表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/66

第五十七話「蒸気車両の完成と、初運行」

 バベル・ガーデン、ボイラー室前・特別整備区画。


 普段は熱気と蒸気に包まれた殺風景なこの場所に、今日は異様な熱気が渦巻いていた。


 その中心に鎮座するのは、黒鉄の塊。


 無骨な装甲に覆われたボディ。


 巨大な四つの車輪。


 そして後部に搭載された、心臓部たる高圧ボイラー。


 魔王ガルシスが数ヶ月の歳月をかけて生み出した、技術の結晶である。


「…圧力、正常。ピストン、可動域クリア。ドルフ、安全弁の確認は?」


「へい。ばっちりですぜ、魔王様」


 ドルフが油まみれの顔でサムズアップする。


 ガルシスは満足げに頷き、愛おしそうに鉄の巨体を撫でた。


「フフフ…。ついに完成したぞ。我が最高傑作、『魔導蒸気式・自走型重輸送車ヘル・トラック』がな!」


 かつて世界を滅ぼそうとした男が、今はただのメカニックとして瞳を輝かせている。


 その情熱に引かれ、周囲には噂を聞きつけた兵士たちが人だかりを作っていた。


「おい見ろよ、あれが噂の…」


「馬もいないのに走るってマジか?」


「魔王様の発明だぞ。空だって飛ぶんじゃないか?」


 期待と好奇の視線を浴びながら、ガルシスは運転席へと乗り込んだ。


 革張りのシートに背を預け、真鍮製のレバーを握る。


「総員、離れろ!これより試運転を開始する!」


 ガルシスが叫び、バルブを開放した。


 プシュウウウウウウウウウウッ!!


 猛烈な排気音が轟き、白い蒸気が空高く噴き上がる。


 ボイラーが唸りを上げ、ピストンが激しく鼓動を打ち始めた。


「目覚めよ、我が愛機!その力を見せつけるのだ!」


 ガルシスがレバーを押し込む。


 ガコンッ、とギアが噛み合う音が響く。


 ゴゴゴゴゴゴ…!


 巨大な車輪が回転を始め、鉄の塊がゆっくりと、しかし力強く前進を始めた。


 荷台には、テスト用の巨大な石材――重量五トン――が積まれているにも関わらず、だ。


「うおおおおおっ!動いた!」


「すげぇ!本当に走ってるぞ!」


「あんな重い石を、軽々と…!」


 兵士たちの歓声が爆発する。


 ガルシスは口元を歪め、さらに速度を上げた。


 風を切る感覚。


 蒸気エンジンの振動が、背骨を通して脳髄を揺らす。


「ハハハハハ!見ろ!これが科学と魔導の融合だ!」


 広場を一周し、停止位置に戻ってくる頃には、彼は完全に「走り屋」の顔になっていた。



◆◇◆◇◆



「…素晴らしいですね」


 試運転を終え、車両から降りたガルシスの元へ、総務部長ルミナが歩み寄ってきた。


 彼女はバインダーに素早く数値を書き込んでいる。


「この積載量と速度…従来の魔法使いによる運搬に比べ、効率は四倍以上。資材搬入のボトルネックが一気に解消されます」


「フン、当然だ。私の計算に狂いはない」


 ガルシスは腕を組み、誇らしげに胸を張る。


「燃料はバベル・ガーデンの廃材と水のみ。コストパフォーマンスも最強だ。…どうだ、ルミナ。これで予算増額の稟議も通るだろう?」


「ええ。前向きに検討させていただきます」


 ルミナが珍しく素直に微笑んだ、その時。


「――ねえ」


 頭上から、不満げな声が降ってきた。


「ん?」


 見上げれば、車両の屋根の上に、いつの間にかエプロンドレスの少女――大家、真音が座っていた。


 頭の上の熊耳が、興味深そうにピコピコと動いている。


「お、大家様!?いつの間に!」


「さっき、走ってる時に飛び乗ったの」


 真音は事も無げに言い放ち、ボンネットの上にするりと降り立った。


「これ、面白そうね。…私が運転する」


「はッ!?」


 ガルシスとルミナが同時に叫んだ。


「お、お待ちください!これは特殊な操作(と魔王級の魔力制御)が必要な暴れ馬です!素人には…!」


「素人?誰に向かって口を利いてるの?」


 真音の黒曜石の瞳がギラリと光る。


 ガルシスは即座に直立不動になった。


「し、失礼いたしましたぁ!ですが、操縦系統が複雑でして…」


「なら、アンタが運転しなさい。私は横に乗る」


 真音は強引に助手席のドアを開け、乗り込んだ。


 狭い運転席に、魔王と少女が並んで座るというシュールな構図が出来上がる。


「ほら、早く出して。…全速力でね」


「ぜ、全速力…ですか?」


「そうよ。ちんたら走ってたら、デコピンで加速させるわよ?」


 これはもう、脅迫である。


 ガルシスは冷や汗を流しながら、覚悟を決めてレバーを握った。


「しょ、承知いたしました!…振り落とされないよう、ご注意ください!」


 プシュウウウッ!!


 再び蒸気が噴き出し、車両が急発進する。


「きゃはははははははっ!」


 真音が無邪気な声を上げる。


 広場を周回するのではなく、今度は長い直線回廊へと突入した。


 ゴオオオオオオッ!!


 景色が後方へと飛び去っていく。


 風圧で真音の髪が乱れ、熊耳がペタンと倒れる。


 だが、その表情は最高に楽しそうだった。


「速い!すごい!ラズリに乗ってる時とは違う、地面を駆ける感じ!」


「でしょう!これぞ『走る』という行為の真髄!」


 真音の興奮が伝染し、ガルシスのテンションも上がる。


 彼は巧みなハンドルさばきで障害物を避け、ドリフト気味にコーナーをクリアしていく。


「もっと!もっと回して!」


「承知!リミッター解除!魔力過給圧ブースト、オン!」


 ドッカン!


 マフラーから火を吹き、車両がさらに加速する。


 ルミナや兵士たちが豆粒のように小さくなっていく。


「あはははは!ガルシス、アンタ天才かも!」


「フッ…!よせ、照れるではないか!」


 魔王の頬が赤く染まる。


 破壊神と呼ばれた男が、ただのドライビングテクニックを褒められて有頂天になっている。


 だが、その瞬間は、彼にとって世界征服よりも誇らしいものだった。


 キキーッ!!


 やがて、車両は広場に戻り、急停止した。


 プシュー…と、白い蒸気が二人を包み込む。


「ふぅ…。楽しかった」


 真音は少し乱れた前髪を直し、満足げに息を吐いた。


 そして、隣のガルシスに向かって、ニカっと笑った。


「これ、気に入ったわ。…私専用の『リムジン』も作ってよ。内装はフカフカで、おやつを入れる冷蔵庫付きね」


「ハッ!仰せのままに!最高級の乗り心地を約束いたします!」


 ガルシスは敬礼した。


 新たな目標ができた。


 輸送用トラックだけではない。


 この塔の王に相応しい、至高の玉座スーパーカーを作るのだ。


 車を降りた真音を、ルミナたちが迎える。


「大家様、ご無事ですか?」


「ん。悪くなかったわ。…あ、そうだ」


 真音は振り返り、ガルシスに指を向けた。


「あの車、名前なんて言うの?」


「『ヘル・トラック』であります!」


「ダサい」


 一刀両断。


 ガルシスがガーンとショックを受ける中、真音は勝手に命名した。


「『バベル』でいいじゃない。…シンプルで」


「…!バベル…!」


 ガルシスは震えた。


 この塔の名を冠する。それは、最大級の承認の証だ。


「採用させていただきますッ!!」


 蒸気機関の産声と共に、バベル・ガーデンはまた一つ、文明の階段を登った。


 後に、この技術が応用され、大陸全土を結ぶ交通網へと発展していくのだが――その最初の乗客が、一人の熊耳少女だったことは、歴史の教科書には載らない秘密である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ