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第3章 ダリウス

記録者:ダリウス・ヴェルハルト

記録日:春季第七週、第三日

件名:エルシェシアに関する記録


本記録は、公式文書ではない。

私的な記録として、ここに残す。


────────────────────────


一.経緯


エルシェシアと初めて会ったのは、彼が機関に入る前のことであった。


当時、私は新規入機者の選定に関わる立場にあった。候補者の資料を精査する中で、一つの名前が目に留まった。エルシェシア。出自は不明瞭な部分があった。経歴に、いくつか埋められていない空白があった。しかし魔法の記録だけは、際立っていた。


風属性。それだけでも十分だった。


だが——調査を進めると、もう一つの属性が浮かんだ。


闇属性。

風と闇、二属性を持つ者は稀少である。機関の規定上、問題はない。だが、彼の過去にはそれ以上の——慎重に扱うべき事柄があった。詳細はここには記さない。記録とは、必要なものだけを残すべきだ。


私はそれを承知の上で、彼を機関に推薦した。


有能だと判断した。それだけである。


────────────────────────


二.在機中の評価


エルシェシアは、有能だった。


魔法の扱いは精密で、研究の質は高く、報告書は簡潔で読みやすかった。同僚との関係も良好であった。上からの覚えもめでたかった。機関にとって、有用な人材であった。


ただ——扱いにくかった。


命令には従った。規律も守った。表面上は何も問題がなかった。しかし彼は、私の意図を読んだ上で、その意図には乗らなかった。従いながら、従わない。そういう人間だった。


私は長い間、彼のことを「偽善者」だと思っていた。


誰にでも優しかった。誰も傷つけなかった。いつも笑っていた。だが——その優しさの奥に、誰も入れなかった。温かい壁、とでも言うべきか。誰もが彼に近づけると思っていた。しかし実際には、誰も中には入れなかった。


それを偽善と呼ばずして、何と呼ぶのか。


本物の優しさとは、人を内側に招くものだ。彼の優しさは、人を外側に留めるためのものだった。私にはそう見えた。


もっとも——私が間違っていた可能性も、今となっては否定できない。


────────────────────────


三.あの夜の記録


エルシェシアが死んだ夜について、記録する。


その夜、私は彼を執務室に呼んだ。夜半過ぎのことであった。


告げたことは、一つである。


彼の過去が、表に出る可能性が生じた。ある筋から情報が漏れた。私にはもはや、それを抑える手段がなかった。そのことを、告げた。


彼の表情は、変わらなかった。


私の話を聞きながら、静かに座っていた。頷いた。わかりました、と言った。それだけだった。取り乱さなかった。泣かなかった。怒りもしなかった。


実に優秀な人間だった。


私はそう思った。その夜は、そう思った。


彼が執務室を出る時、一度だけ振り返った。


何か言いたそうだった。しかし何も言わなかった。会釈をして、扉を閉めた。


それが最後だった。


翌朝、彼の死が報告された。深夜のことであったと。発見された場所は、よく——いや、これは書かない方が良いだろう。それだけを聞いた。詳細は、私の職務上必要な情報ではなかった。


記録としては、以上である。


────────────────────────


四.補記


風の精霊が、主の死後に遺品を届けた記録が、過去に三件ある。いずれも主が生前に強く望んでいた場合に限られている。本件において同様の事例が生じたかどうかは、確認していない。


以上をもって、本記録を閉じる。


────────────────────────


閉じる、はずだった。


だが——筆が止まる。


エルシェシア。


あの夜、お前は何も言わなかった。表情一つ変えなかった。わかりました、と言った。


私はそれを、優秀だと思った。


しかし今になって考える。


表情が変わらなかったのは——本当に、優秀だったからか。


それとも、もうずっと前から、覚悟していたのか。


あるいは——もう、何かを諦めていたのか。


お前が執務室を出る前に、一度だけ振り返った。あの時、何を言おうとしていた。私は待たなかった。続きを促さなかった。必要ないと思った。


今更になって——気になっている。


お前は、本当に偽善者だったのか。


それとも私が——ずっと、お前の外側にいただけか。


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