたのは、久しぶりな気がした。
何がそんなに印象に残ったんだろう。
考えていたら、思い出した。
路地を歩きながら、黒髪の人が言った言葉がある。僕が、散歩は楽しいですかと聞いたんだったか。うろ覚えだけど。
そうしたら、少し考えてから、言った。
「楽しいかどうかより——歩いていると、会いたかった人に会える気がするから」
変な答えだと思った。でも、なんかわかる気がした。
僕も、誰かに会いたくて旅をしているのかもしれない。会いたい誰か、というより——まだ会っていない誰か。そういう人に会えるかもしれないから、歩いているのかもしれない。
そう思ったら、少し、旅が好きになった。
黒髪の人に、もう一度会えたらいいな。
あの時の礼を、ちゃんと言いたい。
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〇月〇日、晴れのち曇り。
次の街に向けて歩いた。
途中、峠を越えた。景色が良かった。遠くに山が見えた。雪がまだ残っていた。
足が痛かった。でも歩いた。旅はそういうものだと思っている。
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〇月〇日、曇り。
新しい街に着いた。
宿のおじさんがよく喋る人で、夕飯の間ずっと話しかけてきた。疲れていたけど、悪い人ではなかった。
街の話をいろいろ聞いた。最近あった出来事とか、面白い噂とか。
その中に、こんな話があった。
少し前のことらしい。この街から少し離れたところの崖道で、馬車と人が衝突したらしい。驚いた馬が暴れて、崖下に落ちた方がいたとのこと。
太陽が道を照らさんことを。
明日は晴れるといいな。
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〇月〇日、晴れ。
よく晴れた。気持ちのいい朝だった。
市場で焼きたてのパンを買った。美味しかった。旅はこういう時が一番好きだ。
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〇月〇日、晴れ。
歩いた。よく歩いた。
いつかまた、黒髪の人に会えたら。
あの時の礼を言いたい。
それと——あの言葉の続きを、聞いてみたい。
歩いていると、会いたかった人に会える気がする、と言っていた。
あの人は——誰に、会いたかったのだろう。




