第六十二話「牧場の拡張と、新種スライムの誕生」
バベル・ガーデン、『スライム牧場』。
ここは、スライムたちの楽園であり、同時にアレクセイ牧場長にとっての戦場でもあった。
「牧場長!エナジーバーの追加発注が止まりません!『粘液』の在庫が底をつきます!」
「第三エリアのスライムたち、過労気味です!これ以上の増産はストライキの恐れがあります!」
部下たちの悲鳴が飛び交う。
ヴォルグが開発した『特製エナジーバー』の大ヒット。
その材料となるスライム・シロップ(無味無臭の高品質な糖分)の需要が、供給を完全に上回っていたのだ。
「…くっ、嬉しい悲鳴だが、このままではスライムたちが潰れてしまう」
アレクセイは歯を食いしばった。
スライムは家畜ではない。家族だ。無理な搾取は彼の美学に反する。
「拡張だ」
アレクセイは決断した。
「新しいエリアを開拓し、個体数を増やす。…未踏の第六エリアへ進出するぞ!」
◆◇◆◇◆
第六エリア。
そこは、薄暗く湿った第五エリアとは異なり、乾燥した岩場が広がる場所だった。
空気中に、ピリピリとした静電気が漂っている。
「…妙ですね。この一帯だけ、魔力の質が違う」
アレクセイは松明を掲げ、慎重に進んでいた。
その時。
バチッ!!
暗闇の奥で、青白い火花が散った。
「敵襲ッ!…いや、待て」
アレクセイは部下を制し、目を凝らした。
岩陰から顔を出したのは、一匹のスライムだった。
だが、見慣れた水色や緑色ではない。
鮮烈な稲妻のような黄色。そして、体表には常に微弱な電気が走っている。
「ピィ…?ピリリッ!」
新種のスライム――『雷スライム』だ。
それは警戒したように体を震わせ、威嚇の放電を行った。
バチバチバチッ!!
「うおっ!?」
アレクセイの髪の毛が逆立つ。
だが、彼は剣を抜かなかった。
代わりに、その場に膝をつき、目線を合わせた。
「…大丈夫…怖くない。僕はアレクセイ。君の敵じゃない」
彼は懐から、最高級の魔鉱石(スライムの大好物)を取り出し、そっと差し出した。
「お腹、空いてないかい?」
雷スライムは、鉱石の匂いにピクリと反応した。
だが、まだ警戒心は解けない。
ジリジリと後ずさりし、岩の隙間に隠れてしまった。
「牧場長、危ないですよ。あんな強力な個体…」
「いいや。あの子は寂しそうだった」
アレクセイは確信していた。
独りぼっちで、この厳しい環境を生き抜いてきたのだろう。
その姿が、かつて孤独に戦っていた自分と重なった。
「時間はかかるかもしれない。でも、僕はあの子と友達になりたいんだ」
◆◇◆◇◆
それから三日間、アレクセイは毎日第六エリアに通い詰めた。
武器は持たず、ただ食料を持って。
最初は威嚇され、電撃を食らい、黒焦げになった。
それでも、彼は諦めなかった。
「今日はとっておきだ。『クイーン特製・虹色ゼリー』だよ」
四日目。
岩陰から、黄色い触手が伸びてきた。
プルプルと震えながら、恐る恐るゼリーに触れる。
パクッ。
「…ピィ!」
雷スライムの目が(あるように見えた)、カッと輝いた。
美味しい。
生まれて初めて味わう、甘美な味。
「美味しいかい?」
アレクセイが微笑みかけると、スライムは警戒を解き、岩陰から飛び出してきた。
そして、アレクセイの足元に擦り寄ってきたのだ。
ビリリッ!
「痛っ…あはは、くすぐったいよ」
静電気混じりの抱擁。
それは、信頼の証だった。
「ようこそ、我々の牧場へ。…今日から君も、僕たちの家族だ」
アレクセイは、痺れる手でその黄色い体を優しく抱きしめた。
◆◇◆◇◆
牧場に連れ帰った雷スライム(愛称:パチ子)は、すぐに群れのアイドルとなった。
特にクイーン・スライムとの相性は抜群だった。
『ピィ〜!』
『プルルン!』
パチ子が放電すると、クイーンの体がネオンサインのように美しく発光する。
二匹がじゃれ合う姿は、牧場の新たな名物となり、他のスライムたちも活性化した。
そして、驚くべき発見があった。
「…なんだ、このドロップは」
総料理長ヴォルグが、パチ子から採取された黄色い結晶を見て唸った。
鑑定魔法をかけると、数値が振り切れたのだ。
「魔力含有量が、通常種の三倍…!?しかも、カフェインにも似た覚醒作用があるぞ!」
「ええっ!?」
「これをエナジーバーに混ぜれば…食べた瞬間に目が覚め、徹夜も辞さない最強の『ハイパー・エナジーバー』が作れる!」
ヴォルグの鼻息が荒くなる。
アレクセイは少し引いたが、結果として生産効率は劇的に向上した。
パチ子のドロップ一粒で、従来品の十本分の効果があるのだ。
「やったな、パチ子!君のおかげで牧場の危機は救われたよ!」
アレクセイが褒めると、パチ子は嬉しそうに『ピカッ!』と強烈な閃光を放った。
「うおっ!目が、目がぁぁぁ!」
アレクセイとヴォルグが目を押さえて転げ回る。
その騒がしくも平和な光景を、遠くから真音が眺めていた。
「…ふーん。賑やかになったわね」
彼女は新しい黄色いエナジーバーをかじり、ピリッとする刺激を楽しんだ。
「ん。悪くない」
牧場の拡張は成功した。
新たな仲間と、新たな味。
バベル・ガーデンの食料事情は、ますます豊かに、そして刺激的になっていくのであった。




