表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/65

第五十話「第二回会議と、新時代の幕開け」

 バベル・ガーデン、総務室・特別応接室。


 円卓を囲む空気は、以前のような「強制労働させられている被害者の会・代表」という悲壮感漂うものではなかった。


 そこに流れているのは、一つの巨大なプロジェクトを動かす「運営陣」としての、心地よい緊張感と自信だ。


「――以上が、各部門の報告となります」


 総務部長ルミナが、指示棒でホワイトボード(魔力スクリーン)を叩いた。


「全体の修復進捗率は五二%。予定よりも二か月は早いペースです。特に第三居住区の復旧と、地下牧場の拡張工事が順調に進んでいます」


「ふむ。牧場のスライム増産体制が整ったのが大きいな」


「うむ。サウナの熱源効率化も寄与しているはずだ」


 ヴォルグとガルシスが頷き合う。


 議長席の黒いクマのぬいぐるみ――賢者メルキオラスは、その光景を満足げに見つめていた。


(…変わったなぁ)


 かつては敵対し、殺し合っていた者たちが、今はこうして膝を突き合わせ、未来の話をしている。


 その中心にいるのは、もちろん。


「…んぐ、んぐ」


 円卓の上座。


 もぐもぐと大量の「新作激辛スナック」を頬張っている、エプロンドレスの少女――大家・真音だ。


 頭の上の丸い熊耳が、咀嚼に合わせてピョコピョコと動いている。


「ねえルミナ。…水」


「はい、どうぞ」


 ルミナが手慣れた様子で水を差し出す。


 この阿吽の呼吸も、完全に板についていた。


「さて、みんな。現状確認はこれで十分だね」


 メルキオラスは短い手を組み、一同を見渡した。


「今日は、このバベル・ガーデンの未来について…二つの重要な提案があるんだ」



◆◇◆◇◆



 メルキオラスの言葉に、幹部たちの背筋が伸びる。


 娯楽部長オズワルドが、銀縁眼鏡を光らせた。


「ほう?賢者殿からの提案とは。…また何か、愉快な仕掛けでも?」


「愉快かどうかは、みんな次第かな」


 メルキオラスは、スクリーンに一枚の地図を映し出した。


 バベル・ガーデンの全層図だ。


「第一の議題。『外部への段階的開放』について」


 ざわっ、と空気が揺れた。


「開放…ですか?つまり、鎖国を解くと?」


「そう。先日、聖王国の密偵を追い返したけれど、いつまでも隠し通せるものじゃない。それに、リッカさんのような商人も増えてきた」


 メルキオラスは地図の下層部分、第一層から第一〇〇層までを赤く塗った。


「ここを、『冒険者向けダンジョンエリア』として一般開放する」


「なッ…!?」


「正気ですか、賢者様!不特定多数の武装勢力を招き入れるなど、セキュリティリスクが高すぎます!」


 ルミナが即座に反論する。


 だが、メルキオラスは落ち着いて続けた。


「もちろん、管理下での開放だよ。入場料を取り、ルールを守らせる。…下層には手付かずの資源や魔物がたくさんある。それを彼らに『狩らせる』ことで、僕たちの手間を省きつつ、外貨を獲得するんだ」


「なるほど…。労働力の外部委託と、観光収入の一石二鳥というわけか」


 オズワルドがニヤリと笑う。


「我輩としても賛成だ。閉じた世界では文化は腐る。外の風を入れることは、知的刺激になるであろう」


「私も…少し興味があります」


 牧場長アレクセイが、控えめに手を挙げた。


「外の冒険者たちに、スライムの愛らしさを布教するチャンスかもしれません」


「それはどうでもいいけど」


 真音がスナックをかじりながら口を挟んだ。


「面白そうじゃん。…ずっと同じ顔ぶれじゃ飽きるし。変な奴がいっぱい来るなら、退屈しのぎになるよ」


「大家様がそう仰るなら…」


「しかし!」


 ヴォルグが立ち上がった。


「一〇〇層まで仰るが、ここは、各地にあるダンジョンと異なり、魔物が自然発生しないのではないですか?外の森から迷い込んできた動物や魔物が少数しかいないと記憶してますが。それでは、それを目当てにやってくる冒険者も肩透かしをくらうのでは?」


「うん、今はそうだね」


 メルキオラスは落ち着きはらっている。


「今、バベル・ガーデンにやっかいな魔物たちが自然発生しないのは、世界樹の浄化システムのおかげなんだ。だから一〇〇層までの浄化システムの力を弱める。そうすることで、他のダンジョンのように自然発生しはじめるのさ」


「なるほど。それなら…」


「そのあたりは、僕と真音ちゃんに任せてもらって問題ないよ」


 ルミナはメルキオラスの言葉に頷きながら、頭の中で即座に「入場管理システム」の構築を始めていた。



◆◇◆◇◆



「さて、ここからが本題だ」


 メルキオラスの声色が、少しだけ真剣なものに変わった。


 彼はスクリーンの画像を切り替える。


 映し出されたのは、幹部たちの首にも巻かれている黒い革のチョーカー――『隷属の首輪』の図解だった。


「第二の議題。『首輪制約の緩和制度』の導入について」


 シン…と、会議室が静まり返った。


 これは、彼らにとって最もデリケートな問題だ。


 彼らは借金のかたに、この首輪で自由を縛られて労働している。


 逃亡防止、エリア制限。それらが絶対的な強制力として機能しているからこそ、この塔の秩序は保たれているのだ。


「現在、一般兵士たちの活動範囲は、居住区画のある六〇〇層から七五六層に限定されている。…これを、段階的に広げたい」


 メルキオラスは説明を続ける。


「第一段階。修復率五〇%達成の今、貢献度の高い兵士や信頼できる班長クラスに対し、申請ベースで下層エリアへの出入りを許可する。…つまり、さっきの『ダンジョン運営』に関わらせる」


「…裏切り者が出る可能性があります」


 ガルシスが低い声で言った。


「下層へ降りられるということは、そのまま外へ逃亡することも可能ということだ。…我々魔族はともかく、人間どもは故郷が恋しいだろう」


「そうだね。だからこその『信頼』だ」


 メルキオラスは、真音の方を見た。


 彼女は頬杖をつき、つまらなそうにあくびをしている。


「第二段階。修復率八〇%達成時。…残留希望者には、大幅な行動制限の解除を行う。休日の外出、外の街への買い物も許可制で認める」


 アレクセイが息を呑んだ。


 それは、実質的な「自由」に近い。


「そして、最終段階。…修復完了時」


 メルキオラスは言葉を切った。


「借金完済とみなし、すべての契約を終了し隷属の首輪を外す。…その後、ここを出ていくのも、住民として残るのも、彼らの自由だ」


 重い沈黙。


 誰も言葉を発せない。


 それは、あまりにも甘い提案に思えた。


 恐怖と強制で縛るからこそ成り立っていたこの塔で、手綱を放せばどうなるか。


「…賢者様。それは、組織の崩壊を招きませんか?」


 ルミナが眼鏡の位置を直し、冷静に指摘する。


「彼らは労働力です。自由を与えれば、労働効率は下がり、離脱者が相次ぐでしょう。…大家様の利益になりません」


 正論だ。


 管理する側として、ルミナの意見は正しい。


 だが。


「――いいじゃん」


 静寂を破ったのは、他でもない「大家」の声だった。


「…大家様?」


「ルミナ。アンタ、自分の部下を信用してないの?」


 真音は、リッカが仕入れてきたスナックの袋を逆さにして、最後のかけらを口に流し込んだ。


 そして、黒曜石の瞳でルミナを射抜く。


「あいつら、最近いい顔して働いてるじゃない。ヴォルグの飯を食って、ガルシスのサウナに入って…『ここも悪くない』って顔してる」


「それは…はい。否定できません」


「なら、首輪なんて飾りでしょ」


 真音はニカっと笑った。


 その笑顔は、太陽のように明るく、そして王の如く傲慢だった。


「頑張ってる者にはご褒美をあげる。そうでない者には…まあ、自由に退場してもらえればいいかなって」


 あまりに単純で、乱暴な理屈。


 だが、その言葉が不思議と幹部たちの肩の荷を下ろした。


「…フッ、違いない」


 ガルシスが口元を歪めて笑った。


「魔王である私が、部下の忠誠を疑うなど恥ずべきことだったな。…良かろう。我が配下の魔族たち、サウナの熱に誓って裏切りなどさせぬ」


「人間たちも同じです!」


 アレクセイが立ち上がる。


「彼らは誇り高き騎士です。受けた恩義に泥を塗るような真似はしません!僕が保証します!」


「我輩も賛成だ。自由意志による労働こそが、最高のエンターテイメントを生むのだからな」


 オズワルドが優雅に肩をすくめる。


 ヴォルグも深く頷いた。


「美味い飯があれば、帰ってくるものです。…胃袋は掴んでありますからな」


 全員の視線が、ルミナに集まる。


 ルミナは深いため息をつき――そして、観念したように微笑んだ。


「…分かりました。負けましたよ、皆さん」


 彼女はバインダーを開き、ペンを走らせた。


「ただし、審査は厳格に行います。不届き者は私が許しません。…制度設計と準備に、三ヶ月ください。完璧なシステムを構築してみせます」


「決まりだね」


 メルキオラスがパチンと指を鳴らした。


「第二回バベル会議。…全会一致で可決!」



◆◇◆◇◆



 会議終了後。


 幹部たちが退室し、部屋には真音とメルキオラスだけが残った。


「…よかったのかい?真音ちゃん」


「なにが?」


「自由にしてしまったら、本当にいなくなっちゃうかもしれないよ?」


 メルキオラスは、真音の顔を覗き込んだ。


 彼女は窓の外、広がる雲海を眺めている。


「…いなくなったら、それならそれでいいかな。また、昔に戻るだけだし」


 真音は悪戯っぽく笑った。


「それに…私、思うのよ」


「うん」


「首輪がなくても残ってくれる奴が、本当の『家族』なんじゃないかって」


 メルキオラスは目を見開き、そして優しく目を細めた。


 数千年前、ただ世界を拒絶していた孤独な少女は、いつの間にかこんなにも大きくなっていた。


「そうだね。…きっと、たくさん残るよ。ここは世界で一番、居心地のいい『家』だからね」


「当たり前でしょ。誰が大家だと思ってるの」


 真音はふんぞり返り、空になったスナックの袋をメルキオラスに押し付けた。


「ゴミ、捨てといて」


「はいはい」


 窓の外から差し込む光が、バベル・ガーデンを黄金色に染めていく。


 閉ざされた塔が開き、縛られた鎖が解かれる。


 それは、この奇妙な共同体が、本当の意味での「国」へと変わり始める、新時代の幕開けであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ