第五十四話「料理長の挑戦と、冒険者向けメニュー」
バベル・ガーデン上層の食堂。
そこは、世界樹の恩恵を受けた食材と、総料理長ヴォルグの腕が生み出す「奇跡の美食」が提供される、兵士たちの楽園だ。
だが、その楽園の外で、ヴォルグはある光景を目撃してしまった。
「…腹が減ったなぁ」
「干し肉、まだあるか?」
「いや、さっきので最後だ。あとは…この硬い黒パンをかじるしか…」
第一層のセーフポイントで休憩している冒険者たちだ。
彼らは粗末な携帯食を、水で無理やり流し込んでいる。
その表情は疲労困憊で、食の楽しみなど微塵もない。
「…嘆かわしい」
ヴォルグのコックコートが、怒りのオーラで膨れ上がった。
「戦う者にとって、食事とは活力の源!明日の命を繋ぐ聖なる儀式だ!それをあのような…味気ない『餌』で済ませるなど、料理人として看過できんッ!」
彼は拳を握りしめ、踵を返した。
向かう先は、総務部長のデスクだ。
◆◇◆◇◆
「冒険者向けの食事、ですか?」
ルミナは書類から目を離さずに言った。
「気持ちは分かりますが、料理長。食堂のキャパシティは従業員だけで限界です。外部の人間にまで温かい食事を提供するのは、物理的に不可能です」
「分かっている!だからこその『携帯食』だ!」
ヴォルグは身を乗り出し、熱弁を振るった。
「彼らが必要としているのは、ダンジョン内で手軽に食べられ、かつ栄養価が高く、何より『美味い』ものだ!既存の干し肉や堅焼きパンではない、革新的なレーション(戦闘糧食)を作る!」
「…なるほど」
ルミナは眼鏡の位置を直した。
「携帯食なら販売も容易ですし、利益率も高いですね。…許可します。ただし、開発コストは厨房予算内でやり繰りしてください」
「感謝する!最高傑作を作ってみせる!」
ヴォルグは風のように厨房へ戻っていった。
◆◇◆◇◆
その日から、厨房の一角は「実験室」と化した。
「違う!水分を抜きすぎるとただの岩になる!」
「保存料の魔法薬が多すぎて、薬臭い!これでは食欲が失せる!」
ヴォルグは頭を抱えていた。
美味しさと保存性。
この二つは、常に相反する。
保存性を高めれば味が落ち、味を追求すれば腐りやすくなる。
「くそっ…!何か、何かブレイクスルーが必要だ…!」
悩むヴォルグの元に、牧場長アレクセイが牛乳の納品にやってきた。
「おや?料理長、随分と険しい顔ですね」
「おお、牧場長か…。実は今、保存料の問題で詰まっていてな」
事情を聞いたアレクセイは、ポンと手を叩いた。
「それなら、うちの『保存スライム』の粘液を使ってみてはどうでしょう?」
「なに?」
「無味無臭で、食品をコーティングして酸化を防ぐ効果があります。人体にも無害ですよ」
ヴォルグの目が光った。
「それだ!すぐに持ってきてくれ!」
さらに、ボイラー室の魔王ガルシスにも協力を仰いだ。
「低温乾燥だと?ふん、面倒な注文だ」
「頼む、魔王様!貴方の繊細な蒸気コントロールが必要なんだ!素材の風味を残したまま、水分だけを極限まで飛ばすには…!」
「よかろう。サウナの余熱を利用した『ドライ・チェンバー』を貸してやる。感謝しろ」
素材は、栄養価の高いナッツ類、ドライフルーツ、そしてドラゴンミートの燻製。
つなぎには世界樹産のミツと、アレクセイのスライム粘液。
それをガルシスの乾燥室でじっくりと熟成させる。
数日後。
ついに試作品が完成した。
「見た目は…棒だな」
試食に呼ばれた兵士たちが、茶色い延べ棒のような物体をいぶかしげに見つめる。
名付けて、『バベル・エナジーバー』。
「食べてみてくれ。感想が欲しい」
ヴォルグの言葉に、一人のオークが恐る恐る齧り付いた。
カリッ、ムギュッ。
「…!」
オークの目が丸くなった。
「う、美味い!ナッツの香ばしさと、ミツの甘さ…それに、肉の旨味が後からガツンと来る!」
「一本食べただけで、なんか力が湧いてきたぞ!?」
「腹持ちも良さそうだ!これならどこでも戦える!」
兵士たちの絶賛に、ヴォルグは拳を天に突き上げた。
「完成だ…!これぞ、最強の携帯食!」
◆◇◆◇◆
翌日。バベル・ガーデン第一層。
受付カウンターの横に、小さな売店スペースが新設された。
「いらっしゃいませ!本日のオススメは、新発売の『特製エナジーバー』ですわ!」
受付嬢フィオーレが、満面の笑みで商品をアピールする。
そこへ、ダンジョン探索を終えた冒険者パーティが通りかかった。
「エナジーバー?なんだそれ」
「腹減ったし、買ってみるか。…一本銀貨二枚?ちと高いな」
半信半疑で購入した剣士が、包みを開けて一口かじった瞬間。
「ッ!?」
彼は目を見開き、そして叫んだ。
「なんだこれ!?めちゃくちゃ美味いぞ!?」
「えっ!?少しちょうだい!…ほんとだ!甘いのにしょっぱくて、疲れが吹き飛ぶ!」
「すごい…!魔力まで少し回復した気がする!」
騒ぎを聞きつけ、他の冒険者たちも集まってくる。
「俺にもくれ!」
「三本まとめ買いだ!」
「これは革命だ!もうあの不味い干し肉とはおさらばだ!」
あっという間に、用意した百本が完売した。
その光景を総務室のモニターで見ていたヴォルグは、腕組みをして深く頷いた。
「フン。…やはり、美味い飯こそが正義だな」
そこへ、エプロンドレスの少女――大家、真音がふらりと現れた。
「…何やってんの、ヴォルグ」
「お、大家様!実は、新商品の売れ行きを確認しておりまして」
「ふーん」
真音は完売の札を見て、ニヤリと笑った。
「儲かってるみたいじゃない。…で、私の分は?」
「ハッ!もちろん、特製の『プレミアム・フルーツ増量版』をご用意しております!」
ヴォルグが恭しく差し出した包みを、真音は嬉しそうに受け取った。
「ん、気が利くわね。…今月の査定、少しあげてあげる」
「ありがたき幸せーーッ!!」
ヴォルグの歓喜の叫びが、夕暮れの空に響き渡った。
バベル・ガーデンの名物に、また一つ、新たな伝説が刻まれたのである。




